転生聖職者の楽しい過ごし方
 里桜の居室には、ロベールがずっと付いている。

「私の不甲斐なさ故に、この様なことになってしまい、お詫びのしようもございません。」

 心配そうに里桜を見守るロベールにアルフレードは謝罪する。

「いいや。お前のせいではないよ。それで、情報は?」
「こちらに来て、数ヶ月調査致しましたところ、アリーチェ妃の侍女が何やら。」
「アリーチェ妃か。しかし、私の印象では彼女はこの様な形で攻めてくるタイプではないだろう。」
「陛下がお見えになりました。」

 騎士の声かけに、ロベールとアルフレードは扉の方へ振り向く。

「お入り下さい。」

 ロベールの返事でレオナールとアナスタシアが部屋に入ってきた。

「まだ、目覚めません。」

 レオナールはピクリともしないで、ただ血の気もなく横たわっている里桜を悲痛な表情で見ている。

義父上(ちちうえ)、守ると約束していながら、この様な…」
「私への謝罪は必要ありません。ただ、この事を申し訳ないと思うのなら、この先、陛下の一生をかけリオに償って下さい。」

 レオナールは、頷いた。

赤花(あかばな)を処方したようです。」

 心配そうに里桜の事を見ているレオナールにロベールが話しかける。

「赤花も毒草ではないですか。」
「青葉花には解毒薬がないそうで、赤花の毒性を使い拮抗作用を利用した対処なのだそうです。」
「リオは大丈夫なのですか?」
「…生きる力次第だそうで。」
「よろしいでしょうか。」

 アルフレードが口を開く。

「何だ。」
「出されました、甘菓子を調べましたところ、イルフロッタントのみから二口ほど口にしただけで、致死量となる量の毒が検出されたようでございます。」

 レオナールは険しい顔でアルフレードの方を見る。

「つわりの影響もあってか、王妃様はイルフロッタントを飲み込まず、ほぼ吐き出されておりました。」
「ならば、青葉花の毒も飲み込んではいないのだろ?」
「ただ、毒は消化吸収されると思われがちですが、この毒は傷がなくとも皮膚や粘膜からも吸収されるそうでございます。」
「…そうか。」
「アルチュール様のお見えでございます。」
「分かった。今行く。」

 レオナールはそう返事をすると、アナスタシアの方を向いた。

「マノンとデボラを寄越すから、アニアは少し休め。その顔では、リオが目覚めたときに心配する。侍女の捜索に出ているリナにも休む様に伝令している。お前たちが元気ではないと、リオが悲しむ。」

 レオナールはアナスタシアに笑ってみせるが、アナスタシアにはその顔が泣いている様に見えた。


∴∵


 野菜を売る露店の前で、客の数人と店主が周りを気にしている。

「今日は、何だか騎士様が多いね。何かあったのかい?」
「危険な奴が逃げていれば御触れがでるはずだからねぇ。何だろうね。」
「さっき、騎士様に声かけられたのだけど、ブロンドで緑の瞳と赤毛で焦げ茶の瞳の二十歳くらいの女性を探しているんだって。王宮に仕えている侍女らしいんだけど、昨日から戻ってこないから迷子になったのか心配しているって。それで騎士様が探しているんだって。見つけたら近くの騎士様に伝える様に言われたよ。」
「侍女が戻らないくらいでこんな大捜索するのかい?」
「今まで違うところで働いていて、王宮に来たばかりなんだって。見かけたら知らせてやって。心配してるから。」
「あぁ。そりゃ、大変だね。早く見つかれば良いけど。」


∴∵


 王都のスラム街は、人々が集う中央広場からあまり離れていないところにある。その小路に二人は隠れていた。

「これからどうするの?」
「王妃様死んじゃったのかな。」
「だって、あれは子供を流す薬だって言ったじゃない。」
「私だってそう聞いてたの。一瓶口にしても大人は死なない。お腹の子だけが流れるって。」
「陛下に運ばれた王妃様見たでしょ?痙攣してた。あれは子供が流れるだけじゃないのよ。私たち、王妃様を殺した罪になるの?それって、処刑されるんじゃないの?」
「だって、あの人が言ったもの。子供が流れたら、陛下の王妃様への興味はなくなって、私たちが側妃になれるって。次は私たちを舞踏会でエスコートして下さるようになるって。」


∴∵


「テレーズ、あなたは本当によい子ね。」

 アリーチェは自分の腕の中ですやすやと眠る我が子を愛おしげに見つめる。

「母上。テレーズはとても可愛いですね。」
「そうね。」
「母上もお綺麗です。」
「あら、ありがとう。」
「お披露目会で父上に母上が綺麗だと言ったら、直接言ってあげなさいと言われてしまいました。」
「そうだったの。」
「父上も母上をお綺麗だと言っていました。」

 それを聞いて、侍女は

「アリーチェ様は後宮で誰にも劣ることなく、お美しゅうございました。それに引き換え王妃は、地味なドレスで嫌みっぽく。アリーチェ様のお美しさに叶わないものだから、ああやって自分をわざとみすぼらしく…」
「おやめなさい。王妃陛下の悪口など。王子の前です。」
「母上。王妃陛下は悪い人なのですか?乳母も王妃陛下を嫌いだと言うのです。騎士団の練習場へ遊びに行った時、王妃陛下に会いました。王妃陛下は私と沢山遊んでくれて。王妃陛下の侍女は剣の腕が凄いのです。ジルベール伯父上と練習をしているのです。今度その侍女が私の練習相手をしてくれると約束しました。王妃陛下は私を応援してくれると約束しました。王妃陛下は悪い人なのですか?」
「いいえ。王子。王妃陛下は悪い方などではないのよ。王子に優しくしてくれるのでしょう?」
「はい。陛下の国の遊びを教わりました。‘オニ’を一人決めて、その‘オニ’がみんなを追いかけるのです。‘オニ’に影を踏まれると‘オニ’を交代しなければいけません。陛下の騎士たちとみんなで遊びました。とても楽しかったです。また、遊びたいです。」
「そう。ならば、王子も王妃陛下には親切に、優しく接しなければなりません。そうすれば、陛下もまた王子と遊んで下さるでしょう。」
「アリーチェ様、大変です。」

 息を切らせて入ってきた侍女は、礼儀作法など全て忘れて部屋に入ってきた。
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