星から推しがやってきた!
ハプニング
ふっふっ……いよいよこの日がやってきたわ。
自然とほほがゆるんじゃう。でもしかたない。
だって今日は、待ちに待った『九條 錬生誕祭』なんだもん(誕生日って意味じゃなくて、アイドルとしての九條 錬が生まれた日って意味ね)。
ちゃんとプレゼントも用意したんだから。いや、プレゼント自体は今までも配達してもらっていたけれど。でもでも、もしかしたら今回は直接渡せるかもしれないし。
それに今回は、九條 錬にぜったいによろこんでもらえる物を選べたと思うから。
右手にさげている紙袋を見つめる。中には四角い水色の小さな箱が入っている。さらにその中には、花のブローチが入っている。
よろこんでほしい~、くしゃくしゃの笑顔が見たい~。あ、でもそんな笑顔見せられたらわたしが気絶しちゃうかも。きゃあ~!
どんっ―。興奮で熱くなっていた体が、いっしゅんでひやっと冷える。だれかに後ろからぶつかられて、たおれそうになる。
つま先に力を込めてなんとか踏んばれたけれど、紙袋は床に落としてしまう。
そのひょうしに、ブローチの入った箱も飛び出す。
「ああっ!」
あわてて拾おうとすると、ぶつかった本人―赤いリュックを背負った黒髪ボブの女の子―が、早足でわたしを追いこしていく。
もうっ。一言くらい言ってくれればいいのに。一応わたし、九條 錬の妹なんですけど(今は、帽子とマスクで変装しているからぜんぜん分かんないかもだけど)。
「あの女の子、前にも見たことがあるような……」
あ、そうだ! 前に九條 錬と七色ガーデンに行った時に見かけたんだ。
「ねえ、今の見た?」
「ぶつかったのにひどいよね~」
周囲のファンの子たちのささやき声が聞こえる。
「でも赤ファンって、いつもあんなかんじだよ」
「赤ファンって?」
「あの子、九條 錬がデビューした時からの熱烈なファンだって有名だよ。なんか、親が社長とかで、チケットもいつも最前列ゲットしているって」
へえ。あの子、デビューした時からのファンなんだ……。
ちょっと落ち込むなあ。いいとか悪いとかないけれど、わたしは九條 錬が有名になった後からファンになったから。
わたしだけしか知らない九條 錬がいるけれど、あの女の子しか知らない九條 錬もいるんだよなあ……。
「でもさあ、性格サイアクなんだよ。自分が一番のファンって自信があるから、ほかのファンはどうでもいいみたいなかんじ。エラそうだし」
「赤ファンってどういう意味?」
「いつも赤いリュック背負ってるからだって。だれかが言い始めて、広まったの」
「何それダサ~、ていうか、なんか妖怪みたいな名前~」
……けっこう言われてるんだなあ。
ムッとしていた気持ちが、だんだんうすくなっていく。
わたしもいろいろ言われてるから。こういう悪口って、聞こえてないと思っても本人はばっちり気づいているからね。
意外と、同じ推しのファン同士って仲よくなれないんだよね……。
でも、今日はあの赤ファンっていう子と仲よくなれるチャンスじゃない? あの子、今回も最前列のチケット取ってるよね。わたしも自力でゲットしたし、話しかけられるかも。
よし! さっそくわたしも会場に―。
「ああっ、ここにいた!」
とつぜん、後ろからがしっとうでをつかまれた。
「茨木さんっ」
「わざわざ変装なんかしてるの? まあ、いいわ。はやく舞台袖に来てちょうだい」
「ええ? でも今日は新曲ライブを観客席から見ようと……」
「錬が呼んでるの! 未空に来てほしいって」
「ええ?」
ライブ開始前になって来てほしいなんて、何かあったのかな?
***
「来てくれてありがとう!」
九條 錬は……ふつうに元気そうだった。高級そうな黒のジャケットを羽織って、きらきらの笑顔をふりまいている。
「あの……何でわたしは呼ばれたんですか?」
「ん? いてくれるとぼくが安心するからだけど?」
本番五分前なのに! そんなこと言われたら、ここから離れられないじゃん!
