雪あかりに照らされて
4-5 天狗山とレンガ横丁
予定していた通り、晴也はしばらく、本当に仕事と部屋を探し続けていた。札幌まで出かける日もあれば、小樽を歩きまわる日もあった。部屋にこもって持ってきたパソコンを見ている日もあった。
晴也はまだ、雪乃には何も言っていなかったけれど。
雪乃はそのことを気にするのをやめて、晴也とは普通に接するようにしていた。一緒に夏鈴の墓参りに行ったし、夏鈴が助けた小野寺昇悟の母親にも会いに行った。
「あなたが、夏鈴さんの……。本当に、ありがとうございました。ごめんなさいね」
「いえ、もう、良いんです。小野寺さん、頭を上げてください。夏鈴は亡くなってしまったけど、昇悟君が助かって、喜んでるはずです。夏鈴は、正義の塊でしたから……」
小野寺家は、火事があった場所とは別の場所に新居を建てていた。晴也は「小樽に住むことになったので墓参りはもう──」と言いかけたけれど、母親が昇悟に教えたいからと、これからも続けてもらうことになった。
気晴らしに二人で、天狗山にも行った。
ロープウェイで約五分で山頂に到着した先に、『鼻なで天狗さん』がある。
「みんな鼻なですぎて、色落ちてますよね」
雪乃は笑いながら、天狗の鼻を撫でた。鼻に触れると願い事が叶うという伝説の、大きな天狗の顔だ。
「雪乃ちゃんは、何をお願いしたん?」
「んー……晴也さんの仕事が無事に見つかりますように」
「僕のこと? 自分のことは?」
「今は特にないです。ははは、平凡な人生……」
笑いながら天狗を離れる雪乃を見てから、晴也も鼻を撫でた。
願い事は雪乃と同じく、仕事が見つかるように──と、暮らしが安定しますように。雪乃のことも何か、と思ったけれど、雪乃が何を望んでいるのか、晴也にはわからなかった。
夏休みということもあって、シマリス公園の中は子供たちでいっぱいだった。踏んでしまわないように気をつけて、小さなシマリスを探す。動物と触れえあえる動物園はたくさんあるけれど、リスと触れあえる場所は珍しいだろう。
再びのんびりと景色を見ながらロープウェイとバスに揺られ、雪乃と晴也は小樽駅まで戻った。そこから何も考えずに、足は中央橋へ向かう。
「うわ、クロンチョいる……」
「クロ──え? ……大輝君?」
雪乃と晴也の姿は大輝も見つけていたようで、二人が中央橋に到着するなり声を掛けてきた。
「どこ行ってたん?」
「もう、いつもいつもうるさいなぁ。そのへん」
「そのへん……」
雪乃はそのまま歩き続け、晴也も続こうとしたけれど。
「あっ、ちょっと待ってー! 川井さん!」
大輝が追ってきて、晴也の腕を掴んだ。
「僕? 雪乃ちゃんじゃなくて?」
「ユキじゃないです。今日、時間ありますか? 夜」
「あるけど……?」
「じゃ、俺にちょっとだけ時間をください」
「晴也さん、嫌なら嫌で良いですよ」
雪乃は嫌そうな顔をして大輝を見たけれど、晴也はそうはしなかった。
「良いよ、ちょうど僕も、話したいなぁと思ってたから……」
「マジですか? じゃあ、俺、仕事、七時までなんで、七時半にレンガ横丁の入口に来てもらって良いですか? 商店街のとこ」
「ああ……うん。わかった」
その後、晴也はNORTH CANALで晩ご飯を食べてから、約束の七時半にレンガ横丁に向かった。レンガ横丁は商店街の中にある、小さな屋台村だ。
大輝が何を言おうとしているのか、大体の予想はついていた。
「単刀直入に聞きますけど」
大輝が選んだ店はそれほど繁盛はしていなかったので、話をするにはちょうど良かった。繁盛していない──と言うと、元俥夫仲間の店主が怒ってきそうだ。現役俥夫がたまに顔を出しに来るけれど、挨拶だけですぐに姿を消す。
「正直、ユキのことどう思ってるんですか?」
「どうって……」
「好きか嫌いかだったら、好きですよね」
「まぁ、うん」
「俺の勘ですけど、いまユキ、不安だと思うんですよ。二月、俺、見たんですけど……ユキを抱きしめてるとこ」
「あー……あれは」
「事情があるのは聞きました。……ユキも川井さんのこと好きにはなってると思うんですよねぇ。でも、夏鈴さんを追って来てるし、でも泊まりに来るし、どっちやねんっ! って思ってますよ」
大輝が晴也に話すのを、店主はじっと聞いていた。ヒートアップしてくるのを見て、思わず声をかけた。
「ちょっと大輝、抑えて抑えて。年下なんだから」
「でも、俺、ユキ……。正直、川井さんが仕事見つかるかは、そんなに興味ないです。ただ、ユキを諦めた身として……」
大輝はじっと晴也を見ていた。
「手宮線でのことを目撃してなかったら、ユキのこと諦めてなかったです。俺は、川井さんがユキを幸せにしてくれるって、信じてます」
