元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。
「ねぇ、なんかお兄さんの変な声聞こえない?」

 早朝、碧は寝袋に入ったまま私をとんとんとして、起こしてきた。

「碧、おはよ。変な声?」

 私は座って、外に意識を集中させてみる。「ヴッ」とか「よし」とか、本当にお兄さんの変な声が聞こえてきた。本当にお兄さんの声なのか不安になってきて、何か別の生き物だとかだったら怖い。碧を守れるように「そこから動かないで待っててね」とお願いする。それから数センチだけ入口を開けて微かな隙間から外を覗いてみた。

 見える範囲内には誰も何もいない。
 
 テントの入口をそっと開け、顔を出して外を見ると……いた!

 朝日を浴びながら草むらの上で腕立て伏せをするお兄さんが! 目が合うと、真剣な表情だったお兄さんの表情は一瞬で柔らかくなり、笑顔になった。

 朝日を背景に優しく微笑むお兄さん。
 お兄さんは休むことなく、腕立て伏せを続けている。お兄さんのリアルな筋トレ風景と爽やかな笑顔のダブルパンチ。

 私の胸の鼓動は早くなる――。

 まだ寝起きでぼやけた脳内にはその光景は眩しすぎる。そして私は今、完全に化粧してなくてすっぴん。

 慌てて顔をテントの中に戻すと、入口を封鎖した。

「ママ、どうしたの? 大丈夫?」
「いた、お兄さんが……」
「いたの? 外に出たい!」
「まって、やばい。私まだ化粧してないし、お兄さんにすっぴん見られたら、恥ずかしい。それに今、お兄さん、撮影中かも。落ち着いて?」

 落ち着いた方が良いのは私の方だろう。
 というか、もうすでに今、顔をはっきりと見られてしまった気がするけども……。

 とりあえず、ウエットティッシュで顔を拭き、メイクを始めた。

 ちょうどメイクが終わったタイミングでテント越しから「もう撮影終わったので大丈夫です!」と声がした。

 またふたりの会話が丸聞こえだったのかな、恥ずかしい。そんな気持ちを噛みしめながら、着替えた。
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