「あの、分かりました。ここにいるから大丈夫です!」
「ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」
待ちきれない観客の声に引っ張られるように、ステージへと向かう。
袖から姿を見せた瞬間、悲鳴と絶叫が会場にひびいた。
「みんな~、今日はありがとう~!」
あいさつもそこそこに、さっそく曲がかかり始める。ああ、コンサートが始まった。
袖から少しだけ顔をのぞかせて、様子を見守る。
最前列、赤いリュックの女の子を発見した。赤のペンライトを持ってうっとりしている。
いいなあ。やっぱり、推しのファンの特等席はあそこでしょ~!
「あら、あの子またいい席をゲットできたのね」
茨木さんが何気なくつぶやいて、わたしは目を丸くする。
「あの赤いリュックの女の子、知っているんですか」
「田村 みつ。十四歳。錬がデビューした時から手紙を送ってくれている熱心なファンよ」
「めちゃくちゃくわしい!」
「熱烈なファンはありがたいけれど、注意もしなくちゃいけないからね。まあ、今のところストーカー行為とかもないし、心から錬を応援してくれてるいいファンよ」
ストーカー……。
つい、七色ガーデンでのことを思い出してしまう。ううん。あの日はたまたま同じ場所にいただけだよ。気のせいだし、茨木さんに告げ口するような真似したくない。
田村 みつちゃんか。しかも同い年。ますます仲よくなれそ~。
歌が間奏に入ると、九條 錬はステージを下りていく。今回の会場は、客席前の通路の幅が広いから、みんなの前を歩いても平気なんだよね。
うらやましい~、あんな近い距離で~(わたしも最近近いけど、ライブの近いとは意味がちがうから!)。
大きく手をふりながらファンの前をさっそうと歩く九條 錬はずっと光っている。照明さんが上手にスポットライトを当てているように思えるけれど、自家製の光だからね。
なんだか、前に見た時より光が大きくなっているみたい。光の源の『自信』が、ちゃんとあるって証拠だよね。
いつか、この大きな会場全体も照らせるくらい、輝くのかな。
ううん。輝いてほしい。
九條 錬ならきっと―。
バタンッ!
とつぜん、会場に響いたにぶい音。
音楽は流れ続けているけれど、九條 錬の声は止まっている。
マイクを持って、道の途中で呆然と立ち尽くすしたまま。観客たちも、同じ方を見つめてかたまっている。
「何があったのかしら」
だれもこっちを見ていないから、茨木さんと袖から身を乗り出して様子をうかがう。
「あ!」
あの女の子―田村 みつちゃんが、観客席のテープを越えた通路でうつぶせでたおれている。さらに、そのすぐそばに九條 錬がいて、「大丈夫?」と手を伸ばしている。
「だめだよ!」
気がついたら、大声でさけんでいた。九條 錬が手を引っこめてこっちをふり返る。それと同時に、わたしは舞台袖から飛び出して、一気に現場まで走る。
「あれ? あの子、九條 錬の妹じゃない?」
「コンサート見に来てたんだ! つーか、一緒に舞台にいたんだ」
「まじで似てないじゃん。超フツー」
いろんなささやき声が聞こえる。だけど今は気にしている場合じゃない。
「大丈夫……?」
肩をつかんでひっくり返す。顔は青白くて、両目は閉じたまま苦しそうにしている。息も小さい。
「その子、大丈夫……? もしかして、ぼくの光のせいで……」
九條 錬は少し距離をとって、でも心配そうに見つめている。くちびるもぷるぷる震えている。
すごく責任を感じているんだ。たしかに、今日のライブ中の光はいつもより大きかった。ふつうの人間にとって良くない影響があってもおかしくないかも……。
「ぼくの光を浴びたせいで―」
「そ、それは関係ないから!」
はっきり言う。
「ぜったい、くじょ……お兄ちゃんのせいじゃないから。それより今は、この子を何とかしないと。ねえ、大丈夫? わたしの声、聞こえる? みつちゃん!」
肩をゆさぶって呼びかけてみるけれど、返事はない。そのうち警備員さんや、茨木さんも駆けつけてきて、救急車を呼んでくれた。
みつちゃんが担架で運ばれて出て行くけれど、会場はまだざわざわしている。スタッフさんたちは「落ち着いてください。しばらくお待ちください」と走って声をかけまわる。
茨木さんは九條 錬を手招きする。
「錬、裏に引っこむわよ」
「だけど……」
「いいから、はやく来なさい! あなたがここにいても、何もできないでしょ!」
茨木さんにきびしい言葉をあびせられて、九條 錬が固まる。わたしも今回は茨木さんの意見に賛成だ。