「諦めた、って、それは大輝君の勝手やろ? 僕は何も……。まぁ──小樽に来た一番の理由は、その話やからなぁ……。帰るまでには言うよ」
晴也はまだ、雪乃には何も言っていなかったけれど。
雪乃はそのことを気にするのをやめて、晴也とは普通に接するようにしていた。一緒に夏鈴の墓参りに行ったし、夏鈴が助けた小野寺昇悟の母親にも会いに行った。
「あなたが、夏鈴さんの……。本当に、ありがとうございました。ごめんなさいね」
「いえ、もう、良いんです。小野寺さん、頭を上げてください。夏鈴は亡くなってしまったけど、昇悟君が助かって、喜んでるはずです。夏鈴は、正義の塊でしたから……」
小野寺家は、火事があった場所とは別の場所に新居を建てていた。晴也は「小樽に住むことになったので墓参りはもう──」と言いかけたけれど、母親が昇悟に教えたいからと、これからも続けてもらうことになった。
気晴らしに二人で、天狗山にも行った。
ロープウェイで約五分で山頂に到着した先に、『鼻なで天狗さん』がある。
「みんな鼻なですぎて、色落ちてますよね」
雪乃は笑いながら、天狗の鼻を撫でた。鼻に触れると願い事が叶うという伝説の、大きな天狗の顔だ。
「雪乃ちゃんは、何をお願いしたん?」
「んー……晴也さんの仕事が無事に見つかりますように」
「僕のこと? 自分のことは?」
「今は特にないです。ははは、平凡な人生……」
笑いながら天狗を離れる雪乃を見てから、晴也も鼻を撫でた。
願い事は雪乃と同じく、仕事が見つかるように──と、暮らしが安定しますように。雪乃のことも何か、と思ったけれど、雪乃が何を望んでいるのか、晴也にはわからなかった。
夏休みということもあって、シマリス公園の中は子供たちでいっぱいだった。踏んでしまわないように気をつけて、小さなシマリスを探す。動物と触れえあえる動物園はたくさんあるけれど、リスと触れあえる場所は珍しいだろう。
再びのんびりと景色を見ながらロープウェイとバスに揺られ、雪乃と晴也は小樽駅まで戻った。そこから何も考えずに、足は中央橋へ向かう。
「うわ、クロンチョいる……」
「クロ──え? ……大輝君?」
雪乃と晴也の姿は大輝も見つけていたようで、二人が中央橋に到着するなり声を掛けてきた。
「どこ行ってたん?」
「もう、いつもいつもうるさいなぁ。そのへん」
「そのへん……」
雪乃はそのまま歩き続け、晴也も続こうとしたけれど。
「あっ、ちょっと待ってー! 川井さん!」
大輝が追ってきて、晴也の腕を掴んだ。
「僕? 雪乃ちゃんじゃなくて?」
「ユキじゃないです。今日、時間ありますか? 夜」
「あるけど……?」
「じゃ、俺にちょっとだけ時間をください」
「晴也さん、嫌なら嫌で良いですよ」
雪乃は嫌そうな顔をして大輝を見たけれど、晴也はそうはしなかった。
「良いよ、ちょうど僕も、話したいなぁと思ってたから……」
「マジですか? じゃあ、俺、仕事、七時までなんで、七時半にレンガ横丁の入口に来てもらって良いですか? 商店街のとこ」
「ああ……うん。わかった」
その後、晴也はNORTH CANALで晩ご飯を食べてから、約束の七時半にレンガ横丁に向かった。レンガ横丁は商店街の中にある、小さな屋台村だ。
大輝が何を言おうとしているのか、大体の予想はついていた。
「単刀直入に聞きますけど」
大輝が選んだ店はそれほど繁盛はしていなかったので、話をするにはちょうど良かった。繁盛していない──と言うと、元俥夫仲間の店主が怒ってきそうだ。現役俥夫がたまに顔を出しに来るけれど、挨拶だけですぐに姿を消す。
「正直、ユキのことどう思ってるんですか?」
「どうって……」
「好きか嫌いかだったら、好きですよね」
「まぁ、うん」
「俺の勘ですけど、いまユキ、不安だと思うんですよ。二月、俺、見たんですけど……ユキを抱きしめてるとこ」
「あー……あれは」
「事情があるのは聞きました。……ユキも川井さんのこと好きにはなってると思うんですよねぇ。でも、夏鈴さんを追って来てるし、でも泊まりに来るし、どっちやねんっ! って思ってますよ」
大輝が晴也に話すのを、店主はじっと聞いていた。ヒートアップしてくるのを見て、思わず声をかけた。
「ちょっと大輝、抑えて抑えて。年下なんだから」
「でも、俺、ユキ……。正直、川井さんが仕事見つかるかは、そんなに興味ないです。ただ、ユキを諦めた身として……」
大輝はじっと晴也を見ていた。
「手宮線でのことを目撃してなかったら、ユキのこと諦めてなかったです。俺は、川井さんがユキを幸せにしてくれるって、信じてます」
「諦めた、って、それは大輝君の勝手やろ? 僕は何も……。まぁ──小樽に来た一番の理由は、その話やからなぁ……。帰るまでには言うよ」