嫌い嫌いも、好きのうち
第2話
執事が変わったからと言って、日常がそんな変化するはずなどなく。
天宮凜子は、相変わらず学校では独りぼっちだった。
(新しい執事め、今朝弁当すら作ってくれなかったし…)
いつもお昼ご飯は、じぃやが弁当を作ってくれていた。
学食は一人で食べていると目立つし、購買は弁当がいつも取り合いになるので、買うことが億劫だと感じていたからだ。
(仕方ない、ダメ元で購買でも覗いてみようかな)
昼休み、凜子は重い腰を上げ、購買へと向かった。
向かっている間、友達と仲良さそうに話ながらすれ違う人々や、教室でワイワイ騒ぎながら昼食を食べる人々を凜子は羨ましく思う。
(いいなぁ…私もいつかは友達とあんな風にお昼ご飯を食べてみたい)
そんなことを考えていると、どうやら購買の方が騒がしいことに気が付く。
普段購買に行くことを避けていたため、生徒達の勢いに凜子は驚きを隠すことが出来ずに立ちすくむ。
(この人集りを掻き分けないと、パンすら買えないの…!?)
戸惑う凜子に、背後から何者かが声を上げながら駆け寄る。
「お嬢様!探しましたよ!」
「貴方は…昨日の新しい使用人?」
「はぁ…はぁ…もしかして、購買に御用ですか?」
「え、ええ、まぁ…貴方には関係ないでしょ」
またしても冷たく言葉を言い放ってしまい後悔する凜子に対し、雪人は気にも止めなかった。
「何をお探しです?」
「えっと、焼きそばパンを…」
「私が買って参りますので、しばしお待ちを」
自分のためにパンを買いに行こうとする雪人に、申し訳なくて、凜子は止めに入ろうとした。
しかし、雪人は既に購買のレジの先頭に立っている。
「すみません、焼きそばパンを一つください」
「ごめんねぇ、今さっき売り切れちゃったのよ」
購買から落ち込みながらとぼとぼ帰ってくる雪人に、凜子は大体の事情を察した。
「すみません、既に売り切れてしまっていました」
「別にいいわよ、そこまで食べたかった訳じゃ…」
凜子なりに最大限励ましたつもりだが、雪人は落ち込んだままだった。
そんな彼に、周囲の女子生徒達が様子を察してか、凜子を置き去りにして我先にと声をかける。
「角名くん、どうしたの?落ち込んでるけど」
「実は、焼きそばパン食べたかったんだけど、売り切れててさ」
雪人の言葉一つで、周囲の女子生徒たちはざわつき始める。
「誰か焼きそばパン持ってない!?」
「私持ってる!譲るよ!」
「私も持ってる!」
「え?こんなにいいの…?ありがとう」
雪人が微笑を浮かべると、女子達は皆照れたような眩しそうなリアクションをしている。
傍から見ていた凜子は、その光景が不思議で堪らなかった。
雪人のことが気になり、近くの女子生徒に声をかける。
「ちょっといい?」
「ひぃっ…!」
しかし、いつもの鋭い目つきのせいで、女の子を怖がらせてしまったのか、彼女は小さく声を上げた。
「怖がらないで、ちょっと…あの男について聞きたくて。アイツ何者なの?」
「もしかして、角名くんのこと?知らないの!?校内じゃあかなりの有名人なのに」
「し、知るわけないでしょう?どうして有名人なの?」
「入試試験ぶっちぎりのトップ通過、体力測定もA判定でスポーツは何でも出来る運動神経、それにあのルックスにスタイル!俳優やモデルをしていてもおかしくないくらい、外見が良すぎる!」
「そんなに凄いの…?」
昨日、自宅で顔合わせした時は特に何も言っていなかったはずだが、学校でも一目置かれる秀才だったとは。
凜子は、彼女の説明に驚きの表情を浮かべる。
「まだ入学してから一ヶ月しか経ってないのに、二十人近くの女子に告白されたとか」
「アイツ、そんなにモテるのね…」
「だから、あまりのスペックの高さに、”とんでも一年生”なんて呼ばれたりもしてるよ」
”とんでも一年生”…その言葉は、凜子も聞いた事があった。
確か、教室でもクラスメイトが窓の外を指差して、そう言っていたような。
(そうだ!あの時も女の子達に囲まれていたような…!)
