転生聖職者の楽しい過ごし方

第73話 萌す

 騎士団第二団隊の練習場に模擬刀のぶつかり合う音が響く。これは、大分前からの日常的な光景だが、配置されてきたばかりの新人騎士には些か、恐怖心を与えているようだった。

「テオドール先輩、ずっと思っていたんですが…。やっぱり王族の護衛騎士となると、女性でもあんなに剣が達者ではないとダメなんですか?自分、あの半分の動きも出来そうにありません。」

 ‘うん?’と言いながら、新人騎士の見ている方を見ると、リナとジルベールの手合わせが目に入った。

「あぁ…。リナ嬢は特別。別格。規格外だ。女性騎士ももちろん剣術の訓練は積むし、そこら辺の男より腕の立つ騎士も多い。しかし、団長とあそこまでやり合えるのは、彼女だけ。彼女の場合は他の男性騎士では相手にならなくて、団長自ら手合わせをしているんだよ。因みに、彼女は騎士団には入っていないぞ。仕事は侍女だ。」
「えっ?」

 テオドールは驚いた顔の新人を軽く笑った。

「王妃陛下付きの侍女。国軍のシルヴァン・オリヴィエ参謀の実妹。今は伯爵家に養子に入って、リナ・ラスペードって名前になっている。」
「じゃぁ、あの伝説の卒業生の妹ですか?」
「あぁ。まだ、シルヴァンさんの伝説は語り継がれているか。」
「そりゃ…二百年振りの平民の入学生で、隣国の王太子に次ぐ、次席で卒業なんて。」
「因みに、リナ嬢も黄色の魔力持ちで、学院を卒業してる。」
「黄色の魔力を持っているのに、更に剣術まで?」
「王妃陛下の侍女は、他にアナスタシア嬢と言う公爵令嬢もいて、こちらは赤の魔力持ちだ。」
「赤の魔力がある公爵令嬢ならば、侍女などしなくても…」
「それが、本人は侍女が天職だとまで言っている。まぁ、あの二人を怒らせると生きながらの地獄を味わうことになるらしいから、怒らせないように注意しろよ。」

 テオドールは快活に笑ってその場を離れた。
 ジルベールとの訓練を終えたリナは、視線を感じて周りを見回した。一人の騎士と目が合った瞬間に怯えたように目を逸らされた。そこに、ご機嫌な笑い声が聞こえた。

「団長。」
「リナ、随分恐れられてるな。」
「私、あのお方のこと存じ上げませんが、何かしてしまったのでしょうか?」
「あれは、今度第二団隊に配属になった新人騎士だ。知らなくても仕方がない。」
「じゃあ、何故あんなに…」

 訝しげに新人騎士の方を見ていると、彼は急いで姿を消した。ジルベールは再び愉快そうに笑う。

「お前のあの気迫にやられたんだろう。国軍や第一団隊ならば、対魔獣の戦闘を念頭に日々訓練しているが、第二、第三団隊の騎士は、まずもって警護対象者の身の安全を確保、その次に犯人の拘束になる。リナのように戦闘に特化した戦い方は元からしないんだ。」
「あぁ。だから、こちらの騎士様たちは私が攻めると上手く受けるのに、あまり攻撃は達者ではないのですね。」

 そんな話しをしていると、ジルベールがその場でシャツを着替え始めた。リナはその背中に釘付けになる。ジルベールの背中にはいくつもの傷跡がある。それは、剣で切られた傷でもなければ、魔獣などにやられた傷でもない。

「ムチ…」
「あ?なんだ?護衛担当の騎士になるとバンバン戦うと思って配属されてくる新人は多い。それで、最初に教えられるのが、警護対象者が怪我しないように避難することだからな…嫌になっちまう若いのも多いんだよ。」
「…なるほど。」

 着替え終わって、振り返ったジルベールにリナは笑顔を向ける。

「今日もお付き合い頂いてありがとうございます。」
「いいや。王妃様からもくれぐれもと頼まれているからな。」
「それでは、失礼致します。」
「あぁ。おつかれさん。」

 走り去るリナの後ろ姿を見ながら、ジルベールは少し困ったような表情で頭を掻いた。
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