雪あかりに照らされて

2-2 会いに来た理由

 約二時間のフライトを経て、久々に生まれ故郷に立った。四月下旬の大阪はこんなに暖かかっただろうか、と思わず窓から空を見上げる。
 広いロビーを抜けて荷物を受け取り、駅のホームへ向かう。すれ違う人々のイントネーションが懐かしくて自分も何か喋りたくなる──けれど、雪乃はいま、一人だ。
 切符を買ってホームに降り、停車中の普通列車に乗った。向かいのホームには群青色の特急も停車していて、雪乃もそれには乗ったことがある。久々に見たので乗りたくもなったけれど、特急は空港から北へしか走らない。南へ向かう雪乃の選択肢ではない。
 三十分ほどかけて到着した終着駅の改札を抜けて、エスカレーターを降りた。駅前からバスに乗って、更に三十分ほど進む。町のはずれのバス停は、時刻表が立てられているだけだ。
 道の片側は住宅地、反対側は一面畑。
 さて、これからどっちへ進もうか、と雪乃が辺りを見渡していると、
「すみませーん、遅くなってすみませーん」
 長靴を履いた青年が雪乃のほうへ走ってきていた。
「すみません、こんな格好で……。家の手伝いをしてて、履き替える時間なくって……」
 申し訳なさそうに言う晴也は、ポロシャツにジャージで、帽子をかぶっていた。普段は仕事の都合で神戸に住んでいるが、週末は和歌山の実家で農業を手伝っているらしい。
「着替えて来たかったんですけど、父親が『そのまま行け』って、すみません、土だらけですよね」
 自分の服についた土埃を払いながら、晴也はまた謝った。
 それが可笑しくて、雪乃はつい、笑ってしまった。
「やっぱり、着替えた方が良かったですよね……」
「ははは、いえ、気にしないでください、元気そうで、良かったです」
 そういえば小樽では……、とまた謝りながら、晴也は雪乃を実家に案内した。
 バス停からはそれほど遠くはなく、わりとすぐについた。川井家の畑は家の前にあって、まだ作業中だった晴也の父親が、雪乃に「いらっしゃい! 何もないけど、ゆっくりしてって!」と笑顔で言った。
 家の中に入ると、すぐに晴也の母親も出てきた。
「よぉ来てくれたねぇ、入って入って、晴也、あんた相手してあげなさい」
 母親が家の奥に消えるのを見ながら、晴也は苦笑した。
「すみません、賑やかな両親で……」
「はは、うちもこんな感じですよ」
 再び、そういえば、と笑っている間に、晴也の母親がお茶を持って居間に戻ってきた。まだ立っていた雪乃に座るように言い、自分も座った。
「北海道からやったら、遠いやろぉ?」
「そうですね……、六時間くらいかかったかな」
「まあー。なんで来てくれたん? 私が言うのも何やけど、……別に男前とちゃうし……」
 母親に言われ、晴也は少し不機嫌な顔をした。
 もちろん雪乃は、晴也の様子が気になったから来ただけで、それ以外には何もない。そのことは、母親もわかっているはずだ。
「小樽で元気なかったから、気になってたんです。でも今日、元気なんで、安心しました。来なくても良かったくらいです」
 晴也は、NORTH CANALにいたときとはまるで違う、明るい青年だった。
 家庭に問題があるわけではなさそうで、勤めているところもブラック企業ではなく、農業の手伝いも助かっている、と父親が言っていた。
 小樽で元気がなかったのが、嘘のようだった。
「晴也さんが帰ってからも、みんな心配してたんですよ」
「そうですか……、すみません。みんなに心配かけて」
「元気だった、って連絡しときますね。──それじゃ、私、そろそろ」
「えっ、もう帰るん? さっき来たとこやのに。予定あるの?」
 立ち上がろうとする雪乃に、母親が驚いて聞いた。
 隣では晴也も、同じような顔をしていた。
「予定はないですけど、晴也さんが元気なのを確認できたので、用事は済んだかなぁ、って……」
 晴也がまだ落ち込んでいるようなら何か話をしようか、とも思っていたけれど、その必要はなかった。どうなるかわからなかったので、地元の友人にも連絡は入れなかった。
 だから雪乃は、これから帰宅までの丸一日、予定が入っていない。
「それじゃ──明日、白浜に行きませんか? 双子のパンダ産まれたんですよ」
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