俺はこの幼なじみが嫌いだ
夏祭り(5)
「まだもう少しだけ時間あるし、あそこ座らない?」
「うん」
俺とあゆは、3人がけの小さなベンチに座った。
すると座って早々、あゆが真剣な眼差しで聞く。
「ねぇさっきの言葉、ちゃんと聞こえてた……?」
さ、さっきの言葉……?
あれっ、なんか言ってたっけ?
「えっ、何の話?」
正直に俺が答えると、3秒ほどの沈黙が訪れた。
聞こえてくるのは、ビニール袋の擦れる音だけ。
「もうっ! ヒロくんと椎奈ちゃん見えないねっ!」
少しして、口いっぱいに焼きそばを含んだあゆが俺に向かって言った。
「う、うん。そうだね……見当たらないね……」
どこか不満気なあゆの表情。
俺には、今の発言の意図がさっぱり分からなかった。
「あーあ、焼きそば美味しいなー」
本当にヒロたちが見当たらないから言ったのか、それとも怒っているのか、はたまた口がいっぱいなだけなのか……。
それに『見えないね』って、そんなの当たり前じゃん。
もっとさ、言うならなんかこう『見当たらないね』とかじゃないの?
夏祭りの最中、俺はあゆの言葉に頭を悩まされた。
「ぷぅー!」
あゆ、俺を困らせて楽しいかー!
「はぁ」
「大体柚はいっつも話聞いてないし、それに……」
あゆはそっぽを向き、何やら小声で呟いている。
どうやら、俺に対する不満を漏らしているらしい。
ただ、これ以上の詮索はやめておこう。
別に俺は、あゆと喧嘩したい訳じゃないからね。
「とりあえず、その焼きそば食べたら移動しよっか。もう少し行ったところに、いい場所があるみたいだからさ。ほらっ」
今提案したのは、引きこもり能力の1つ即検索で調べたありきたりな花火スポット。
とにかく普通な場所だけど、写真が付いてたら、あゆはどうなると思う?
「はぁ。柚、私まだ焼きそば食べてる途中なんだ……け……ど……」
答えは『気になっちゃう』だ。
あゆは俺のスマホを横目で見た途端、突然キラキラと目を輝かせた。
「な、なにそこっ! そこで見よっ!
ねっ、いいでしょ! いいよね!?」
ほーら、予想通りで予定通り。
「もちろん」
急いで焼きそばを平らげたあゆに、俺はラムネを1つ買ってやった。
「ありがとね!」
「全然いいよ」
この気温だし、もしもがあったら怖いしね。
「うーん! ラムネ最っ高ー!」
「あはははは……よかったね」
でも、俺の考えすぎだったみたい。
ふと時間を確認すると、花火の打ち上げまで残り5分と迫っていた。
合流するのは絶望的だな。
「着いたよ」
「うんうん! 人はちょーっと多い気がするけど、ここからなら綺麗に見えそう!」
このままいくと、俺とあゆの2人きりか。
考えたくなくても、自然と照れるあゆの顔が頭に浮かんでくる。
「……ヒロと椎奈ちゃん、どこで何してるのかな」
無意識にそんな言葉が口から出た。
きっと、防衛本能が働いたのだ。
「むぅ、今隣にいる私はどうでもいいんだ」
「あっ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃなくて……さ、なんていうか、今はあゆの顔が見れそうになくて……」
この時、自分が赤面していることに俺は気づいていなかった。
ただ少し、少しだけ顔が熱いような、そんな感覚はあったけど。
「ふっふーん。さては柚、照れてるな?」
「な、なんで?」
「いーや、実は私もね、ちょっとだけ恥ずかしいから……さ」
よく見ると、あゆの頬にも赤らみが見える。
なんだろう、この空気はまずい気がする。
不思議とあゆが、いつも以上に魅力的に見えてしまうというか……。
「あー、そこの階段とかでちょっと待たない?