凜子は、教室で見た窓の外の光景を思い出した。
あの時、雪人の姿までは見えなかったが、きっと女子の群れの中心には彼が居たのだろう。
そんな当の本人は、両手で幾つものパンを抱え、辺りをキョロキョロと見回している。
「角名くん、パンあげたんだし、一緒にお昼食べない?」
「え!私も一緒に食べた~い」
しかし、雪人は女子達には目もくれず、凜子の姿を見つけると大きく手を振る。
「お嬢様~!焼きそばパンゲット致しました!」
彼の言葉に、女子達の視線が一気に凜子の方へと向く。
凜子はその視線が怖くて、駆け寄ってきた雪人の手を引き、慌てて人気のない空き教室へと移動した。
「ちょ、ちょっと!あんな大きな声でお嬢様って呼ばないでくれる!?」
「でも、お嬢様はお嬢様ですし…」
「仕方ない。学校では先輩って呼んで。それと、私の執事であることは内緒にして」
「なぜです?私は別にバレても構わないんですけど…」
「いつかアンタ狙いの女の子に刺されそうだからよ」
凜子の言葉に、”そんな物騒な”と雪人は苦笑を浮かべる。
「そんなことより、お腹空いたわ」
「実は、焼きそばパンとは別に、お弁当を作って来たんです」
「え、てっきり作ってないと思っていたのに」
雪人は、鞄から三段重の弁当箱を取り出す。
想定外の大きさに、凜子は驚きの声を上げた。
「デカっ!こんなに食べれるの?」
「私と二人分ですので充分な量かと。張り切って作ってしまい、登校時間ギリギリになってしまいました」
彼の言葉に、だから今朝弁当を持たせてくれなかったのかと、凜子は納得した。
早速おかずの一つを食べてみると、想像以上に美味しさを感じる。
「…っ!なかなかやるじゃない」
「光栄です」
また素直に美味しいと伝えられず、凜子は後悔するも、雪人は気にせず微笑を浮かべる。
二人は食べ進めながら、先程の話の続きを始めた。
「我々がどういう関係か尋ねられた場合、何と返答したらよろしいですか?」
「うーん…普通に先輩後輩?」
「ですが、仕事上、お嬢様を守るために登下校も一緒にしなければならないので…普通の先輩後輩にしては、親密すぎではありませんか?」
「もはやボディーガードみたいね。まぁ、それなら確かに少し変かも…」
凜子は考えた末、一つの言葉が浮かんだ。
「幼馴染みはどう?貴方、私の家の事とか詳しいし」
「なるほど…それは確かに名案ですね。それなら、私からも一つ提案があるのですが」
「何よ?」
「幼馴染みの設定でしたら、私が敬語を使うのも少し不自然ですし、校内ではタメ口で話してもいいですか?」
「はぁ!?いくら何でも調子に乗り過ぎよ!」
凜子が声を上げて怒ると、雪人は明らかに不満そうな顔を浮かべた。
「お嬢様は祖父の話を聞く限り、もっと寛大な方だと思っていたんですが…」
「は、はぁ!?充分寛大でしょ!一緒にお昼ご飯食べてあげてるんだし」
「食べてあげてるって…そんなんだと友達なんて出来ませんよ」
「な、何で友達いないこと知ってるのよ!?」
突然雪人に痛いところを突かれ、凜子は更にムキになったように声を上げる。
「…図星ですか」
「アンタって本当に性格悪すぎ!」
「暴言しか吐けないお嬢様よりはマシだと思いますが」
自分の気にしていることを言われてしまい、凜子は落ち込んだ。
「分かってる、自分が不器用で友達が出来ないことくらい…でも、どうしたらいいのか分からないのよ」
その様子を察した雪人は、何か優しい言葉を掛けようと模索する。
そして、一つの方法を思い付いた。
「私との関係を幼馴染みってことにするなら、余計に私とは友達のように接してみてください」
「アンタを…?」
「はい、あくまで友達を作る練習ですよ」
凜子は考えた。
正直、彼の考えに乗る事もタメ口を使う事も、あまり気に食わない。
しかし、自分のことをある程度知っている彼になら、練習台にさせてもいいんじゃないか、と。
(何より、友達を作って一緒に寄り道したり、勉強したり、休日に遊んだり…色々してみたい!)
