俺はこの幼なじみが嫌いだ

夏祭り(3)

「お待たせっ! ……って、あれ?
 おーい。あっ、もしかして怒ってる……?」

 なんだか、夢を見ているような気分だ。

「いや、全く。それより、ここからどう行くの?」

 何か話していないと、俺はきっと喋れなくなってしまう。
 真っ白になった頭の中で、ただそれだけがこだまする。

「あっ、言ってなかったっけ!
 あちゃー忘れてた……。
 これから電車で向かう予定なんだけど、大丈夫……?」

「あー、ちょっと待って」

 ふと持ってきた巾着を覗くと、折りたたみ財布の他に見慣れないICカードが1つ。

 何これ……あっ、monakaじゃん。

「monakaあるから大丈夫」

「えっ、ほんと!? よかったぁ……」

 お母さん、ありがとね。

「じゃあ行こっか!」

「うん」

 俺とあゆは改札を抜け、電車に乗り込んだ。

「大丈夫? キツくない?」

「うん、なんとかね……」

 夏祭りということもあり、中はとても混みあっている。

「もう少し寄れる?」

「う、うん……!」

 人で溢れる車内。
 その中で俺は、あゆを守らなきゃという使命感に駆られていた。

「ここ来て」

「うん」

 電車に乗り込む際、扉のすぐ横にある隙間へとあゆを誘導した俺。

 そして、それから今に至るまで、俺はあゆと人が当たらないよう最新の注意を払い続けている。

「ね、ねぇ柚……」

「ん?」

「ちょっと近い……かも」

 そう言って目を逸らすあゆ。
 よく見ると、耳に淡い紅が差している。

「ご、ごめん……」

 俺は咄嗟に1歩後ろへ下がった。

 まさか、俺とあゆの距離がこんなに近かったなんて。

「これで大丈夫?」

「う、うん……」

 なぜだろう。
 不思議と酸素が薄く感じる。
 それに、心臓の音がうるさい。

「あと、1つ言い忘れてたことがあるんだけどね……」

 あーもう、静かにしろ!

「浴衣、似合ってるよ」

「えっ」

 その言葉を聞いた瞬間、味わったことの無い幸福感が俺を包み込んだ。

 ゆっくり顔を上げると、あゆは両手で顔を覆っていた。

「あ、ありがとう……」

 あゆは礼に答えるように静かに頷く。
 ただ俺も、あゆに伝えたいことがある。

 今日会った時からずっと、ずっと思っていたことが。

「あゆこそ、浴衣似合ってるよ」

「……っ!?……」

 あゆは俺の言葉を聞いた瞬間、顔を伏せてしまった。
 ただ、それが自然な反応だと思う。

 かくいう俺も、あまりの恥ずかしさに相手の目を見る勇気は残っていなかったから。

 そんなことがあったせいか、それからの記憶はあまり残っていない。

 次に意識がはっきりした時、それは電車が目的地に到着した時だった。

「着いたみたい、降りよっか」

「うん」

 改札を抜け少し歩くと、2人の姿が見えた。

「おっ、きたきた!」

「柚さんあゆさん、こっちでーす!」

 ただ、どうしてだろう。
 2人の姿がぼんやりとしか見えない。

 靄がかかっているような、不思議な感覚のせいで。

 それに、今日はもう、あゆと目を合わせれそうにない。

 俺はあゆが嫌いだ。

 そう決意したはずなのに、こんなにも心臓が高鳴り、胸が締め付けられるのはなぜだろう。

「柚、大丈夫か?」

「あゆさん、大丈夫ですか?」

 だめだ、しばらく時間が欲しい。

 とりあえず今は、ただヒロの隣を歩くことに専念しよう。
 そうすればきっと、整理もつくだろうし。

「わ、私は全然平気だよ……!」

「俺も大丈夫だよ。それより、早く行こ」

 そう言って俺は、夏祭りの会場へと足を踏み入れた。

 俺はあゆが嫌いだ。
 俺の中で顔を出し続ける、そんなあゆが嫌いだ。
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