もしかしたら、もっといい場所が見つかるかもしれないし」
「う、うん……!」
俺とあゆは、すぐ近くにあった小さな階段に座った。
静けさの中に響く鼓動。
俺は今、間違いなくドキドキしている。
「あっ、花火始まるみたいだよ!」
「えっ、まじ?」
「ほらっ!」
少し待っていると、屋台の光が突如消え、会場を暗闇が覆った。
確かに、花火が始まる予兆のようだ。
「あちゃー、さっきの場所いっぱいじゃん」
「本当だ、どうしようね」
ついに花火が始まる。
その事実と共に、俺の頭に浮かんでくるのは昨日見たあの夢。
「どこか、どこか空いてる場所は……あっ、見てっ! あの辺空いてる!」
「えっ、どこどこ?」
「柚、手! 私についてきて!」
「うん」
あゆは俺の手を取ると、人の少ない方へと走った。
「どう? 私ってば凄くない?」
「うん、才能だと思う」
「へっへーん」
そこは写真が取られた位置よりも、数メートルは後ろ。
でも、結構いい場所だと思う。
「あれ、時間なのにまだかな……」
花火を待つ間、あゆが何か言いたそうにこちらをチラチラ見ていることに俺は気づいていた。
それなのに、なぜか俺は未だに声をかけられずにいる。
だって、今あゆのことを考えてしまうと、不思議と胸が高鳴り、手汗がにじんでしまうから。
とその時、俺の手に何かが触れた。
「ねぇ、柚」
「んっ? ……んっ!?」
横を向いても、あゆの顔は全く見えない。
しかし、それは間違いなくあゆの手だ。
そしてその瞬間から、心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。
「正直に言うね。私、ヒロくんが誘ってなかったら、柚を誘おうと思ってたの」
「へ、へぇ、そうだったんだ」
やめてくれ……。
「だってさ、どうせ花火大会に行くなら」
それ以上はもう……。
「一一な人と行きたいじゃん?」
その時、大きな一輪の花が空に咲いた。
夜空に散る光の粒、夜空を彩る煌びやかな色彩。
赤、青、緑、色とりどりの光が、空に美しい模様を描き出す。
「婆さんや、綺麗じゃなー」
「えぇ、そうですねぇ」
それらは一瞬にして、人々の心を奪った。
「あゆ、今なんて……」
ただ、俺の心は奪われていない。
聞き取れなかった、あの一言が引っかかって……。
「ねぇ柚、花火綺麗だねっ!」
花火のおかげで、今はよく見える。
魅力的なあゆの笑顔が。
底知れぬあゆの魅力が。
だからまぁ、今は聞かなくていっか。
別に後で聞けばいいんだし。
「うん、そうだね」
一瞬一瞬に意味を持たせ、儚く消えていく刹那の美。
俺の聞きたい事なんて、この花火に比べたら小さなものだ。
それに何より、今はこの素晴らしい光景を、しっかりと目に焼き付けておきたい気分だから。
あれから、どれくらいの時間が経っただろう。
ふとあゆが気になり目を向けると、あゆもまたこちらを向いていた。
不思議だ。
こんなに綺麗な花火が上がっているというのに、俺は今あゆに目を奪われている。
それにさっきから、あゆの瞳が震えていることに俺は気づいてしまった。
それがただの気のせいで片付けられたら、どんなに楽だっただろう。
もしかして、あゆは俺に……。
そんな考えが頭をよぎるたび、心臓が勝手に早鐘を打ち、顔が赤くなるのが分かる。
「一一だよ」
何度も発されるその声を、花火は容赦なくかき消していく。
「なに? なんて言ってるの?」
「一一だよ」
そして気づけば、彼女は目を瞑っていた。
まるで何かを待っているみたいに。
これって、まさか……。
空気感がそうさせているのか、俺がそう感じただけなのか。
どちらにせよ、この状況で出る答えは1つしかない。
そして、俺の身体は自然と距離を詰めていった。
「一一」
彼女の肩に手を置くと、少し身体が震えた。
彼女もまた、緊張しているのだろう。
1歩ずつでいい。ゆっくりでいい。
あともう少し、自分に正直になれ。
俺はずっと、あゆの事が一一。
「以上をもちまして、花火大会を終了します」
静けさだけが残る会場に、俺とあゆだけが立っていた。
「凄かったね、花火」
「うん、来てよかった」
結局その日は、何も聞くことなく家に帰り、ただただ花火の余韻に浸っていた。
「うん」
俺とあゆは、3人がけの小さなベンチに座った。
すると座って早々、あゆが真剣な眼差しで聞く。
「ねぇさっきの言葉、ちゃんと聞こえてた……?」
さ、さっきの言葉……?
