嫌い嫌いも、好きのうち
第1話
「ねぇねぇ、隣のクラスの子が周藤くんに告白したらしいよ」
「ええ~、で、付き合っちゃったの!?」
「いや、振られてた」
二限目、自習時間。
自習時間となると、どうも生徒達は騒がしくなる。
そんな周りの人達を、ただただ睨みつける少女が一人。
「ちょっと、授業中なんだから静かにしてくれる?勉強に集中出来ないんだけど」
「ご、ごめんね…」
「謝るくらいなら、最初から騒がしくしないで」
少女の冷たい物言いに、注意を受けたクラスメイトは小声で彼女の悪口を呟く。
「あそこまで冷たく言わなくても良くない?」
「本当に天宮さんって、感じ悪ーい」
表向きでは何を言われても動じない。
そんな彼女の名前は、天宮凜子。
彼女は常にクールで、厳しい言動が多い。
その上、天宮財閥グループの令嬢ということもあり、クラスメイトからは高嶺の花だと思われている。
そんな凜子の心の中はというと…
(またやっちゃった~!!私も会話に入りたかっただけなのに!!)
こんな感じで、天宮凜子は不器用でとてつもなく素直じゃないのである。
次の日。
(昨日のこと、謝らなきゃ…)
ホームルーム前、凜子は昨日の冷たい言動を謝るべく、
クラスメイトの二人に近付いた。
「あ、あの…」
しかし、凜子の小さな声は二人に届かず、話は進んでしまう。
「ねぇ、あれが噂の”とんでも一年生”じゃない?」
「本当だ、今日も女の子に囲まれてるよ」
二人の見ている方が気になり、凜子も窓の外を覗く。
顔までは見えないが、女の子達が一人の青年を取り囲んでいた。
(私とは違って、凄く人に囲まれてる…羨ましいな)
凜子には男子どころか、女子ですら寄ってこない。
もちろん、理由は分かっている。
何度もこの性格を直そうとしても、気付いた時には口が勝手に動いていて、思っていることと真反対のことを言ってしまうのだ。
「あれ?天宮さん、何か用?」
話している二人の近くでぼーっとしていると、一人が凜子に気付いた。
「えっと…朝からきゃーきゃーうるさいんだけど?」
「え、そんなに騒がしくしてないし、そもそも今授業中でもないじゃん」
「だとしても、耳障りだから止めてくれる?」
二人に”ごめん”と謝られ、凜子は我に返った。
(謝りたかったのに、余計酷いこと言っちゃったー!!)
そして、放課後。
凜子は今朝のことを思い出して、落ち込みながら家路についていた。
(今日のこと、”じぃや”に相談してみようかな…”じぃや”なら、笑わないで真剣に聞いてくれそうだし)
”じぃや”とは、天宮家に仕えている使用人だ。
特に凜子は彼に懐いており、最近ではほとんど凜子専属の執事ということになっていた。
じぃやは、凜子が生まれた時から天宮家に仕えており、凜子のことを孫のように甘やかし、時には厳しく世話をしてきた。
凜子も同様に、彼のことを祖父のような存在だと思い接している。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
家に着くと、いつもは真っ先にじぃやが玄関まで迎えに来てくれるのだが、彼の姿は見当たらなかった。
不思議に思った凜子は、迎えに来た使用人に尋ねる。
「じぃやは?」
「それが……」
使用人にある程度事情を聞き、凜子は言葉を失った。
「倒れた……?」
凜子がその場に立ち尽くしていると、父が姿を現す。
「凜子、彼のことでちょっと話がある。こっちに来なさい」
父に言われるがまま、凜子は奥の談話室へと移動する。
室内に入ると、見知らぬ青年の姿がそこにはあった。
「お父さん、この人は?」
「ちゃんと説明するから、とりあえず座って」
父は私の向かいに、私は青年の隣にそれぞれ着席すると、
父が口を開ける。
「まず倒れた角名さんの事なんだけど、しばらく入院が必要だそうだ」
「いつ戻ってくるの?」
「そのことなんだけど、彼ももう年だからなぁ。復帰も少し時間がかかると見ているよ」
父の言葉に、凜子は分かりやすく肩を落とした。
そんな彼女の様子に、父は慌てて取り繕う。
「その代わり、新しい使用人を雇うことにしたから!それがここにいる彼だよ」
「初めまして、角名雪人と申します」
雪人は礼儀正しく、凜子に向かって挨拶をした。
凜子もつられて、”ど、どうも”と小さく会釈をする。
「雪人くんは角名さんのお孫さんで、凜子と同じ学校に通う一年生だそうだ」
「え、じぃやの?…って、一年生って、私より年下ってこと!?」
情報量が多く混乱している凜子に、雪人は微笑を向ける。
「年下ですが、天宮様と祖父の元で数ヶ月間、使用人の訓練を受けました。祖父には劣りますが、お嬢様を不安にさせない様、お努めいたします」
雪人の微笑は、輝いていた。
油断したら、彼に心を奪われてしまいそうな……
それほどまでに、彼の顔は整っていた。
「ふんっ、じぃやの足元にも及ばないのは当然よ。私は、年下の執事なんて認めないから」
照れ隠しで思わず口走ってしまった凜子は、またしても我に返る。
(しまった!初対面の人に向かってなんて事を…私のバカ!)
この凜子の言動に父も叱ろうと声を上げるも、雪人は気にも止めていないようだった。
「ふふっ」
「な、何が可笑しいの!?」
「すみません、祖父から伺っていた方と少し人物像が違ったので」
「急に笑い出すなんて、失礼な人ね」
次々に冷たい言葉を言い放つ凜子に、雪人は全く動じない。
そんな彼の反応が面白くない凜子は、更に思ってもないことを口にしてしまう。
「私は何がなんでも貴方を認めないわ、さっさとじぃやに復帰してもらうんだから」
「そうですか。それなら、私が専属執事じゃないと嫌だと絶対に言わせてみせます」
「死んでも絶対に言わないから!」
こうして、翌日から雪人が天宮家に仕えることとなった。