「分かったわ、校内及び生徒の前でのみタメ口を許す」
「ありがとうございます」
昼食を済ませ、弁当箱を片付けながら、雪人は告げる。
「じゃあこれからよろしくね、凜子先輩」
「あんま調子に乗らないでよね…」
不満に思いつつも、初めて他人から”先輩”と呼ばれて、嬉しい気持ちにもなる凜子であった。
天宮凜子は、相変わらず学校では独りぼっちだった。
(新しい執事め、今朝弁当すら作ってくれなかったし…)
いつもお昼ご飯は、じぃやが弁当を作ってくれていた。
学食は一人で食べていると目立つし、購買は弁当がいつも取り合いになるので、買うことが億劫だと感じていたからだ。
(仕方ない、ダメ元で購買でも覗いてみようかな)
昼休み、凜子は重い腰を上げ、購買へと向かった。
向かっている間、友達と仲良さそうに話ながらすれ違う人々や、教室でワイワイ騒ぎながら昼食を食べる人々を凜子は羨ましく思う。
(いいなぁ…私もいつかは友達とあんな風にお昼ご飯を食べてみたい)
そんなことを考えていると、どうやら購買の方が騒がしいことに気が付く。
普段購買に行くことを避けていたため、生徒達の勢いに凜子は驚きを隠すことが出来ずに立ちすくむ。
(この人集りを掻き分けないと、パンすら買えないの…!?)
戸惑う凜子に、背後から何者かが声を上げながら駆け寄る。
「お嬢様!探しましたよ!」
「貴方は…昨日の新しい使用人?」
「はぁ…はぁ…もしかして、購買に御用ですか?」
「え、ええ、まぁ…貴方には関係ないでしょ」
またしても冷たく言葉を言い放ってしまい後悔する凜子に対し、雪人は気にも止めなかった。
「何をお探しです?」
「えっと、焼きそばパンを…」
「私が買って参りますので、しばしお待ちを」
自分のためにパンを買いに行こうとする雪人に、申し訳なくて、凜子は止めに入ろうとした。
しかし、雪人は既に購買のレジの先頭に立っている。
「すみません、焼きそばパンを一つください」
「ごめんねぇ、今さっき売り切れちゃったのよ」
購買から落ち込みながらとぼとぼ帰ってくる雪人に、凜子は大体の事情を察した。
「すみません、既に売り切れてしまっていました」
「別にいいわよ、そこまで食べたかった訳じゃ…」
凜子なりに最大限励ましたつもりだが、雪人は落ち込んだままだった。
そんな彼に、周囲の女子生徒達が様子を察してか、凜子を置き去りにして我先にと声をかける。
「角名くん、どうしたの?落ち込んでるけど」
「実は、焼きそばパン食べたかったんだけど、売り切れててさ」
雪人の言葉一つで、周囲の女子生徒たちはざわつき始める。
「誰か焼きそばパン持ってない!?」
「私持ってる!譲るよ!」
「私も持ってる!」
「え?こんなにいいの…?ありがとう」
雪人が微笑を浮かべると、女子達は皆照れたような眩しそうなリアクションをしている。
傍から見ていた凜子は、その光景が不思議で堪らなかった。
雪人のことが気になり、近くの女子生徒に声をかける。
「ちょっといい?」
「ひぃっ…!」
しかし、いつもの鋭い目つきのせいで、女の子を怖がらせてしまったのか、彼女は小さく声を上げた。
「怖がらないで、ちょっと…あの男について聞きたくて。アイツ何者なの?」
「もしかして、角名くんのこと?知らないの!?校内じゃあかなりの有名人なのに」
「し、知るわけないでしょう?どうして有名人なの?」
「入試試験ぶっちぎりのトップ通過、体力測定もA判定でスポーツは何でも出来る運動神経、それにあのルックスにスタイル!俳優やモデルをしていてもおかしくないくらい、外見が良すぎる!」
「そんなに凄いの…?」
昨日、自宅で顔合わせした時は特に何も言っていなかったはずだが、学校でも一目置かれる秀才だったとは。
凜子は、彼女の説明に驚きの表情を浮かべる。
「まだ入学してから一ヶ月しか経ってないのに、二十人近くの女子に告白されたとか」
「アイツ、そんなにモテるのね…」
「だから、あまりのスペックの高さに、”とんでも一年生”なんて呼ばれたりもしてるよ」
”とんでも一年生”…その言葉は、凜子も聞いた事があった。
確か、教室でもクラスメイトが窓の外を指差して、そう言っていたような。
(そうだ!あの時も女の子達に囲まれていたような…!)
