雪あかりに照らされて
第3章 また、二月
3-1 夏鈴と ─side 晴也─
夏鈴と出会ったのは、大学に入ってすぐの頃だった。
単純に、可愛いな、と思って声をかけて、仲良くなった。
神戸の大学で、出身が大阪だから、家から通うには遠くて一人暮らしをしているのかと思っていた。彼女が今まで苦労をしてきたと知ったのは、付き合いはじめてからだ。
「夏休みは実家に帰るん?」
「ううん。私、両親いないから……」
夏鈴は幼い頃、家族を火事で亡くした。残された彼女は親戚に引き取られたが、結局は、施設に入ることになった。
幸い、スタッフがきちんとしているところで不自由はなく、学校でも友達はたくさんいたらしい。明るくて、楽しくて、相手に合わせてくれる、夏鈴は誰からも好かれる存在だっただろう。僕が声をかける前も、隣の席になった人と、すぐに仲良くなっていた。
「私さぁ……ずっと、晴也君と一緒にいていい?」
特に大きな喧嘩はせず、大学の四年間を付き合って、就職してからも関係は続いていた。僕はそのまま神戸で就職し、彼女は施設の人に恩返しがしたいからと大阪に戻った。夏鈴が言った「ずっと」がどういう意味かはわからなかったが、選択肢に別れはなかったし──数年以内にはプロポーズするつもりだった。
たまにはゆっくり旅行しよう、と提案すると、夏鈴も賛成してくれた。
「だったら、小樽が良いな。夏には行ったことあるから、冬が良いな」
「それ、寒いやろ? 大丈夫か?」
「うーん……だって、雪が見たいんやもん。雪あかりの路とか」
小樽は僕も夏には行っていたから、反対はしなかった。寒いのは苦手だが……夏鈴と一緒なら、大丈夫な気がした。
それから夏鈴とは月数回のデートと、長期休暇には旅行に行くようになった。パンフレットを集めて行き先を考えて、あちこち行った。それでも冬の旅行はなぜか、小樽に行くのが決まりになった。
「寒いけど、楽しいもん。スキーとか、夜景とか、美味しいものも多いし、札幌までも遠くないし」
「確かに……一回じゃ足らんかもな」
ガイドブックでも札幌・小樽だけを扱っているものもあるし、乗ったことはなかったが、人力車も実は気になっていた。ガイドブックに載っていない名所や歴史があるから、彼らがいるのだろう。
何回か通っているうちに、僕は夏鈴以上に小樽が好きになったかもしれない。
そして、ずっと考えていたことを彼女に伝えた。
「夏鈴は、今の仕事、続けたい?」
「どうやろう? いま楽しくなってきたから、辞めるのは寂しい気もするけど……どうしたん?」
「小樽に移住しようかなぁと思って──夏鈴と」
「え? 私と?」
「結婚してください」
夏鈴は一瞬、驚いていたが、嫌とは言わなかった。
週末の休みに実家の両親に紹介して、移住のことも話した。居間に飾ってある写真は、そのとき撮ったやつだ。しばらくは神戸で生活して、数年後に移住する予定だった。
将来のことを考え始めて、いつものホテルに泊まりに行った冬。
「え……ここ、来月で閉鎖って」
ロビーの隅に看板があって、『老朽化のため三月末で閉鎖します』と書かれていた。
「仕方ないなぁ……来年は違うホテル探すかぁ」
「駅から近くて便利やったけどなぁ。あ、そうやっ、ゲストハウスのほうが良いかも」
「なんで?」
「だって、宿の人と距離が近いから、いろんなこと教えてもらえるかも!」
その夜、インターネットで小樽のゲストハウスを調べて、口コミが良かったところを夏鈴が見つけた。それが、NORTH CANALだった。
単純に、可愛いな、と思って声をかけて、仲良くなった。
神戸の大学で、出身が大阪だから、家から通うには遠くて一人暮らしをしているのかと思っていた。彼女が今まで苦労をしてきたと知ったのは、付き合いはじめてからだ。
「夏休みは実家に帰るん?」
「ううん。私、両親いないから……」
夏鈴は幼い頃、家族を火事で亡くした。残された彼女は親戚に引き取られたが、結局は、施設に入ることになった。
幸い、スタッフがきちんとしているところで不自由はなく、学校でも友達はたくさんいたらしい。明るくて、楽しくて、相手に合わせてくれる、夏鈴は誰からも好かれる存在だっただろう。僕が声をかける前も、隣の席になった人と、すぐに仲良くなっていた。
「私さぁ……ずっと、晴也君と一緒にいていい?」
特に大きな喧嘩はせず、大学の四年間を付き合って、就職してからも関係は続いていた。僕はそのまま神戸で就職し、彼女は施設の人に恩返しがしたいからと大阪に戻った。夏鈴が言った「ずっと」がどういう意味かはわからなかったが、選択肢に別れはなかったし──数年以内にはプロポーズするつもりだった。
たまにはゆっくり旅行しよう、と提案すると、夏鈴も賛成してくれた。
「だったら、小樽が良いな。夏には行ったことあるから、冬が良いな」
「それ、寒いやろ? 大丈夫か?」
「うーん……だって、雪が見たいんやもん。雪あかりの路とか」
小樽は僕も夏には行っていたから、反対はしなかった。寒いのは苦手だが……夏鈴と一緒なら、大丈夫な気がした。
それから夏鈴とは月数回のデートと、長期休暇には旅行に行くようになった。パンフレットを集めて行き先を考えて、あちこち行った。それでも冬の旅行はなぜか、小樽に行くのが決まりになった。
「寒いけど、楽しいもん。スキーとか、夜景とか、美味しいものも多いし、札幌までも遠くないし」
「確かに……一回じゃ足らんかもな」
ガイドブックでも札幌・小樽だけを扱っているものもあるし、乗ったことはなかったが、人力車も実は気になっていた。ガイドブックに載っていない名所や歴史があるから、彼らがいるのだろう。
何回か通っているうちに、僕は夏鈴以上に小樽が好きになったかもしれない。
そして、ずっと考えていたことを彼女に伝えた。
「夏鈴は、今の仕事、続けたい?」
「どうやろう? いま楽しくなってきたから、辞めるのは寂しい気もするけど……どうしたん?」
「小樽に移住しようかなぁと思って──夏鈴と」
「え? 私と?」
「結婚してください」
夏鈴は一瞬、驚いていたが、嫌とは言わなかった。
週末の休みに実家の両親に紹介して、移住のことも話した。居間に飾ってある写真は、そのとき撮ったやつだ。しばらくは神戸で生活して、数年後に移住する予定だった。
将来のことを考え始めて、いつものホテルに泊まりに行った冬。
「え……ここ、来月で閉鎖って」
ロビーの隅に看板があって、『老朽化のため三月末で閉鎖します』と書かれていた。
「仕方ないなぁ……来年は違うホテル探すかぁ」
「駅から近くて便利やったけどなぁ。あ、そうやっ、ゲストハウスのほうが良いかも」
「なんで?」
「だって、宿の人と距離が近いから、いろんなこと教えてもらえるかも!」
その夜、インターネットで小樽のゲストハウスを調べて、口コミが良かったところを夏鈴が見つけた。それが、NORTH CANALだった。