転生聖職者の楽しい過ごし方
「お世話を致します、デボラとマノンと申します。」
「お願いね。」
「では、湯を張って参ります。」

 王宮の里桜の部屋には、湯殿と寝室がある。こちらの寝室は一人で寝るためのものらしく、ここの貴族は昼寝が習慣としてあって、そのためのものらしい。二人用の寝室は続き部屋に別の物がある。
 湯殿のスツールに腰掛けると、マノンが優しく髪を梳いてくれた。

「王妃様の御髪は柔らかく、豊かでいらっしゃいますね。」
「ありがとう。マノン。ところで陛下は?」
「もう湯浴みは済みまして、お二人の寝室にいらっしゃいます。」
「そうだったの。私は随分遅くなってしまったのね。」
「陛下はいつも全て一人で済ませてしまいますので。早いのです。」

 里桜が笑うと、マノンも笑った。

「王妃様、お湯が用意できました。」
「ありがとう。デボラ。」

 里桜が湯船に向うと、いつもは使われない香りがした。

「良い香りだけど、これは何の香り?」
「伝統的に新婚初夜に焚かれるお香でございます。」
「…そう。」

 里桜は、侍女二人掛かりで体を洗われ、髪の毛を乾かし、やっと寝室へ入った。
 ベッドには、既に横になっているレオナールがいる。彼の方も待ちくたびれたのか、今日が忙しかったからなのか、もう寝てしまっている様だった。
 里桜はティーテーブルに置かれていた水差しの水を飲んで、レオナールを起こさない様にそっとベッドへ滑り込んだ。

「やっと来たか。」
「起こしてしまいましたか?」
「リオがいないのに、寝るわけないだろう。目を瞑っていただけだ。これで少しは疲れも取れる。」

 レオナールは上体を起こしベッドボードに寄りかかる。里桜も同じように隣に座った。

「この一年、どの様に過ごしていた?」
「お手紙に書いたままですよ。」

 レオナールは、里桜の腕を引くと、自分の太ももを指さす。

「えっ?そこに座るのですか?」

 レオナールは笑顔で頷く。

「嫌です。お作法に反します。」
「いいから。座れ。」

 里桜は諦めて、膨れながらレオナールに跨がる様にして座った。

「リオは軽いな。軽いが、重たい命だ。」

 レオナールは今はもう腰の辺りまで伸びた里桜の髪を手ぐしで優しく梳く。

「俺は、先に生まれた兄姉(きょうだい)たちが魔力が弱かった為に、生まれてからずっと俺が王になるのだと周りが決めていて、洗礼も終わらぬうちから帝王学を学ばされていた。周りから怪我はしない様に、病気はしないようにと育てられて、騎士であっても魔獣討伐の前線に行かせてもらうことが難しかった。誰もが皆、自分の命は俺の命より軽いと言う。俺の命より重い命はないのだと言う。」

 レオナールは、自分の額を里桜の肩に乗せた。

「でも、リオの命だけは誰が何と言おうと俺より重い。俺は初めて自分を犠牲にしてでも守りたいと思う者に出会った。これからは、俺が全身全霊でリオを守る。」

 レオナールは、里桜をぎゅっと抱き締めた。

「陛下。」

 里桜はレオナールの頭に頬を寄せ、優しく頭を撫でる。

「陛下はいつも両手一杯の沢山の物を守ろうとしていらっしゃいます。だけど、私は陛下の様に優しい人間ではありません。陛下がこの世からいなくなってしまえば、私はこの世などなくなってしまって良いと思うのです。陛下がいなくなったこの世界に私の必要なものなど、ないのです。陛下が守ろうとする私の命も陛下がいればこそなのです。だから、私はきっと…陛下のいなくなったこの世界などボーンと爆発させて、消滅させてしまいます。」
「随分と物騒な話だな。」

 体勢はそのままでレオナールは少し笑った。

「陛下がご自分を犠牲にしてでも守りたい、この国も、私も、この世界ごと全て消滅させます。陛下は私にそんな力はないとお思いですか?」
「いいや。リオならば出来るだろう。」
「はい。出来ます。多分、何の詠唱もせずに。今にでも。」
「やめろ。」

 里桜はクスクスと笑った。

「私は陛下を一人残して先に死んだりはいたしません。私がしっかりと陛下を看取ります。ただ、陛下が少しでもご自分を犠牲にしていたと感じたらボーンと…」

 そこでレオナールは、抱き締めている腕の力をさらに強くした。

「陛下、私と一緒に長生きして下さい。何かの時は必ず私を連れて下さい。陛下と私、二つの虹の力があれば、出来ないことなどありません。一緒にこの国を守りましょう。沢山の守る物がある。それは幸せなことでもあります。大切な物が多いと言う事ですから。陛下のその半分を私にも持たせて下さい。陛下の大切なものは私も大切に思えるのです。私の命でさえも。これからずっと共に生きていきましょう。おじいちゃん、おばあちゃんになっても二人で天馬に乗りましょう。楽しそうではありませんか?私は陛下となら、年を重ねるのも楽しく思えます。」
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