雪あかりに照らされて

2-6 雪乃の作戦 ─side 翔子─

 今の仕事に就いてすぐ、彼と仲良くなった。
 年齢が近いのもあって教えてもらうこともたくさんあって、一緒にいる時間は長かったと思う。研修は上のほうの人がしてくれていたけど、彼も合間にチェックをしてくれた。
「問題。金融資料館・日銀旧小樽支店を設計したのは誰?」
「辰野金吾。明治四十五年!」
「じゃあ、外壁に飾られてる動物は?」
「フクロウ!」
「それはなぜ? 理由を四つ答えなさい」
「えっと、アイヌの守り神がシマフクロウだから、語呂合わせで不苦労、フクロウは夜行性だから行員がいない夜に見張ってくれていた、それとあと……首がよく回るからお金の回りも良くなるように!」
「何度回るの?」
「えーっと……三百六十度」
「ブッブー。そんな回らないー」
 正解は二百七十度ですー、と笑いながら、大輝はまた次の問題を出した。残念ながら全問正解にはならなかったけど、それでも彼はいつも面倒を見てくれて、私がデビューする日を楽しみにしてくれていた。
 雪乃を紹介されたのは、それからすぐのこと。
「俺の幼馴染。スガッキーと同い年かな。俺がいつも喋ってるから、そのへんの俥夫はみんな知ってる。みんなに優しいのに、俺には冷たいユキ」
「うるさいねん、あんた。ちゃんと仕事してんの?」
 雪乃は確かに冷たくしているけれど、それでも大輝は嬉しそうで、見かけると必ず声をかけていた。そんな様子を見ているうちに、雪乃が羨ましくなって、ああ私は大輝が好きなんだ、と気付いた。
 彼と話すことは多かったけど、そんな話にはならなくて。
 そもそも彼の頭の中は、雪乃のことしかないみたいで。
 でも、雪乃は本当に彼には興味がなくて、私の気持ちにも気付いてたみたいで。
「大輝君、どうしたの? 元気ないね」
 夏の忙しくなる時期を前に仕事仲間で飲み会があって、店は私が選んだ。私が参加するなら男臭くない店にする、とは聞いてたけど、私の意見を通してもらった。
 最初は彼とは席が離れてたけど、途中で隣に移動した。
「ユキがさ……こないだ、こんな写真送ってきてん」
 大輝は少ししょぼんとしながら、スマートフォンで雪乃とのLINEを開いた。トークの一番下にあった写真を、私に見せた。
「あー……この人……知ってるよ。気になるお客さんだったから会いに行った、って。私がNORTH CANALに案内した人だよ」
 雪乃が大輝に送ったのは、パンダの前で撮った写真だった。翔子も女子会で既に見ていた。二人がいちばん仲良さそうに映っている写真だ。
 大輝にこれを送ったのは、雪乃の作戦の一部なのだろうか。
「ユキ、俺が聞いた時はお客さん、って言ってたけど、めっちゃ仲良さそうやん」
「確かに……。どうなんだろうね」
「やっぱ、ユキとはあかんのかなぁ。いつも冷たいし……。他に女の子、知らんからなぁ……」
 大輝の目には、私は『女の子』としては映ってなかったみたいで。
「私も一応、女なんですけど。一応っていうか、正真正銘、女だよ」
 と言うと、大輝は何かに気付いたみたいで、ハッと口を開けた。
「そういえば……! 超身近にいたー!」
「今まで私は男だったの?」
「いや、別に、何とも思ってなかった! いつも俺と同じ格好してるから……そうか……そういえば、そっかぁ……!」
 その時はそれ以上の話にはならなかったけど。
 大輝は元気になってくれたみたいで、連絡をくれることもちょっとだけ増えた。相変わらず雪乃の話をしているけど、私のことも聞いてくれるようになった。
 ──それから間もなく、デートにも誘ってくれた。
「やったぁっ、翔子ちゃん、良かった!」
 そのことを雪乃に報告すると、作戦大成功! と笑っていた。
「まだ、友達だけどね……。やっぱり、あの写真は作戦だったの?」
「うん。黙ってくれるか、余計うるさくなるか、微妙なとこやったけど……。良かったぁ。おめでとう!」
「ありがとう。次はユキちゃんだからね」
 そう言うと雪乃の表情が少し曇ったのは、相手候補がいないからだろうか、それとも、本当は──。
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