雪あかりに照らされて
4-4 晴也の決断
暑い季節の長期滞在なのもあって、晴也の荷物は今までで一番多かった。インターネットで情報を集める予定なのか、ノートパソコンも持ってきていた。NORTH CANALではどこにいてもWi-Fiが利用できる。
「やっぱり夏は暑いですね……。工事の人たち、大変そう」
「ほんまやわぁ……ああ、晴也君、他に泊まる人いないから、好きな部屋、選んでくれて良いよ。贅沢に大部屋でも良いし」
「あ──ありがとうございます」
いくつか部屋を見て回ってから、晴也は一番風通しの良い部屋を選んだ。いつもの部屋と変わらない、男性用の一人部屋だ。
部屋でパソコンを使うのにテーブルが欲しいというので、リビングの隅に片付けてあった小さなテーブルを出した。そんなに丈夫ではないけれど、特に問題なく使える大きさだ。
「もしも良い仕事がなかったら、うちを手伝ってもらおうかなぁ」
「え? ここ……ですか?」
「部屋が増えたら、お客さんも増えるからねぇ」
律子の言葉に晴也は驚き、話を聞いていた父親は更に驚いた顔をしていた。NORTH CANALは増築しても、父親の仕事は変わらない予定だった。
「お父さんには、今の仕事を続けてもらいます。収入が安定してるから」
それは、晴也がNORTH CANALで働くことになった場合は、収入は不安定だということで──。
「いつかは雪乃もいなくなるやろうしねぇ」
「え? いなくなる?」
「いや、あの子はお嫁に行くやろうし。私ひとりでは無理やもん」
雪乃が嫁に行く、ということを、晴也は考えていなかったらしい。NORTH CANALはこれからもずっと、高松家が三人で経営していくものだと、思いこんでいた。それは父親も同じだったようで、娘がいなくなるという可能性に、少し寂しそうな顔をしていた。
「雪乃は──彼氏はいるんか?」
「さぁ……。おらんのちゃう? 仲良くしてる子は何人かいるみたいやけどねぇ。大輝君は翔子ちゃんを選んだみたいやし……」
早く嫁に行ってほしいけど行ったらそれは寂しい、と言いながら、律子は晩ご飯の支度を始めた。晴也を特にもてなす予定はないけれど、最初なので一応、張り切って作るらしい。
「そういえば、雪乃ちゃんは? 全然見ないですけど」
晴也は借りたテーブルを部屋に置いてから、晩ご飯の支度を手伝いに戻った。冬に来たときはリビングで食べたけれど、今日はダイニングテーブルらしい。
「今日はねぇ、好きな歌手がインストアライブするとかで札幌に行ってんのよ。晩ご飯までには戻るって言ってたけど。晴也君が来るからって迷ってたけど、結局行ったわぁ」
それから雪乃が戻ってくるまでの間、晴也は滞在期間中の予定を雪乃の両親に話した。住む場所は小樽で探すこと。仕事は特に拘らず、自分に合えば何でも良いこと。いつ決まるかわからないので、滞在中は宿の手伝いもすること。
「出来ることがあれば、なんでも言ってください」
「ごめんねぇ、ありがとう。晴也君……うちの雪乃、どう?」
「え?」
急に話題を変えられて、晴也は固まってしまった。律子の言う『どう?』がどういう意味なのかは、考えなくてもわかった。
「それは……」
「ははは、ごめんね、まだ夏鈴ちゃんのこと忘れられへんよねぇ。だからこっちに住もうって思って来たのにねぇ」
「まぁ、はい……」
律子が謝り、晴也が困っている間、父親は居心地が悪そうにしていた。隣にいる青年が娘の婿になる──悪い話ではないけれど、あまり聞きたくはなかった。
「僕、最初は、部屋と仕事を探す、って言ってたんですけど、実は……雪乃ちゃんに話しておきたいことがあって来たんです。先に聞いてもらって良いですか」
晴也が話し終えたとき、両親は少し困惑していた。そして、雪乃もきっと同じだろう、と晴也に伝えた。その可能性はもちろん、晴也も承知していた。
晴也が小樽に来た理由は、雪乃もなんとなくわかっていた。その晴也の決断を聞くのが怖くて、札幌に逃げていた。帰りの列車は海岸に差しかかったけれど、暗くなってきたので海水浴をしている人は見えない。
小樽駅を出て、いつものように中央橋を経由してNORTH CANALに戻った。
