転生聖職者の楽しい過ごし方
「本当は…陛下のことをお慕い申し上げています。」

 里桜は膝に置いた手をぎゅっと強く握った。吐き出した言葉に自分自身が動揺する。

「でも、妃もいて新しくお子様も生まれる陛下の事を好きになってはいけないと強く止める私もいるのです。」

 一つを言葉にしてしまうと自分の奥底へしまい込んでいた得体の知れない不快感の様なものが一気に膨れ上がって出てきてしまった。
 アリーチェ妃は既に王子をお産みになっていて、この国のお世継ぎは既にいる。それでも第二子を授かったと言うことは、仲が睦まじいと言うことなんだろう。この世界、王の子は多いに越したことはないのだろうが…
 私の全てを知りたいと言ったその口で、私に熱のこもった視線を送ったその瞳で…その夜には別の人に愛を囁いていた…

「…そう思うと、もう何も信じられない気持ちになってしまうのです。私が育った世界と異世界(ここ)とでは価値観があまりにも違って、私がその事を受け入れるには時間が必要です。…いえ、この先その事を受け入れられるのかさえ分からない。」
「そうか。ならば、少し私から陛下のお二人の側妃について話をしよう。」


∴∵


 まずは、第一側妃のベルナルダ妃。
 彼女の生まれは男爵家だった。類い希な美貌を持って生まれた彼女はある伯爵に見初められ、そこに嫁いだ。
 しかし、彼女が嫁いで間もなく夫である伯爵が亡くなってしまった。彼女は二十三歳という若さで未亡人となった。しかも、この家は伯爵とは名ばかりで家計は火の車だったそうだ。当然、生家の男爵家では金を工面することも出来ず、彼女は伝手を頼って王宮の侍女となった。
 その美貌に目を付けたのが、陛下の母である、アデライト王妃だった。彼女を陛下の夜伽に召し上げた。
 本来なら、王子が夜伽を正式な妃とする必要はないが、陛下の実直な性格がそれを許さなかったのだろう。しかも一度王族の夜伽となると、二度と王宮の外には出られなくなる。ただの侍女にも関わらずだ。それならいっその事、妃にした方が良い生活が出来ると考えたのだろう。陛下らしいお考えだ。

 次に第二側妃のアリーチェ妃。アリーチェ・パジーニは隣国ゲウェーニッチの筆頭公爵家の長女だった。
 ゲウェーニッチは昔エシタリシテソージャの従属国でそれに反旗を翻したのは現王のお父上だった。独立は叶ったが、従属国だった名残で国に魔力の強い者も少なく、常に大国エシタリシテソージャの脅威に晒されていた。
 ある日、各国を回る旅芸人がゲウェーニッチへ来たそうだ。その踊り子に心を奪われた当時の王子がその踊り子を娶り、生まれたのがアリーチェ妃だった。
 適齢を迎えて洗礼をすると、彼女は鮮やかな橙に近い黄色の魔力を授かった。そこで初めて、踊り子だった彼女の母がエシタリシテソージャに滅ぼされた小国の王女だった事が分かった。
 そして、それに目を付けたのが、エシタリシテソージャだった。アリーチェ妃を側妃として差し出す様に、ゲウェーニッチへ何度も促した。
 それを良しとしなかったゲウェーニッチは彼女を当時まだ王太子だった陛下の元へ嫁がせた。その時、ゲウェーニッチと我が国はある確約をした。王女が誕生すれば、必ずゲウェーニッチの王子と婚姻を結ばせるというものだ。だが、二人の間に生まれた第一子は王子だった。ゲウェーニッチの王太子は現在十歳。年の差を考えると、早く王女に恵まれたいのだろう。


∴∵


「これで、リオの憂いが取り除けるとは思っていないが、陛下は決して手当たり次第に妃を取っている訳ではないことは分かっただろう?王族とは、様々な思惑が交差する。私の父王も、陛下の父も愛するものと添い遂げると言うことが何よりも難しかった。しかし、陛下はリオを本当に大切にしている様に私からは見えるのだ。可愛い姪孫(てっそん)の幸せを生きているうちに見ることが出来たら、私も嬉しいのだが。」

 ロベールはそう言って笑った。

「しかし、私は何より、誰より、リオの味方だ。リオが陛下から愛されることを望まないのであれば、私はその意思を守るのみだ。それを忘れないでいてくれ。おっと、もう時間が大分過ぎた。アナスタシアやリナが心配するな。」

 里桜が席を立つと、ロベールは扉を開けた。

「陛下へは明日、一緒にご報告しに行くとしよう。」

 里桜は頷いて、部屋を出た。
< 136 / 193 >

この作品をシェア

pagetop