転生聖職者の楽しい過ごし方
第13話 転生二十六日目
「リオ様、舞踏会の衣装が届きました。」
居間のテーブルに大きな箱とその上に小さめの箱がいくつか乗せられていた。
「もう出来たんですか?」
遡ること、一週間前
「本日も、トシコ様からお茶のお誘いが来ていますが。」
朝食を終えて、出仕前の一時お茶を飲んでいると、リナが申し訳なさそうに言ってきた。つい先日微妙な雰囲気のまま終わった茶会を覚えていないわけではないだろと思い里桜は返事に困る。
「翌日にアペール男爵令嬢フルール様とのお茶会もございますし、無理にお付き合いすることはございません。」
アナスタシアはさっぱりとした調子で言った。
「マナーの実践としてお茶会に参加させて頂くのは良いのですが、としこさん相手では、マナーの勉強にはならないんですよね。ただ、日本式にお茶飲んで話しているだけだから。最近はゆっくりと勉強する時間がありませんでしたし、何より、舞踏会で粗相しないか心配で、アナスタシアさんのマナー講座をみっちり受けたいので、しばらくは伺えませんと返事します。」
「それで、宜しいと思います。」
アナスタシアのその言葉で、リナがカードと封筒をすっと里桜の前に差し出す。
「トシコ様は、リオ様のドレスのことが気になるんだと思います。」
「私のドレス?」
「はい。舞踏会用のドレスです。先日のお茶会も舞踏会の事聞かれませんでしたか?」
「はい。聞かれました。バシュレ幕僚にエスコートをお願いするのかと。」
アナスタシアは小さく頷く。
「トシコ様の今の関心事はそれだけでございますから。本日、仕立屋が採寸に参ります。その時に大まかなデザインなども打ち合わせいたしますので、お茶会に参加されるのでしたら、その後がよろしいかと存じます。」
「あの・・・仕立屋さんが来るって事は、オーダーメイドって事ですよね?聖徒のお給金で払えますか?どれくらいのローンになるのでしょうか?」
アナスタシアもリナも動きを止めて、里桜の方を見る。
「ローンとは?」
「代金の分割後払いって言えば良いですかね。」
「あぁ。そんな制度もあるのですね。」
「今回のドレスは私の兄、シルヴァンから贈らせて頂きます。リオ様はお気になさらず、お好きなように仕立てて下さい。」
「いいえ、それは出来ません。ただでさえ、オリヴィエ家にはお世話になってしまっているのに。」
「リオ様、それは本当に気になさることはございません。社交界ではエスコート役の男性から女性にドレスを贈ることは一般的なことですから。」
「はい。兄からも、リオ様のお気に召すように仕立てるよう言われておりますので。」
「・・・はい。分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そして、仕立て上がったのが、目の前のドレスだった。アナスタシアは里桜に断りを入れてから、ドレスを広げる。紫みかかった薄ピンク地に共布のフリルが付いていて、銀糸の刺繍が華やかな仕立てだった。
「綺麗な桜色ですね。これは、リナさんかアナスタシアさんが決めて下さったのですか?」
「いいえ。兄が選びました。リオ様に気に入っていただけて、兄も喜びますわ。」
里桜は優しくドレスをなぞる。
「実は、私が育った国には桜と言う木があって、春になるとこんな色の花が枝いっぱいに咲くんです。天気が良い日が続くと開花して数日で散ってしまうこともあるんですけど、だからこそ、冬が終わって、春が来て咲く桜はとても人気があって、木の下でピクニックのような事をみんなするんですよ。私の名前にもなっているんです。だから、初めてのドレスが桜色でうれしいです。」
リナとアナスタシアは目を合わせて微笑み合う。
「実は、私もリナさんも、もう少し鮮やかなお色にした方がリオ様のお肌に合うと言ったのです。でも、オリヴィエ様は、この色が一番リオ様の印象に合っていると申しまして・・・さすが、オリヴィエ様は眼識がおありなのですね。」
アナスタシアは感心した様にリナに微笑みかけた。
「兄のは・・・偶然だと思います(だって、そんな眼識があれば、もう結婚していても良いでしょ?見た目が若いばかりに皆さんお気づきではないかも知れませんが、兄はもう三十なのですよ?)。」
リナは曖昧に笑って、言葉を続けた。
「でもリオ様、今更ですが本当にドレスのお色は私どもが勝手に決めてしまって良かったのですか?」
「そうですわね、折角のお披露目の舞踏会ですのに。あの時は、結局理由をお聞かせ頂けませんでしたが、リオ様のことですから、何か理由がおありなのでしょう?まだお聞かせ頂けませんか?今後のお洋服のご準備にも関わることですから。」
リナとアナスタシアにじっと見つめられ、里桜は口を開く。
