転生聖職者の楽しい過ごし方
 ロベールとの二人暮らしが始まって一つ習慣になったのは、月に一度里桜が手料理をふるまう事だった。
 事の始まりは、まだタウンハウスにいた頃、ベルトランに豚汁を差し入れるために作った事だった。それをロベールが食べ、とても気に入ったのでロベールの休みの日に豚汁とおかずを一品に白米を炊いて出した。それが、いつの間にやら習慣になった。

「リオ様、今日は何を作るのですか?」

 お手伝い役で一緒に厨房にいるリナが話しかける。ロベールは食事も質素なので、公爵家のカントリーハウスにしては五人ほどが入ればいっぱいになってしまう、小規模な厨房だ。

「今日はね、ステーキシャリアピンソース。」
「シャリアピン?」
「誰かの名前らしいけど…すりおろしたタマネギに叩いて柔らかくしたステーキ肉をしばらく漬けておくの。シャリアピンは、このタマネギを炒めて醤油で味付けをしたソースなんだけど…味付けは本格的なのじゃなくて、自己流なんだよね。お養父様(とうさま)の口に合うか心配なんだけど。ポークジンジャーも気に入っていたし。大丈夫かな?」
「ロベール様は、リオ様がお作りになるものでしたら何でも喜んでお召し上がりになりますよ。」
「それが一番困るとこなのよ。」


∴∵


 十一月の半ばになり、ロベールは一人で王都へ戻る時期になった。

「それでは、私は帰るが、リオはここでゆっくりとしていなさい。何か困りごとがあったら執事に伝えなさい。」
「はい。分かりました。ありがとうございます。」
「では、会うのは、来年になってしまうだろうね。」
「はい。お養父様、お体に気を付けてくださいね。道中もお気を付けて。」

 里桜はロベールの馬車が小さくなるまで見送った。
 領地での二ヶ月間は、慣れない田舎での生活に適応するのに苦心はしたが、外の噂などを耳にする余裕もなかったことで、里桜にとってはとても良い環境になっていた。


∴∵


 アリーチェは十月に王女を出産し、王都は賑わいだ。祝いの品を運ぶ馬車が忙しなく王宮や離宮を行き来するのが一層人々を浮き足立たせた。
 ロベールが王都へ到着すると、五日後に行われる王女の誕生五十日の祝賀行事の準備に追われていた。

「リオを領地へ行かせておいて良かった。好きだった神殿の仕事を取り上げるのは心苦しかったが…。」

 馬車の向かいに座っている執事のエドモンは何も言わずに少しだけ頷いた。

「屋敷へ着いたら、その後すぐに王宮へ向う。用意を頼む。それと、陛下への謁見の前触れも頼む。服はこのままでも良いだろう。神殿には明日から行くと伝えてあるから。」
「はい。畏まりました。旦那様。しかし、リオ様がお越し下さってから、屋敷がどこか華やいでおりますね。リオ様の朗らかな性格もおありでしょうが、こんなにも屋敷で笑い声のする事が今までございませんでしたので。リオ様のいらっしゃらないタウンハウスはどれほど寂しく感じることでしょうか。」
「悪かったな、陰気な主人で。」

 長い付き合いのエドモンに笑って返す。


∴∵


「では、リオは年明けまであちらに居るのですか?」
「はい、陛下。静かな環境の方が勉強が捗るようでして。それに、娘はずっと騒がしい街に住んでいたそうでございます。朝や夜に動物や虫の音がする事がとても楽しい様でございます。」

 ‘虫の音はこちらでも十分している’の言葉は飲み込んで、

「あちらの生活が、充実している様で良かった。手紙にもそのように書いてあったのですが、無理をしていないか心配だったのです。」
「屋敷の者とも打ち解けて、手製の食事などを振る舞っています。穏やかに過ごしておりますので、ご安心下さい。」
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