転生聖職者の楽しい過ごし方
第72話 永遠の別れ
――事件から四日目、侍女三人の処刑が行われた。――
自分を育て、異国に来てからもずっと支え続けてくれたマルタの処刑をアリーチェは見ていた。
国民に支持を得ている王妃を殺害しようとした悪魔の様な女たちの処刑に群衆は喜びの声を上げる。
人が亡くなったのに、喜びの声を上げるのに恐怖を感じないのか?
これから大人になっていく我が子と夫を残し、マルタはアリーチェと共に隣国へ渡ることを決意してくれた。文句も言わず、凍傷になってもおかしくないような冬の山道を一緒に降りてくれた。心細い時、黙って手を握って寝付くまで側にいてくれた。
本当に彼女は死んで喜ばれるような悪党だったのだろうか?
何がどう掛け違えられてこうなってしまったのか、アリーチェには分からなかった。
マルタはただ、自分を慕い尽くしてくれただけだった。アリーチェもただ、レオナールを慕っただけだった。
マルタの温かい手と、レオナールの温かい言葉だけで、この世の全ての幸せが手に入ったと思えていたあの頃に、どうすれば戻れるのだろう。
王妃の存在を疎ましいなどと思ったこともなかった。でも、どこかでそう思っていたのかも知れない。そんな思いを抱えていた事をマルタは感じ取ってしまったのかも知れない。一度だけ時を戻せるならば、どこまで戻れば良いのだろう。
「出発のお時間です。」
アリーチェはこれから僻地にある塔へ向う。一生そこを出られることはないだろう。十四歳で雪山を下り、レオナールの側妃として過ごしたのは十年足らず。
アリーチェは王宮を振り返ることもなく、辻馬車のような簡素な馬車に乗り込んだ。
∴∵
五日目の朝に里桜は目を覚ました。白湯を少しだけ口にして、落ち着いた里桜は自分がどのような状況で意識を失ったのかを思い出し、その場にいたアナスタシアたちの顔を見る。
「みな、一度外へ出ていてくれ。」
その一言で、部屋には里桜とレオナールだけになった。
∴∵
十一月。
「リオ様、今日は少し冷えますからお散歩は少しだけにいたしましょう。」
「大丈夫よ。アナスタシア。少し体力を付けないと。先生もそのように言っていたから。」
「最近はお食事も一人前を召し上がれる様になりまして、本当によろしゅうござました。」
「大げさね。」
里桜は屈託なく笑うが、アナスタシアは内心複雑だった。
レオナールは里桜の命が狙われ、毒が盛られたことを話していなかった。それに伴い、アリーチェが幽閉されていること、その侍女と実行役二人の侍女が処刑されたことももちろん知らない。
里桜は自らの流産の本当の理由を知らされていないので、自分のせいで子供が死んでしまったと思っていた。だから、食事も医師の言う通りによく食べ、散歩をして体力の回復に気をつけていた。
努めて明るく振る舞う里桜が一人になると自らを責めて泣いていることをアナスタシアは知っている。本当の事を言えば、里桜はきっと自分を責めることをやめてくれるだろう。しかし、また別の心の傷を作ることになってしまう。正直アナスタシアにはどちらが良いのか分からなかった。
「アナスタシア様。」
ララが近寄ってきた。
「何?」
「王妃陛下への贈り物の事でご確認頂きたいことが。」
「後にして。」
「アナスタシア、行ってあげて。ララも困っているでしょう?」
「いいえ。リオ様をお一人に出来ません。」
あの日から、アナスタシアとリナは必ずどちらかが里桜に侍っている様にしていた。今はリナが騎士団で訓練中のため、アナスタシアがずっと里桜に付き添っていた。
「このまま私は部屋に戻ると約束するから。ベルトランとオーブリーもいるのだし。ねっ大丈夫だから。」
リナとアナスタシアが以前よりずっと過保護になっていることを里桜自身も気が付いていた。
「しかし…」
「大丈夫。さっ、ベルトラン、オーブリー部屋へ帰りましょう。」
二人は、‘はい’と短い返事をした。
「アナスタシア、ララと行ってあげて。」
アナスタシアがララと歩き始めたのを見届けて里桜もベルトランたちと歩き始めた。
里桜が王宮の廊下を歩いていると、下働きの女性たちの話す声が聞こえてきた。里桜は思わずその場に足を止めた。
「王妃陛下がお倒れになった理由知らないの?あなた、もぐりねぇ?あれは、陛下を狙って毒が盛られたんじゃないわよ。王妃陛下が狙われたの。二口だけで致死量になる量だったって。確実に殺すことが、目的だったのよ。アリーチェ様は。もう巷でも知ら…」
「リオ陛下がお通りだ。」
ベルトランは、急いで里桜の前に出て下働きたちに注意する。女性たちはベルトランの声に凍り付く。里桜はその場に張り付いてしまった様になっている。
「陛下、大丈夫でございますか?」
「えぇ、大丈夫よ。」
しかし、踏み出した一歩に力が入らず、その場に座り込んでしまった。
「王妃陛下。」
自分を育て、異国に来てからもずっと支え続けてくれたマルタの処刑をアリーチェは見ていた。
国民に支持を得ている王妃を殺害しようとした悪魔の様な女たちの処刑に群衆は喜びの声を上げる。
人が亡くなったのに、喜びの声を上げるのに恐怖を感じないのか?
