転生聖職者の楽しい過ごし方
 十二月の中頃、里桜とレオナールは玉座の間にいた。椅子に座っているレオナールの正面に里桜は立っている。

「それでは、陛下。しばらくお暇を頂戴致します。」

 レオナールは椅子から立ち上がり、里桜の側までやってきて手を握った。

「アリーチェもここで出産したんだ。別にヴァロア家のタウンハウスに行かなくてもここで産めば良いじゃないか。」
「もう、養父(ちち)が私やこの子のために色々と設えて待っています。屋敷の者も楽しみに待っていますので。」

 古くから“血は不浄”と考える人が多いため、王宮で出産はせずに妃の実家で出産することが慣例になっている。
 しかし、実家が他国であったり、帰ることを望まない場合は、庭園に産所を建ててそこで出産することも多い。里桜は初孫の誕生を心待ちにしているロベールのためにも、タウンハウスに帰る事を希望した。

「最近では、俺が話しかけると動くようにもなって、それなのに離ればなれか?」
「馬車で十五分です。馬ならばあっという間ですよ。陛下はそんな時間も私とこの子の為にお使い下さらないのですか?」

 里桜が笑うと、レオナールは困ったような顔をした。

「そう言う訳ではないが…。」
「私がここにいては、年中行事でお忙しい陛下のお邪魔になってしまいますから。それでは、馬車を待たせていますので、御前失礼致します。」

 里桜はニッコリ笑って部屋を後にした。


∴∵


「お帰りなさいませ。王妃陛下。」

 ヴァロアの家令たちは明るい顔で里桜たちを迎えた。

「出迎えありがとう。お養父様(とうさま)はまだ神殿よね?」
「はい。感謝祭の準備がお忙しいそうで、お休みが取れないそうでございます。」
「神殿も色々と忙しいときに、私の里帰りの準備までさせて申し訳なかったわ。」
「旦那様は、大変楽しそうにご準備なさっておりました。」

 里桜は少し笑った。

「そう。楽しんで下さっていたなら良いけど。」
「陛下のお部屋は一階に移しました。お腹が大きいと階段も不便ではないかと思いまして。」
「ありがとう。では、案内を頼みます。」

 執事のエドモンは、ゆっくりとした歩調で右へ進む。

「こちらのお部屋です。」

 里桜は、部屋に置かれたソファーに腰掛けた。

「ロザリーを呼んできてもらえる?」
「はい。かしこまりました。」


∴∵


 ‘失礼致します’と入ってきたのは、ロザリーだった。

「ロザリーおめでとう。ロザリーのところも初孫ね。アネットの調子はどう?」

 去年、ロザリーの娘アネットは子爵家の次男と結婚していた。第一子をそろそろ出産する予定になっている。

「はい。元気にしております。」
「それで、乳母の件はどうかしら?」
「王家の乳母など、身に余るお話しで…。」
「陛下も乳母のことは私に任せると言って下さっているの。私の気の置けない人を選べば良いと仰って。」

 里桜はロザリーにすがるような視線を送る。

「アネットも大変喜んでおりました。」
「そう?ならば、受けてくれるかしら?」

 里桜の顔は花開いたように明るくなる。

「はい。謹んでお受け致しますと言っておりました。」
「あー良かった。ありがとうロザリー。アネットは今は男爵夫人になっているのよね?」
「はい。王都近くに小さな領地のある男爵でございます。」
「陛下の仰るには、子爵として領地を拝命することになるらしいの。これから、陛下へお手紙を出して、正式なお話しはそれからになるけれど。」
「大変光栄なお話しでございます。」
「はー。本当に良かった。乳母の事だけが最後までどうしても決まらなくて。アネットならば安心して任せられるから。」
「勿体ないお言葉です。」
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