「茨木さんと行ってください。ここにいても、みんな落ち着かないので」
「あの子のことは?」
「わたしが様子を見に行って、ちゃんと知らせますから。大丈夫です」
「……分かった」
茨木さんと一緒にステージ裏にもどっていく。一度だけわたしをふり返った顔は、まるで泣きそうに見えた。
「ねえ。コンサート中止かな?」
「え~、せっかく来たのにぃ。ここまで間近で錬を見れること、めったにないのに」
わたしだって、誕生日のコンサートがこんなことになってすごく残念だ。この後もどうなるか分からない。
でも今は、九條 錬のためにみつちゃんを追いかけないと。
観客の波をかきわけて、出口へと走る。
ちょうど、救急車が走り去っていった直後だった。
「ああっ、間に合わなかった!」すぐそばで救急車を見送ったスタッフさんにつめよる。「あの! あの子、どこの病院に行きましたか?」
「ええっと、中央病院に……」
中央病院なら、ここからそんなに遠くない。
「ありがとうございます!」
救急車を追いかけて、中央病院へと走った。
***
332号、332号……病棟の廊下を、指をさしながら歩く。332号室……332……あ、あった。
廊下のちょうど真ん中、みつちゃんが休んでいる部屋を見つけて立ち止まる。
とりあえず急いでここまで来たけれど、赤の他人のわたしが入ってもあやしまれるだけなんじゃ……。
いいえ。今のわたしは九條 錬の妹だからっ。コンサートでたおれた子を家族の代表がお見舞いに来るのは不思議じゃないはず。
まずは胸に手を当てて深呼吸。それから、トンットンッと二回ノックをする。
「失礼します……」
入った瞬間、目が合った。みつちゃんはベッドの上で体を起こして、びっくりしている。
「えーっと、わたしは―」
「九條 錬の妹さんですよね?」
先に言われてしまって、ぽかーんとしてしまう。
「あ、はいっ! 体調はもう大丈夫?」
「今は大丈夫です。もしかして、わざわざ会場から来てくれたんですか?」
「え? ああ、うん。コンサート中に起こったことだし、心配だし。大丈夫でよかった」
「わざわざ、わたしなんかのために……あ、わたし、田村 みつって言います」
あんまり警戒されてはいないみたい。本当にわたしが九條 錬の妹だって信じてくれているみたい、めっちゃいい子!
にっこりほほ笑みながら、ゆっくりとベッドわきまで近寄る。
「あの~、できればなんだけど、何があったの教えてもらえないかな?」
「ええっと、ごめんなさい。わたし、あんまり覚えてないんです。急に目の前がくらくなって……気がついたらここにいて」
「そっかあ」
むむむ……原因は不明かあ。もし九條 錬が疑われたり責められたりするようなことを言われたら、フォローしなくちゃって思ったけれど、大丈夫そう……?
「あの! 妹さんなら、伝えてもらえませんか? コンサートを台無しにしてごめんなさいって……ほかのファンのみなさんも、すごく楽しみにしていたのに、わたしが台無しにしてしまって……」
目にいっぱいにうかんでいたなみだが、ぼろぼろこぼれ始める。
本当にいい子なんだけど~。自分の体のことより、推しやその他のファンの人たちのことを心配するなんて!
まちがいない。みつちゃんは、立派な九條 錬の第一号のファンだ!
「あやまらなくて大丈夫だから。あなたのせいじゃないし」
「ちがうんです! わたしのせいなんですっ」
みつちゃんは泣きながらさけぶ。
ん? 今、何と……?
「わたし、こうなるって分かっていて……」
「分かってた? それ、どういう意味?」
すぐに聞き返すと、みつちゃんはしまった! って顔を見せた。肌はすっかり青ざめて、肩もぷるぷる震えはじめる。
ただごとじゃない雰囲気。あれはただの事故じゃないの?
「あの、今のは忘れてください……」
「無理だよ。ねえ、何があったの?」
「い、言えません。言ったら、ぜったいきらわれる……九條 錬に。それだけはイヤ……!」
ぎゅっとシーツをにぎりしめる。
胸がズキっとした。
何があったのかはまだ分からないけれど、みつちゃんは九條 錬を傷つけるつもりなんてなかった。ちがっていたら、こんなに悲しそうに泣かない。
「それは大丈夫」みつちゃんのふるえる手をぎゅっとにぎる。「くじょ……お兄ちゃんにはぜったいに話さないって約束するから」
「あの。わたし、たのまれたんです。九條 錬の前でたおれてみなさいって」
「だれに?」
「長い黒髪の女の人です。背が高くてモデルさんみたいな」
長い黒髪に、背が高い……それって、記者の城井さんのこと?