あれっ、なんか言ってたっけ?
「えっ、何の話?」
正直に俺が答えると、3秒ほどの沈黙が訪れた。
聞こえてくるのは、ビニール袋の擦れる音だけ。
「もうっ! ヒロくんと椎奈ちゃん見えないねっ!」
少しして、口いっぱいに焼きそばを含んだあゆが俺に向かって言った。
「う、うん。そうだね……見当たらないね……」
どこか不満気なあゆの表情。
俺には、今の発言の意図がさっぱり分からなかった。
「あーあ、焼きそば美味しいなー」
本当にヒロたちが見当たらないから言ったのか、それとも怒っているのか、はたまた口がいっぱいなだけなのか……。
それに『見えないね』って、そんなの当たり前じゃん。
もっとさ、言うならなんかこう『見当たらないね』とかじゃないの?
夏祭りの最中、俺はあゆの言葉に頭を悩まされた。
「ぷぅー!」
あゆ、俺を困らせて楽しいかー!
「はぁ」
「大体柚はいっつも話聞いてないし、それに……」
あゆはそっぽを向き、何やら小声で呟いている。
どうやら、俺に対する不満を漏らしているらしい。
ただ、これ以上の詮索はやめておこう。
別に俺は、あゆと喧嘩したい訳じゃないからね。
「とりあえず、その焼きそば食べたら移動しよっか。もう少し行ったところに、いい場所があるみたいだからさ。ほらっ」
今提案したのは、引きこもり能力の1つ即検索で調べたありきたりな花火スポット。
とにかく普通な場所だけど、写真が付いてたら、あゆはどうなると思う?
「はぁ。柚、私まだ焼きそば食べてる途中なんだ……け……ど……」
答えは『気になっちゃう』だ。
あゆは俺のスマホを横目で見た途端、突然キラキラと目を輝かせた。
「な、なにそこっ! そこで見よっ!
ねっ、いいでしょ! いいよね!?」
ほーら、予想通りで予定通り。
「もちろん」
急いで焼きそばを平らげたあゆに、俺はラムネを1つ買ってやった。
「ありがとね!」
「全然いいよ」
この気温だし、もしもがあったら怖いしね。
「うーん! ラムネ最っ高ー!」
「あはははは……よかったね」
でも、俺の考えすぎだったみたい。
ふと時間を確認すると、花火の打ち上げまで残り5分と迫っていた。
合流するのは絶望的だな。
「着いたよ」
「うんうん! 人はちょーっと多い気がするけど、ここからなら綺麗に見えそう!」
このままいくと、俺とあゆの2人きりか。
考えたくなくても、自然と照れるあゆの顔が頭に浮かんでくる。
「……ヒロと椎奈ちゃん、どこで何してるのかな」
無意識にそんな言葉が口から出た。
きっと、防衛本能が働いたのだ。
「むぅ、今隣にいる私はどうでもいいんだ」
「あっ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃなくて……さ、なんていうか、今はあゆの顔が見れそうになくて……」
この時、自分が赤面していることに俺は気づいていなかった。
ただ少し、少しだけ顔が熱いような、そんな感覚はあったけど。
「ふっふーん。さては柚、照れてるな?」
「な、なんで?」
「いーや、実は私もね、ちょっとだけ恥ずかしいから……さ」
よく見ると、あゆの頬にも赤らみが見える。
なんだろう、この空気はまずい気がする。
不思議とあゆが、いつも以上に魅力的に見えてしまうというか……。
「あー、そこの階段とかでちょっと待たない?
