雪あかりに照らされて

4-7 共通の想い

 九月、暑さも和らぎ、過ごしやすくなった頃。
 雪乃は翔子と一緒に、何度目かわからない夏鈴の墓参りに行った。
「早すぎるよね……三十年しか生きられなかったって。でも、幸せだったのかなぁ。好きな人と一緒にずっと暮ら、あっ、ごめん」
 翔子が言おうとしたのは、晴也のことだ。
 彼がずっと夏鈴を愛していたから、夏鈴は幸せだっただろう。
 けれど今、晴也は雪乃を好きになっていた。もちろん、夏鈴のことは忘れないけれど、前へ進みたい。そう思わせてくれたのが、雪乃との出会いだった。たくさんの人に囲まれて、けれど疲れはあまり見せずに、いつも笑顔で接してくれていた。和歌山で会ったときは特に気持ちは動いていなかったけれど、再び二月に会ってから気になるようになった。
 という話を、雪乃は両親から聞いた。
「あと、できたら一緒に暮らしたい、って」
「え? それって……結婚?」
「そこまでは聞いてないけど、一人は辛いから傍にいてほしい、って」
 晴也にLINEで返事をしてしまおうか、と思ったこともあった。
 けれどどうしても画面の送信ボタンを押すことはできなかった。彼と駅で別れてから、全く連絡をしていないし、来ることもなかった。もともと数年前の投稿で終わっていたタイムラインにも、何も上がって来なかった。
「どうしたら良いんかなぁ。このまま終わるんかな」
「そんなことないよー。こっちに引っ越してくるんでしょ? すぐに会えるよ」
 そうだと良いな、と言いながら、雪乃は翔子に大輝とのことを聞いた。去年、誘われた祝津の花火に、今年も誘われて一緒に行ったらしい。
「で? で? あいつ、優しい?」
 雪乃はもちろん、今も大輝に興味はないけれど、翔子との関係は続くように応援していた。翔子から依頼があれば、大輝の過去も少し教えた。
「優しいよー。いつも家まで送ってくれるし、割勘なんて絶対言わないし。私は出す、って言ってるんだけどね。なかなか奢らせてくれない」
「さすが、常連客がいる人は違うなぁ」
 それから二人で世間話をしながら歩き、昼ごはんを食べてから別れた。

 雪乃が家に帰ると、母親が宿泊客を迎える準備をしていた。平日なので父親は仕事中で、前日は誰も泊まらなかったので静かな高松家。
 部屋に荷物を置いてからリビングに降りると、テーブルの上に包装された箱が置いてあった。
「お母さん、これ何?」
 聞きながら裏のシールを見ると、焼き菓子の詰め合わせと書いてあった。
「ああ、それ……増築のお祝いって、さっき晴也君が持ってきてくれたんよ」
「え? 晴也さん……って、さっき?」
「うん、ほんまにさっき。あれ、雪乃に言ってなかったっけ? 晴也君、引っ越し完了した、ってこないだ電話あって、駅の近くやったかな? また行きます、って、あれ、雪乃?」

 雪乃は走り出していた。
 晴也が選んだマンションが小樽駅から徒歩圏内とは聞いていたけれど、どこかはわからない。NORTH CANALから西か東か、それもわからない。駅の本当に近くなら、普通に歩けばまだ到着していないはずだ。
 雪乃は思い付くマンションやアパートを走って回り、晴也の姿を探した。
 せめて場所を聞いてくれば良かったと思ったけれど、引き返す時間はない。その間に到着して、中に入ってしまったらわからない。
 晴也が好きそうな外観、単身者用の部屋──。
 小樽駅を通過して、南へ行ってみた。
 あまり来ることがないエリアなので道は詳しくないけれど、少しくらいならわかる。晴也がパソコンで部屋を探しているのを横で見ていたとき、このエリアの物件を候補に挙げていた。
 シンプルモダンな外観の小さな建物で、駅から近いので便利だと売りにしていた新築アパート──。
「あった、えっと、階段……」
 外から階段と廊下を見ようと雪乃が正面に回ったとき、
「い、いたっ、晴也さん!」
 ドアを開けて中に入ろうとしている青年、晴也を見つけた。そして、走ってきた勢いのまま、ドアから手を離して振り返った晴也の胸に飛び込んだ。晴也は少し体勢を崩して、壁にぶつかった。
「えっ、雪乃ちゃん、なんで」
「晴也さんに、言うことが出来たから……。早い方が、良いから……。こないだ、うちにはもう、泊まりに来れない、って言いましたよね」
「ああ──うん」
「だったら、私も、晴也さんには、泊まりに、来てほしくないです。晴也さんが」
 最後の言葉を言おうとして顔を上げると、柔らかいものが唇に触れた。言葉を続けることは出来なくなって、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
< 29 / 30 >

この作品をシェア

pagetop