誰も何も言わなかったけれど、晴也と両親が不自然に気を使っていたので、雪乃の勘は確信に変わった。
晴也の話は──聞きたくなかった。
「やっぱり夏は暑いですね……。工事の人たち、大変そう」
「ほんまやわぁ……ああ、晴也君、他に泊まる人いないから、好きな部屋、選んでくれて良いよ。贅沢に大部屋でも良いし」
「あ──ありがとうございます」
いくつか部屋を見て回ってから、晴也は一番風通しの良い部屋を選んだ。いつもの部屋と変わらない、男性用の一人部屋だ。
部屋でパソコンを使うのにテーブルが欲しいというので、リビングの隅に片付けてあった小さなテーブルを出した。そんなに丈夫ではないけれど、特に問題なく使える大きさだ。
「もしも良い仕事がなかったら、うちを手伝ってもらおうかなぁ」
「え? ここ……ですか?」
「部屋が増えたら、お客さんも増えるからねぇ」
律子の言葉に晴也は驚き、話を聞いていた父親は更に驚いた顔をしていた。NORTH CANALは増築しても、父親の仕事は変わらない予定だった。
「お父さんには、今の仕事を続けてもらいます。収入が安定してるから」
それは、晴也がNORTH CANALで働くことになった場合は、収入は不安定だということで──。
「いつかは雪乃もいなくなるやろうしねぇ」
「え? いなくなる?」
「いや、あの子はお嫁に行くやろうし。私ひとりでは無理やもん」
雪乃が嫁に行く、ということを、晴也は考えていなかったらしい。NORTH CANALはこれからもずっと、高松家が三人で経営していくものだと、思いこんでいた。それは父親も同じだったようで、娘がいなくなるという可能性に、少し寂しそうな顔をしていた。
「雪乃は──彼氏はいるんか?」
「さぁ……。おらんのちゃう? 仲良くしてる子は何人かいるみたいやけどねぇ。大輝君は翔子ちゃんを選んだみたいやし……」
早く嫁に行ってほしいけど行ったらそれは寂しい、と言いながら、律子は晩ご飯の支度を始めた。晴也を特にもてなす予定はないけれど、最初なので一応、張り切って作るらしい。
「そういえば、雪乃ちゃんは? 全然見ないですけど」
晴也は借りたテーブルを部屋に置いてから、晩ご飯の支度を手伝いに戻った。冬に来たときはリビングで食べたけれど、今日はダイニングテーブルらしい。
「今日はねぇ、好きな歌手がインストアライブするとかで札幌に行ってんのよ。晩ご飯までには戻るって言ってたけど。晴也君が来るからって迷ってたけど、結局行ったわぁ」
それから雪乃が戻ってくるまでの間、晴也は滞在期間中の予定を雪乃の両親に話した。住む場所は小樽で探すこと。仕事は特に拘らず、自分に合えば何でも良いこと。いつ決まるかわからないので、滞在中は宿の手伝いもすること。
「出来ることがあれば、なんでも言ってください」
「ごめんねぇ、ありがとう。晴也君……うちの雪乃、どう?」
「え?」
急に話題を変えられて、晴也は固まってしまった。律子の言う『どう?』がどういう意味なのかは、考えなくてもわかった。
「それは……」
「ははは、ごめんね、まだ夏鈴ちゃんのこと忘れられへんよねぇ。だからこっちに住もうって思って来たのにねぇ」
「まぁ、はい……」
律子が謝り、晴也が困っている間、父親は居心地が悪そうにしていた。隣にいる青年が娘の婿になる──悪い話ではないけれど、あまり聞きたくはなかった。
「僕、最初は、部屋と仕事を探す、って言ってたんですけど、実は……雪乃ちゃんに話しておきたいことがあって来たんです。先に聞いてもらって良いですか」
晴也が話し終えたとき、両親は少し困惑していた。そして、雪乃もきっと同じだろう、と晴也に伝えた。その可能性はもちろん、晴也も承知していた。
晴也が小樽に来た理由は、雪乃もなんとなくわかっていた。その晴也の決断を聞くのが怖くて、札幌に逃げていた。帰りの列車は海岸に差しかかったけれど、暗くなってきたので海水浴をしている人は見えない。
小樽駅を出て、いつものように中央橋を経由してNORTH CANALに戻った。
誰も何も言わなかったけれど、晴也と両親が不自然に気を使っていたので、雪乃の勘は確信に変わった。
晴也の話は──聞きたくなかった。