「それっていつの話?」
「あの」みつちゃんが気まずそうに目をそらす。「妹がいるって話の記者会見の後に……」
「あの日かあ」
「わたし、会見場所の近くにいて、ばったり会って……あの人、わたしのこと知っていたんです。九條 錬の昔からファンだよねって話しかけられて」
「どうして、みつちゃんにたおれるように言ったの?」
「それは分かりません。ただ、こう言われました。本物のアイドルなら、さすがに目の前でたおれたファンがいたらかけ寄って助けるよね。知りたくない? 九條 錬が本当にファンのことを大切に思っているかどうかをって……わたしあの日、いらいらしていたんです。とつぜん妹がいるとか聞かされて、びっくりもしてて……本当にごめんなさい」
「ううん、それは大丈夫。ほかの人たちもそう思ってるから。それで、引き受けたの?」
「はい。そしたら、生誕祭ライブの最前列チケットをくれたんです。すぐに返そうかとも思いました。でもわたし、ちょうど親にアイドルの追っかけを反対されててお金もなくて。これを最後にって思ってしまったんです……でも信じてください。あんな大げさにたおれるつもりなんてなかった。急に目の前が暗くなったのは本当なんです」
この事故のウラ側に、城井さんがいたなんて。びっくりし過ぎて何も言えない。
「言い訳にしか聞こえないですよね……最後の最後に、サイテーなことをしました。推しを試すなんて、わたし……」
うつむいたまま肩を上下に揺らす。
みつちゃんは、わたしが怒っているって思ったみたい。
彼女は九條 錬が純粋に好きなだけ。ほかのファンたちと同じ気持ちだけ持っている。
悪いのは、城井さんだ。九條 錬の正体をさぐるために、ファンの真剣な気持ちを利用するなんて……。
「みつちゃん」
そっと背中に手を置いて、なるべく優しくさする。体調が悪い時に、ママがしてくれるみたいに。
「お兄ちゃんは、こんなことで怒ったりしない。それより、デビューから応援してくれているファンが離れていっちゃう方が悲しいよ」
「九條 錬は、わたしのこと知っているんですか?」
みつちゃんが顔を上げる。ずきっと痛む胸をこらえて、「知っているよ。いつも最前列で応援してくれてるのに気づいているから」とウソをつく。
「その姿が見れなくなるのは……きっとつらいよ」
これはうそじゃない。九條 錬なら絶対に、そう言うに決まっている。
「だからこれが最後なんて言わないで。また来てよ。今度は家族といっしょに。そしたらきっと、パパさんやママさんにも九條 錬のいいところを知ってもらえると思うから」
「ありがとうございます……わたし、九條 錬のファンでよかった……」
その時だった。
枕もとにあるみつちゃんのスマホの通知が鳴る。
スマホを手に取るみつちゃんの顔が青ざめる。そのまま、わたしの方に首を回す。
「ごめんなさい。やっぱり、もう手遅れです」
スマホを見せられる。
それは、九條 錬のハッシュタグがついたSNSの掲示板画面。みつちゃんがたおれてから、わたしが駆けつけるまでの動画まで貼りつけてある。
“ ファンが目の前でたおれたのに、棒立ちってナニサマ? ”
“ 今どきのアイドルは接触がフツー。時代遅れ ”
“ ゲンメツ……助けてくれないとか ”
批判の言葉が並んでいる。
そして衝撃の一言が―。
“ あんな人を応援していたなんてはずかしい。今日からファンやめます ”
ひどい。あの一連の出来事で、ここまで炎上するなんて。
そうだ! 九條 錬は今どうしているの? まさかこのツイート、見てないよね?
履歴からすぐに電話をかける。
プルルルル……プルルルル……プルルルル……ダメだ、ぜんぜんつながらないっ。
「未空さん、九條 錬は……?」
また泣きそうな顔をする。わたしも泣きたくなってきた。
でも、立ち止まっているヒマはない。
「みつちゃん、とにかく大丈夫だから! わたし……行かなくちゃ」