これから大人になっていく我が子と夫を残し、マルタはアリーチェと共に隣国へ渡ることを決意してくれた。文句も言わず、凍傷になってもおかしくないような冬の山道を一緒に降りてくれた。心細い時、黙って手を握って寝付くまで側にいてくれた。
本当に彼女は死んで喜ばれるような悪党だったのだろうか?
何がどう掛け違えられてこうなってしまったのか、アリーチェには分からなかった。
マルタはただ、自分を慕い尽くしてくれただけだった。アリーチェもただ、レオナールを慕っただけだった。
マルタの温かい手と、レオナールの温かい言葉だけで、この世の全ての幸せが手に入ったと思えていたあの頃に、どうすれば戻れるのだろう。
王妃の存在を疎ましいなどと思ったこともなかった。でも、どこかでそう思っていたのかも知れない。そんな思いを抱えていた事をマルタは感じ取ってしまったのかも知れない。一度だけ時を戻せるならば、どこまで戻れば良いのだろう。
「出発のお時間です。」
アリーチェはこれから僻地にある塔へ向う。一生そこを出られることはないだろう。十四歳で雪山を下り、レオナールの側妃として過ごしたのは十年足らず。
アリーチェは王宮を振り返ることもなく、辻馬車のような簡素な馬車に乗り込んだ。
∴∵
五日目の朝に里桜は目を覚ました。白湯を少しだけ口にして、落ち着いた里桜は自分がどのような状況で意識を失ったのかを思い出し、その場にいたアナスタシアたちの顔を見る。
「みな、一度外へ出ていてくれ。」
その一言で、部屋には里桜とレオナールだけになった。
∴∵
十一月。
「リオ様、今日は少し冷えますからお散歩は少しだけにいたしましょう。」
「大丈夫よ。アナスタシア。少し体力を付けないと。先生もそのように言っていたから。」
「最近はお食事も一人前を召し上がれる様になりまして、本当によろしゅうござました。」
「大げさね。」
里桜は屈託なく笑うが、アナスタシアは内心複雑だった。
レオナールは里桜の命が狙われ、毒が盛られたことを話していなかった。それに伴い、アリーチェが幽閉されていること、その侍女と実行役二人の侍女が処刑されたことももちろん知らない。
里桜は自らの流産の本当の理由を知らされていないので、自分のせいで子供が死んでしまったと思っていた。だから、食事も医師の言う通りによく食べ、散歩をして体力の回復に気をつけていた。
努めて明るく振る舞う里桜が一人になると自らを責めて泣いていることをアナスタシアは知っている。本当の事を言えば、里桜はきっと自分を責めることをやめてくれるだろう。しかし、また別の心の傷を作ることになってしまう。正直アナスタシアにはどちらが良いのか分からなかった。
「アナスタシア様。」
ララが近寄ってきた。
「何?」
「王妃陛下への贈り物の事でご確認頂きたいことが。」
「後にして。」
「アナスタシア、行ってあげて。ララも困っているでしょう?」
「いいえ。リオ様をお一人に出来ません。」
あの日から、アナスタシアとリナは必ずどちらかが里桜に侍っている様にしていた。今はリナが騎士団で訓練中のため、アナスタシアがずっと里桜に付き添っていた。
「このまま私は部屋に戻ると約束するから。ベルトランとオーブリーもいるのだし。ねっ大丈夫だから。」
リナとアナスタシアが以前よりずっと過保護になっていることを里桜自身も気が付いていた。
「しかし…」
「大丈夫。さっ、ベルトラン、オーブリー部屋へ帰りましょう。」
二人は、‘はい’と短い返事をした。
「アナスタシア、ララと行ってあげて。」
アナスタシアがララと歩き始めたのを見届けて里桜もベルトランたちと歩き始めた。
里桜が王宮の廊下を歩いていると、下働きの女性たちの話す声が聞こえてきた。里桜は思わずその場に足を止めた。
「王妃陛下がお倒れになった理由知らないの?あなた、もぐりねぇ?あれは、陛下を狙って毒が盛られたんじゃないわよ。王妃陛下が狙われたの。二口だけで致死量になる量だったって。確実に殺すことが、目的だったのよ。アリーチェ様は。もう巷でも知ら…」
「リオ陛下がお通りだ。」
ベルトランは、急いで里桜の前に出て下働きたちに注意する。女性たちはベルトランの声に凍り付く。里桜はその場に張り付いてしまった様になっている。
「陛下、大丈夫でございますか?」
「えぇ、大丈夫よ。」
しかし、踏み出した一歩に力が入らず、その場に座り込んでしまった。
「王妃陛下。」