転生聖職者の楽しい過ごし方
 今年も女神祭りの日が来た。半年前に服毒して倒れたことで、今回の女神祭りは代役を立てるようにレオナールから散々言われたが、あれほど嫌だった女神としての祭事は、今の里桜にとっては立派な存在意義の様なものになっていて、これを放棄する気にはなれなかった。
 そして今回も、これもレオナールには大変渋られたが、前乗りして治療所を開設した。事前に街の治療所で診察を受けて、治癒が難しい怪我や痛みなどを持つ患者に紹介状を書き、それを持った患者を里桜が治療する段取りだったが、こちらもとても好評だった。
 里桜は久し振りに、儀式用の衣装に袖を通す。

「この役も今回で三回目ね。」

 ほんの十日前、こちらに来て丸三年になった。長いような、あっという間だったような、三年と言葉で言ってしまえば大した長さではないような気もするのに、今の私は一国の王妃になっている。四年前の私からは想像も出来ない。そう考えれば、長く年月が流れた気もする。半年前には命が狙われ、二度目の死を経験するところだったし。

「ジョルジュさんが馬車でお待ちになっています。」
「あれ?ジョルジュは奥様が臨月ではなかった?」
「えぇ。そのように聞いています。」
「私の付き添いではなく、マーガレットに付き添わないと…あとで叱らなくちゃ。」
「奥様も神官ですから、この付き添いがとても大切な事だとご理解頂けていると思いますよ。」
「でも、ジョルジュが第一に守らなくてはいけないのは、ジョルジュの家族だからね。」

 リナとアナスタシアは笑う。

「では、リオ様。参りましょうか。」
「はい、行きましょう。」


∴∵


 馬車が止まり、里桜が姿を見せると一気に歓声が沸き起こる。里桜はもうすっかり板に付いた王妃の微笑みで観衆に手を振る。
 次は馬に跨がり、なだらかな岩山をゆっくり登っていく。女性の神官が先導し、泉の中を進む。プリズマーティッシュの王妃として、心からこの国の繁栄と安寧を祈る。祝詞が終わると、いつもの様に虹は天高く伸びていった。
 人々の歓声は、洞窟の中の里桜にもハッキリと聞こえる。誰かが言い出した王妃歓迎のシュプレヒコールは空気と混ざり合い、風に乗ってどこまでも広がっていくようだった。


∴∵


 夜、食事と寝支度を済ませてリナとアナスタシアを下がらせると、久し振りの強烈な眠気に襲われた。

[やぁ。Iris。久し振り。]

やっぱり、あなただったのね。

[体調の方はどうだい?]

うん。もうすっかり元気。

[前回は、邪な心を抱く王の国を破滅させようとしてIrisに激高されたから、今回は]

私が眠っている間に何かしたの?

[季節外れの寒さにしただけだ。あの国の人間は寒さに弱い。]

そう言えば、収穫前の作物が冷害にあったって言ってた。例え私がどうなっても、人間同士のもめ事には干渉しないって約束したでしょう?

[Irisを亡き者にしようなどと、浅はかな人間どもが。]

あなたにしたって、私の肉体なんてどうでも良くて、私の何処かにある魂が重要なんでしょう?

[我が例えようもなく長い時を待っても、この世界にIrisの魂の宿る体を迎えるのは、我も人間もその魂を必要とするからだ。Irisはこの世界の光だ。それを迎えたあの国はIrisの加護で繁栄する。但しIrisが幸せであればだが。Irisが不幸になればあの国は破滅へと進む。]

幸、不幸って、私の主観じゃない。そんな不確かなものに国や世界が左右されるの?

[それが、神の力を人間が持つ事の重さだ。]

…。幸い、二十五年の人生で今のところ不幸を感じてはいないから、このまま穏やかに暮らせるように心がけてみるけど。

[不幸とは人それぞれだが、Irisはそれを感じる能力が少し欠落しているようだな。]

はぁ何?急にけなすの?

[半年前に子供が殺され、自分も殺されかけたんだぞ。]

…。悲しい出来事だったけど。辛かったけど、私は死ななかったし。あの子は産んであげられなかったけど、お医者様も体力さえ回復すれば、また子供は望めるって言っていたし。そんな中でも、私は幸運だったから今があると思うの。だからそれは、私の感じる不幸とは違う。

[そうか。ならばよい。]

うん。これからも、楽しく暮らせるように頑張ってみる。だから、手を出さずにちゃんと見守っていてよ。わかった?

[あぁ。そうしよう。Irisにあの国の安寧も混乱もかかっている。気丈に生きろ。]
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