凜子は、教室で見た窓の外の光景を思い出した。
あの時、雪人の姿までは見えなかったが、きっと女子の群れの中心には彼が居たのだろう。
そんな当の本人は、両手で幾つものパンを抱え、辺りをキョロキョロと見回している。
「角名くん、パンあげたんだし、一緒にお昼食べない?」
「え!私も一緒に食べた~い」
しかし、雪人は女子達には目もくれず、凜子の姿を見つけると大きく手を振る。
「お嬢様~!焼きそばパンゲット致しました!」
彼の言葉に、女子達の視線が一気に凜子の方へと向く。
凜子はその視線が怖くて、駆け寄ってきた雪人の手を引き、慌てて人気のない空き教室へと移動した。
「ちょ、ちょっと!あんな大きな声でお嬢様って呼ばないでくれる!?」
「でも、お嬢様はお嬢様ですし…」
「仕方ない。学校では先輩って呼んで。それと、私の執事であることは内緒にして」
「なぜです?私は別にバレても構わないんですけど…」
「いつかアンタ狙いの女の子に刺されそうだからよ」
凜子の言葉に、”そんな物騒な”と雪人は苦笑を浮かべる。
「そんなことより、お腹空いたわ」
「実は、焼きそばパンとは別に、お弁当を作って来たんです」
「え、てっきり作ってないと思っていたのに」
雪人は、鞄から三段重の弁当箱を取り出す。
想定外の大きさに、凜子は驚きの声を上げた。
「デカっ!こんなに食べれるの?」
「私と二人分ですので充分な量かと。張り切って作ってしまい、登校時間ギリギリになってしまいました」
彼の言葉に、だから今朝弁当を持たせてくれなかったのかと、凜子は納得した。
早速おかずの一つを食べてみると、想像以上に美味しさを感じる。
「…っ!なかなかやるじゃない」
「光栄です」
また素直に美味しいと伝えられず、凜子は後悔するも、雪人は気にせず微笑を浮かべる。
二人は食べ進めながら、先程の話の続きを始めた。
「我々がどういう関係か尋ねられた場合、何と返答したらよろしいですか?」
「うーん…普通に先輩後輩?」
「ですが、仕事上、お嬢様を守るために登下校も一緒にしなければならないので…普通の先輩後輩にしては、親密すぎではありませんか?」
「もはやボディーガードみたいね。まぁ、それなら確かに少し変かも…」
凜子は考えた末、一つの言葉が浮かんだ。
「幼馴染みはどう?貴方、私の家の事とか詳しいし」
「なるほど…それは確かに名案ですね。それなら、私からも一つ提案があるのですが」
「何よ?」
「幼馴染みの設定でしたら、私が敬語を使うのも少し不自然ですし、校内ではタメ口で話してもいいですか?」
「はぁ!?いくら何でも調子に乗り過ぎよ!」
凜子が声を上げて怒ると、雪人は明らかに不満そうな顔を浮かべた。
「お嬢様は祖父の話を聞く限り、もっと寛大な方だと思っていたんですが…」
「は、はぁ!?充分寛大でしょ!一緒にお昼ご飯食べてあげてるんだし」
「食べてあげてるって…そんなんだと友達なんて出来ませんよ」
「な、何で友達いないこと知ってるのよ!?」
突然雪人に痛いところを突かれ、凜子は更にムキになったように声を上げる。
「…図星ですか」
「アンタって本当に性格悪すぎ!」
「暴言しか吐けないお嬢様よりはマシだと思いますが」
自分の気にしていることを言われてしまい、凜子は落ち込んだ。
「分かってる、自分が不器用で友達が出来ないことくらい…でも、どうしたらいいのか分からないのよ」
その様子を察した雪人は、何か優しい言葉を掛けようと模索する。
そして、一つの方法を思い付いた。
「私との関係を幼馴染みってことにするなら、余計に私とは友達のように接してみてください」
「アンタを…?」
「はい、あくまで友達を作る練習ですよ」
凜子は考えた。
正直、彼の考えに乗る事もタメ口を使う事も、あまり気に食わない。
しかし、自分のことをある程度知っている彼になら、練習台にさせてもいいんじゃないか、と。
(何より、友達を作って一緒に寄り道したり、勉強したり、休日に遊んだり…色々してみたい!)
「分かったわ、校内及び生徒の前でのみタメ口を許す」
「ありがとうございます」
昼食を済ませ、弁当箱を片付けながら、雪人は告げる。
「じゃあこれからよろしくね、凜子先輩」
「あんま調子に乗らないでよね…」
不満に思いつつも、初めて他人から”先輩”と呼ばれて、嬉しい気持ちにもなる凜子であった。