雪あかりに照らされて

4-3 俺にはわからない ─side 大輝─

 八月上旬の朝。
 メルヘン交差点で待機していると、雪乃が洋菓子店から出てくるのが見えた。大きい袋を持って、嬉しそうな顔をしている。
「ユーキー。何買ったん? ドゥーブル?」
「なんで朝からあんたに会わなあかんの……」
 雪乃は嫌そうな顔をしながらも、袋の中身を教えてくれた。
 チーズケーキが二種類と、クッキーの詰め合わせらしい。
「あれ、でも今、工事してるからお客さんおらんのちゃうん? 工事の人に?」
 そう聞くと、雪乃はまた面倒くさそうな顔をした。家族で全部食べて悪いか、と言いたいのだろうか。それとも、また女子会をするのだろうか。
「……長期滞在のお客さんが今日から来るから。工事してても泊まれたら良い、って言ってたから」
「ふぅん。大変やな」
 それが晴也だと知ったのは、午後になって翔子と話したときだった。
 晴也といえば、俺と同い年くらいの、ちょっとイケメンだ。去年の冬にNORTH CANALに泊まって、雪乃と親しくなったと聞いている。今年は通りかかった手宮線で偶然、見てはいけないものを見てしまった。体勢から推測して晴也が強引に、だったし、あとで翔子からも、ちゃんと事情があったと聞いた。
 けれど、それだけではないようにも見えた。
 だから俺は、雪乃を諦めた。
「でも、今のところは何もないみたいだよ。夏鈴さんのこともあるし」
「そうか……まぁ、俺には翔子ちゃんがいるかぁ」
「そうだよー。ユキちゃんは、どう思ってるんだろうね、本当に」
 今でもときどき、あの手宮線でのことを思い出して凹む。
 晴也よりも俺のほうが、ずっと前から雪乃のことを知っていたのに、俺が越えられなかった壁を晴也は簡単に越えた。何が違うのか? 性格か? 年齢か? 顔は──自分で言うが、俺、イケメン。
 観光客を俥に乗せて龍宮神社に行った帰り、ふらっとNORTH CANALの前を通ってみた。やっぱり絶賛工事中で、中の様子は見えない。
「もし今度、小樽に来る機会があれば、ここのゲストハウスおススメです。今は工事中で休んでるんですけどね。増築するらしいです、お客さんが増えたから」
 とりあえず紹介をしておいて、観光客が「泊まってみようか」と言っているのを聞く。だいたいの料金と、宿情報をすこし追加する。世間話をしながら案内をしながら、日本郵船へぐるっと回って、中央橋に戻って終点だ。
 ようやく薄暗くなってきた頃、中央通りを運河のほうに歩いて来る人影があった。それが誰なのかは見た瞬間にわかった。近付いてくるのをしばらく見て、信号を北へ渡ろうとしているところで声をかけた。
「こんにちは。僕のこと、わかりますか?」
 声をかけた相手は、もちろん晴也だ。
「えっと……顔は覚えてるけど、名前が……」
 そういえば自己紹介がまだだったかと、あわてて名札を見せた。雪乃の幼馴染だということは、覚えてくれていたらしい。
「ユキ、朝からケーキ買ってましたよ」
「え? ああ……僕が好きだって言ったからかな」
 それはもちろんチーズケーキのことだろうけど、雪乃のことか? という疑問も浮かぶ。手宮線でのことを言おうと思ったが、今はやめた。
「ちょっとだけ話ききました。どんな仕事が良いんですか?」
「うーん……前の仕事に近いやつがあればいいけど、無ければ特に拘ってないよ。暮らせるだけの稼ぎがあれば」
 もしも俺が女だったらきっと晴也に惚れる、というタイプではなかった。
 どこにでもうじゃうじゃいるような、ごく普通の青年。ちょっと爽やかで、落ち着いてて、特に目立った特徴はない。
 雪乃は何が気に入ったのか? ──いや、俺の勘ですけど。
 翔子は何を感じたのか? ──いや、正直、去年は暗いオーラを背負ってたけど。
 夏鈴という女性は、なぜ結婚を決めたのか?
 どれだけ考えても、男の俺にはわからない問題だ。
「あの……何か?」
 つい、晴也を見つめてしまっていたらしい。
 足を止めてすみません、と謝って、「もしもの場合は俥夫という選択肢もありますよ」と笑って、NORTH CANALへ向かうのを見送った。
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