雪あかりに照らされて

3-4 決意 ─side 晴也─

 小樽に到着したのは、去年と同じくらいの時間だった。二月上旬、夕暮れの小樽駅前は雪が積もり、普通の靴で歩くのは辛い。
 発着するバスやタクシーを見ながら、信号が変わるのを待つ。幸い、雪は降ってはいなかったが、待ち時間は寒くて、思わず身震いする。
 ようやく青になった信号を渡り、中央通りを下る。目的地へは左へ行ったほうが近道だが、足は自然と運河へ運ばれる。道が大きいからか、観光地だからか、人の流れはほとんどが直進だ。
 中央通りを横切る手宮線は、明治十三年に開通した北海道初の鉄道と聞いたことがある。当時は石炭や海産物の搬送で賑わっていたが、輸送量の減少により昭和六十年に廃線。一部は散策路として整備され──この時期は、雪あかりの路の会場にもなっている。
 線路の両側にキャンドルが並べられ、雪のトンネルもある。人の流れはここで、多くが右へ行く。家族と、友達と、恋人と。本当は僕も右へ行きたいが、いまは我慢する。待ってくれている人がいる場所へ、行かなければならない。再び坂道を下る。
 中央橋に辿り着くと、こっちを見ている女性がいた。
「こんにちはー。お久しぶりです、覚えてますか?」
 誰だろうか、と記憶を探り、彼女の服装と近くに停まっていた俥を見て思い出した。俥夫をしている彼女には、去年、道に迷ってお世話になった。
「はい、覚えてます」
「みんな待ってますよ」
 NORTH CANALのほうを指差しながら彼女は笑い、僕は会釈をしてから進行方向を観光客の少ないほうへ変えた。もちろん、道案内は不要だ。
 住宅街に入り、何度か角を曲がって辿り着いた宿からは、賑やかな笑い声が聞こえた。時計を見ると、午後五時半。四人組の常連客とまた一緒になると聞いていたので、彼らと遊んでいるのだろうか、と予想する。去年みたいに変な人だと思われないように、チャイムを鳴らす前に口角を上げた。春に雪乃に会ったときのように、普通に振舞うつもりだ。
 ピンポーン──。
 押してから玄関ドアを開ける間に、家の奥から走って来る足音が聞こえた。誰だろうかと考えながら、ドアを開けた。
「こんばんは」
「いらっしゃい、お久しぶりです! 元気でしたか?」
 笑顔で出てきてくれたのは、去年と同じ雪乃だった。彼女とは地元で遊んでいるので、彼女の両親が出て来るよりも少しだけ気が楽だった。
「はい。あれから実家に帰る度に、雪乃ちゃんの話してるよ」
「えっ、何の話ですか? うわぁ……」
 複雑な顔をして笑いながら、雪乃は僕が靴を脱ぐのを待った。送った野菜はどうだったかと聞くと、鮮度が良いうちに全部食べられたそうだ。
 リビングに入ると、やはり、常連客が楽しそうにしていた。『変な顔選手権』をしていたそうで、ジローとノリアキが変な顔で待ってくれていた。思わず、吹き出してしまった。
「晴也さん、いま笑いましたね? どっちが変ですか?」
 変な顔の審査員は既に敗退した女性四人がしていて、いまのところ二対二で引き分け。僕の一票で勝敗が決まるらしい。
「えっと、こっち……ジローさん」
「やったぁっ、勝った!」
「いや、それ勝って嬉しいもんなの? 変顔だよ?」
 選手権で勝って喜ぶジローに、アカネは少々冷静だ。
「良いんじゃないですか? 楽しかったらそれで」
 笑いながら荷物を置いていると、律子がお茶を持ってきてくれた。
「一位だったら、晩ご飯は奢ってもらうっていう約束なんだよ! よろしく、ノリさん」
「ええ? 俺だけ?」
 選手権にはモモとアカネも参加してたのに、と言いながらノリアキは反抗したけれど、「頼むよ、パパさん」と言いながらジローは玄関に向かう。実際どうなるかはわからないが、モモとアカネも「ゴチでーす」と言いながらジローの後を追う。
 肩を落として外に出るノリアキを見送ると、NORTH CANALは静かになった。
「毎年あんなんですよ、あの四人」
「ある意味、羨ましいですね」
 今日の晩ご飯は高松一家と食べる約束をしていた。四人組とほぼ入れ換わりで戻ってきた父親と一緒に食卓を囲み、会話も弾んだ。途中で南高梅が出てきたので、まさかあの時のお土産? と思ったが、これは最近、通販で買ったらしい。
「晴也君、明日はどうするの?」
「明日はまた、午後から出かけます。夕方には帰ってきます」
 去年と同じ場所へだが、行き先は誰にも言っていなかった。もちろん、言う必要は全くないが──。
 夕食後、一旦部屋に荷物を置いてから再びリビングに下りると、雪乃は暇そうにしていた。スマートホンを見て、遊んでいるのだろうか。
「雪乃ちゃん、これから時間ある?」
「え? はい……?」
 彼女の両親もそこにいたが、娘が誘われて嬉しそうな顔をしないのは、やはり婚約者の存在を知っているからだろうか。
「雪あかりの路、一緒に行ってもらって良い?」
 もちろん、デートに誘ったわけではない。
 婚約者のことを、雪乃には話すべきだと思った。
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