転生聖職者の楽しい過ごし方
「ならばトシコ嬢は、魔物に魔力を吸われた被害者として扱うのか?」

 クロヴィスは書類を見ながら、レオナールに話しかけるが返事がない。ジルベールやレイベスも返事を待っているが、口を開く様子がない。

「陛下。」

 クロヴィスが再び話しかけても反応がない。兄である、ジルベールやクロヴィスから‘陛下’と敬称で呼ばれることを極端に嫌がるレオナールは、ジルベールたちが敬称で呼ぶと、毎回‘レオナール’と呼ぶまで言い直しをさせる。それが、何も言わないままなのをレイベスさえも不思議に思っていた。

「陛下?」

 今度はレイベスが、声をかけた。

「あぁ。悪い。」
「トシコ嬢は被害者として扱うのだな?魔力を吸われ、息絶えたと。」
「あぁ。本当にリオがあちらの世界へ送ることが出来るのかは確認しないといけないから、帰還の術はリオ以外の尊者四人にクロヴィス、ジルベールと何が起こっても良い様に念のため魔力の強いシルヴェストルにも同席させよう。」
「はぁ。ハーピーを創造した罪には問えないのか。」

 ジルベールは眉間にシワを寄せる。

「それを証明するのは、この記号にも見えない奇妙なメモ書きだけだ。」
「確かに…このメモじゃ、何がどう書かれているのか分からないな。リオ嬢はこれが元の世界で使っていた文字だと言うのだろう?」
「あぁ。」
「しかし、俺たちからしたら、どこをどう読むのかすら分からない。こんな真四角の紙に書かれたら、どこが上かすらもわからないな。」
「この内容を読んで、証明できるのはリオだけだ。」
「しかし、日本に帰したいと思っているお嬢ちゃんが、このメモの内容を証言するとは思えないしな。」
「そもそも、リオ嬢だけだからね、このメモに召喚する計画が書かれてるって言ったの。彼女の虚言かもしれないよね。それを証明する術を俺たちは持っていない。」
「あぁ。」
「しかし、こんな記号の様な言葉を使って何かをメモしていたこと自体が何かを企んでいる証拠だと問うこともできるだろう。」
「ジルベール。それはお前らしくないよ。」

 クロヴィスはジルベールに向って少しだけ笑った。

「それに、国民の中では、今でもトシコ嬢は数百年振りに我が国に渡ってきた救世主だ。その救世主が魔物を創造し、多数の死傷者を出す大惨事を引き起こしたとなれば、国民はどのように思うだろうか。そんなことが起れば、この先の救世主信仰にも傷が付きかねない。事を公にしないまま救世主を処刑するなど、出来るはずもないし。彼女が元の世界に還す術を使えるのならば、我が国としては一番平和的に解決出来る方法だと考える事も出来る。」
「リオの言うとおり、命を奪う事だけが、最大の罰となるとは限らないのかもしれない。トシコ嬢は、このままこの世界に居れば、自分が何を為出(しで)かすか分からないから、人を危険にさらさないためにも元の国へ帰して欲しいと言っていたらしい。」

 クロヴィスは苦笑いの様な妙な笑い顔を作る。


∴∵


「トシコ様は目覚め次第、魔力封じを付けられ、監護室へ拘留されることになりました。」

 アルチュールは離宮の里桜の部屋まで来て説明をした。

「ハーピーを創造した罪ですが、目撃者はなく、証拠もない。古くから魔物の仕業は天災と同じように扱われてきました。今回のハーピーとトシコ様の一件も一部の者しか知らされていません。トシコ様がお目覚めになったことも、この混乱で騎士の二人にしか知られていません。トシコ様は、魔物退治に向われ、その被害に遭った。そしてこの地に英雄としてお眠り頂くことになりました。」
「わかりました。」
「帰還の術は神殿の準備ができ次第と言う事になります。」
「はい。」
「あの…リオ様。差し出がましくもお伺いしますが…。」
「はい。何でしょう?」

 里桜はニッコリと笑ってアルチュールを見る。

「陛下と、何かございましたか?」
「何かとは?陛下がどうかなさいましたか?」
「いえ。この様な決定事項の報告は、陛下自らリオ様にお話になることが常でございましたので(他の仕事を調整してでもリオ様にお会いする時間を優先させていましたから…)。」
「遊宴会の…アリーチェ妃ご懐妊の宴への出席をお断りしてしまったから、ご不快に思ってしまわれたかもしれません。」
「その事はどなたから?陛下がリオ様をお誘いになったのですか?」
「誘われたと言うより…侍女のアレットに急いでドレスを作りたいと言われたので。理由を尋ねたら、ご懐妊のお祝いの宴のためとの事で。知ってしまってはお祝いの言葉を言わないのは無礼だと思ったので、お祝いの言葉を。しかし宴は、後宮の遊宴会へ参加する様な身の程ではありませんのでお断りしたと、そのように陛下にもお話ししました。みな、お妃様のご懐妊を私の耳に入れない様になさっていたのですか?すぐに分かること…でしょう?」
「陛下は、きちんとご自身でリオ様にお話しするおつもりだったと思います。」
「そうですか。わかりました。」

 もう一度、里桜はアルチュールに向って笑いかけた。その表情を見て、それ以上は何も言わず部屋を出て行った。
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