雪あかりに照らされて

3-2 雪乃の勘

 小樽に雪が降り始めた、十一月の中旬。
 観光客はそれほど多くはないけれど、NORTH CANALでは三ヶ月前から予約を受け付けているので、雪乃の仕事が少しだけ増える。
 正月三が日だけは宿泊を受け付けていないけれど、早い人は一月四日から泊まりに来てくれる。
(良いなぁ、四日から三泊……沖縄からかぁ。行ってみたいなぁ)
 小さい子供を含む一家四人だったので、冬の家族旅行だろう。連泊してもらえるのは有難いけれど、泊まるほうは大人も子供も、日常に戻るのが辛いだろうな、と雪乃はいつも思う。
 時間が取れたら、この一家と仲良く出来たら、沖縄に旅行しようか。と考えながら、次の予約を見た。部屋の数は多くはないので、希望日が重ならない事を祈りながら開く。
(東京からの夫婦、ほか二名、一週間、って長っ!)
 滅多にない長期滞在に雪乃は驚いたけれど。
 それが常連の四人だと知って、急に嬉しくなった。
(この夫婦って、モモちゃんとノリさん! 仲良くやってるかな?)
 小樽から東京に戻ったら結婚すると言っていた二人は、春に入籍したと連絡があった。もちろん、高松家にも結婚式への招待状が届いていたけれど、残念ながら宿泊予約が入っていた日なので参加は出来なかった。
 彼らはいつも二月上旬から中旬の滞在で、あちこち出掛けているけれど。
 備考欄に『今年はのんびりする時間が多いと思います』と書いてあった。
(ふぅん。それじゃ、いっぱい話できるかな)
 結婚式の話、新婚生活の話。聞きたいことは山ほどある。もちろん、アカネとジローにも会いたいし、アカネからは綺麗の秘訣を聞きたい。
 今年の二月のことを思い出して、雪乃の手は少しだけ止まった。旭山動物園に行ってきたあと、ジローがサルと呼ばれていたな、と思わず笑ってしまう。
 前日に届いていた予約を確認してから、雪乃はそれを母親に報告した。
「モモちゃん、雪あかりの路見たいって言ってたもんなぁ。あ、四人で来るってことは、子供はまだできてないんかな」
「モモちゃん可愛いから、女の子やったら可愛いやろうなぁ」
「そら男の子でも可愛いやろ? 楽しみやねぇ」
 四人が来たら何をしようかと考えながら、雪乃は時間があったのでNORTH CANALを出た。坂道を運河のほうへ下りて、中央橋へ向かった。雪が積もっていたけれど、まだ歩きやすいほうだ。
「あれ、ユッキー、どうしたの、すごい嬉しそうだけど」
 雪乃は特に用事があったわけではなく、四人と来年も会えることが嬉しくて、ただそれだけで外に出てきた。誰かに報告したくて来たけれど、最初に出会ったのは四人を知らない俥夫だった。
「来年、来てくれるかどうか微妙な常連さんがいたんやけど、予約が入ってたから嬉しくて」
「ちょっとユキ、それ誰? 男?」
 いったいどこから現れたのか、雪乃に聞いたのは大輝だった。最近は翔子と仲良くなったはずだけれど、近くに彼女はいない。
「男もいるし、女もいるし。ちょっと、翔子ちゃんはどうしたん?」
「翔子ちゃん、いま……浅草かな? さっき小さい子供と遊んでたけど」
 大人にも珍しい人力車は、子供も興味を引かれるらしい。大人と同じ説明をするわけにはいかないけれど、遊んであげるのもおもてなしだ。
「それで? ユキ、誰が来るん? あっ、こないだ会いに行った男?」
 しつこく聞いてくる大輝に、雪乃は何も言わなかったけれど。
 大輝の最後の一言で、大事なことを思い出した。

 数日後、NORTH CANALに宿泊予約が一件入った。
 時期は二月中旬で二泊三日、人数は──。
「あれ? また、一人……? 婚約者さん……どうしたんやろ? 都合悪いんかな? それとも、こっちにいるん?」
 晴也が再び予約してきたのは嬉しかったが、妙な違和感があった。
 婚約しているなら、一緒に来てもいいはず。
 都合が悪いなら、時期を変えて来てもいいはず。
 こっちに住んでいるなら、NORTH CANALに泊まらなくても良いはず。
 春に彼に会いに行って、心配は全部消えたはずなのに。
「晴也さん……もしかして……」
 彼が泊まりに来るまでの数ヶ月間、雪乃は何度も婚約者の夢を見た。会ったことはないけれど、とても心の優しい女性だった。
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