転生聖職者の楽しい過ごし方
 レオナールが部屋へ入ると、リオが窓辺の椅子に座って庭を見ていた。横顔では、里桜がどんな表情をしているのかは分からない。レオナールが近寄るが、気付く気配はない。

「リオ。」

 里桜は勢いよく振り向いた。

「真っ直ぐに顔を見たのは何日ぶりだろうな。」

 レオナールは座っている里桜に視線を合わせる様に、片膝立ちをした。何も言わず、穏やかな顔で里桜の左手を取り、自分の手で包み込む様にした。

「リオ・ヴァロア嬢。どうか、私の妻になることを考えてはくれないだろうか。」

 里桜が何か言おうとすると、それを遮る様に続ける。

「今…、今は返事をしなくても良い。」
「陛下…」

 里桜は流れた涙と同じようにぽつりぽつりと話し始める。

「陛下のお心はとても有り難いです。こんな身にまさか国王からプロポーズされるなど思ってもいない出来事です。だけど、陛下はこの世でたった一人の人と決めたことはありますか?今、私に想いを寄せて下さっていても時が過ぎればまた他の誰かを想うのではありませんか?私は誰かと陛下を分け合うなど出来ません。他の女性のところへ行く陛下を平気な顔して見送ることも、翌日何事もなかった様に陛下と顔を合わせることも私には出来ません。だからと言って、私だけにしてと強い嫉妬心を表に出すことも出来ません。それなのに…。」

 里桜は、ヒック、ヒックと息を短く吸いながら泣いている。


「なのに…陛下から頂いたグローブをお返しすることも出来ません。今までの陛下からのお心使いはもう、既に私の心の一部になって…そこに触れる度に暖かな気持ちになれるのです。それを返してしまうのは本当に胸を引き裂かれる様な気持ちがするのです。このまま進むことも退くことも出来ずに……ずっと、ずっと私の心の真ん中に陛下がいるんです。」

 レオナールは、自身の心を落ち着かせるように、右手で胸をさすりながらしゃくり上げて泣く里桜をじっと見つめていた。

「気が向いた時にだけ頂くお心ではなく陛下の真心を頂きたいと思ってしまうんです。でも、それを陛下のような立場の方に願うのは自分勝手だと私を責める私もいて…例え正妃だとしても、私が横恋慕しているのには変わりありません。だから、手を離してください。」
「ならば、リオが手を引いてくれ。俺からリオの手を離すことはない。」

 私が目覚めて、陛下の手を握りしめたいと思った時、そうしてはいけないと思ったのは、一度掴んだら私からは離せないと知っていたからだ。その事を知ってか知らずか…

「…酷いことを仰いますね。」

 自分の意思に反して、里桜はレオナールの手をぎゅっと掴んだ。

「リオは常にこの国を守りたいと言ってくれていた。この国の民を守りたいと言ってくれていた。それは、言葉だけではなく、治療所では傷ついた者を回復させ、自ら魔獣の討伐へ出て行動で示してくれた。一緒に同じ目線でこの国を守ってくれる。そんなリオこそ王妃に相応しいと思う。民を慈しみ、癒やし、守る。俺の望む王妃の姿だ。そんなリオを愛している。」
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