もしかしたら、もっといい場所が見つかるかもしれないし」
「う、うん……!」
俺とあゆは、すぐ近くにあった小さな階段に座った。
静けさの中に響く鼓動。
俺は今、間違いなくドキドキしている。
「あっ、花火始まるみたいだよ!」
「えっ、まじ?」
「ほらっ!」
少し待っていると、屋台の光が突如消え、会場を暗闇が覆った。
確かに、花火が始まる予兆のようだ。
「あちゃー、さっきの場所いっぱいじゃん」
「本当だ、どうしようね」
ついに花火が始まる。
その事実と共に、俺の頭に浮かんでくるのは昨日見たあの夢。
「どこか、どこか空いてる場所は……あっ、見てっ! あの辺空いてる!」
「えっ、どこどこ?」
「柚、手! 私についてきて!」
「うん」
あゆは俺の手を取ると、人の少ない方へと走った。
「どう? 私ってば凄くない?」
「うん、才能だと思う」
「へっへーん」
そこは写真が取られた位置よりも、数メートルは後ろ。
でも、結構いい場所だと思う。
「あれ、時間なのにまだかな……」
花火を待つ間、あゆが何か言いたそうにこちらをチラチラ見ていることに俺は気づいていた。
それなのに、なぜか俺は未だに声をかけられずにいる。
だって、今あゆのことを考えてしまうと、不思議と胸が高鳴り、手汗がにじんでしまうから。
とその時、俺の手に何かが触れた。
「ねぇ、柚」
「んっ? ……んっ!?」
横を向いても、あゆの顔は全く見えない。
しかし、それは間違いなくあゆの手だ。
そしてその瞬間から、心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。
「正直に言うね。私、ヒロくんが誘ってなかったら、柚を誘おうと思ってたの」
「へ、へぇ、そうだったんだ」
やめてくれ……。
「だってさ、どうせ花火大会に行くなら」
それ以上はもう……。
「一一な人と行きたいじゃん?」
その時、大きな一輪の花が空に咲いた。
夜空に散る光の粒、夜空を彩る煌びやかな色彩。
赤、青、緑、色とりどりの光が、空に美しい模様を描き出す。
「婆さんや、綺麗じゃなー」
「えぇ、そうですねぇ」
それらは一瞬にして、人々の心を奪った。
「あゆ、今なんて……」
ただ、俺の心は奪われていない。
聞き取れなかった、あの一言が引っかかって……。
「ねぇ柚、花火綺麗だねっ!」
花火のおかげで、今はよく見える。
魅力的なあゆの笑顔が。
底知れぬあゆの魅力が。
だからまぁ、今は聞かなくていっか。
別に後で聞けばいいんだし。
「うん、そうだね」
一瞬一瞬に意味を持たせ、儚く消えていく刹那の美。
俺の聞きたい事なんて、この花火に比べたら小さなものだ。
それに何より、今はこの素晴らしい光景を、しっかりと目に焼き付けておきたい気分だから。
あれから、どれくらいの時間が経っただろう。
ふとあゆが気になり目を向けると、あゆもまたこちらを向いていた。
不思議だ。
こんなに綺麗な花火が上がっているというのに、俺は今あゆに目を奪われている。
それにさっきから、あゆの瞳が震えていることに俺は気づいてしまった。
それがただの気のせいで片付けられたら、どんなに楽だっただろう。
もしかして、あゆは俺に……。
そんな考えが頭をよぎるたび、心臓が勝手に早鐘を打ち、顔が赤くなるのが分かる。
「一一だよ」
何度も発されるその声を、花火は容赦なくかき消していく。
「なに? なんて言ってるの?」
「一一だよ」
そして気づけば、彼女は目を瞑っていた。
まるで何かを待っているみたいに。
これって、まさか……。
空気感がそうさせているのか、俺がそう感じただけなのか。
どちらにせよ、この状況で出る答えは1つしかない。
そして、俺の身体は自然と距離を詰めていった。
「一一」
彼女の肩に手を置くと、少し身体が震えた。
彼女もまた、緊張しているのだろう。
1歩ずつでいい。ゆっくりでいい。
あともう少し、自分に正直になれ。
俺はずっと、あゆの事が一一。
「以上をもちまして、花火大会を終了します」
静けさだけが残る会場に、俺とあゆだけが立っていた。
「凄かったね、花火」
「うん、来てよかった」
結局その日は、何も聞くことなく家に帰り、ただただ花火の余韻に浸っていた。