「・・・。あの・・・染色の技術がどれくらいなのか分からなかったので、私が身につけたいと思った色が、難しい色だった時、手を煩わせてしまうのではないかと。それならば、アナスタシアさんやリナさんに選んで頂ければ、常識の範囲で似合う色を見繕って下さるのではないかと思ったもので。」
手間や技術が必要になると言うことは、価格が上がると言う事にもなる。無闇矢鱈に欲しいものを言うわけにはいかない。
「そんなことを気になさっていたのですか?」
「そのようなことは気になさらずともよろしかったのに。前にリオ様とお約束致しましたから、難しいことでしたら、そのように申し上げますよ。」
里桜は苦笑いをして、俯いた。
「そうでしたよね。リナさんにそうお約束していましたね。」
「そのドレスと合わせる、靴や宝飾品ですが・・・」
「宝飾品はどこかで貸し出しなんてしてもらえないのでしょうか?」
「そう、仰ると思いまして、僭越ながら我がカンバーランド家の物を数点お持ち致しました。」
「そんな・・・公爵様の・・・」
「お気になさらないで下さい。靴は、前に取った型からドレスの色に合わせた物をお作りしました。」
かと言って、他にドレスに合う様な宝飾品を手に入れる術を里桜は持っていない。
「・・・はい。お言葉に甘えます。ありがとうございます。あとは、ダンスの練習がんばります。」
「二日前までになさって下さいね。疲れて、当日上手く踊れなくなってしまっては意味がありませんから。」
居間のテーブルに大きな箱とその上に小さめの箱がいくつか乗せられていた。
「もう出来たんですか?」
遡ること、一週間前
「本日も、トシコ様からお茶のお誘いが来ていますが。」
朝食を終えて、出仕前の一時お茶を飲んでいると、リナが申し訳なさそうに言ってきた。つい先日微妙な雰囲気のまま終わった茶会を覚えていないわけではないだろと思い里桜は返事に困る。
「翌日にアペール男爵令嬢フルール様とのお茶会もございますし、無理にお付き合いすることはございません。」
アナスタシアはさっぱりとした調子で言った。
「マナーの実践としてお茶会に参加させて頂くのは良いのですが、としこさん相手では、マナーの勉強にはならないんですよね。ただ、日本式にお茶飲んで話しているだけだから。最近はゆっくりと勉強する時間がありませんでしたし、何より、舞踏会で粗相しないか心配で、アナスタシアさんのマナー講座をみっちり受けたいので、しばらくは伺えませんと返事します。」
「それで、宜しいと思います。」
アナスタシアのその言葉で、リナがカードと封筒をすっと里桜の前に差し出す。
「トシコ様は、リオ様のドレスのことが気になるんだと思います。」
「私のドレス?」
「はい。舞踏会用のドレスです。先日のお茶会も舞踏会の事聞かれませんでしたか?」
「はい。聞かれました。バシュレ幕僚にエスコートをお願いするのかと。」
アナスタシアは小さく頷く。
「トシコ様の今の関心事はそれだけでございますから。本日、仕立屋が採寸に参ります。その時に大まかなデザインなども打ち合わせいたしますので、お茶会に参加されるのでしたら、その後がよろしいかと存じます。」
「あの・・・仕立屋さんが来るって事は、オーダーメイドって事ですよね?聖徒のお給金で払えますか?どれくらいのローンになるのでしょうか?」
アナスタシアもリナも動きを止めて、里桜の方を見る。
「ローンとは?」
「代金の分割後払いって言えば良いですかね。」
「あぁ。そんな制度もあるのですね。」
「今回のドレスは私の兄、シルヴァンから贈らせて頂きます。リオ様はお気になさらず、お好きなように仕立てて下さい。」
「いいえ、それは出来ません。ただでさえ、オリヴィエ家にはお世話になってしまっているのに。」
「リオ様、それは本当に気になさることはございません。社交界ではエスコート役の男性から女性にドレスを贈ることは一般的なことですから。」
「はい。兄からも、リオ様のお気に召すように仕立てるよう言われておりますので。」
「・・・はい。分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そして、仕立て上がったのが、目の前のドレスだった。アナスタシアは里桜に断りを入れてから、ドレスを広げる。紫みかかった薄ピンク地に共布のフリルが付いていて、銀糸の刺繍が華やかな仕立てだった。
「綺麗な桜色ですね。これは、リナさんかアナスタシアさんが決めて下さったのですか?」
「いいえ。兄が選びました。リオ様に気に入っていただけて、兄も喜びますわ。」
里桜は優しくドレスをなぞる。
「実は、私が育った国には桜と言う木があって、春になるとこんな色の花が枝いっぱいに咲くんです。天気が良い日が続くと開花して数日で散ってしまうこともあるんですけど、だからこそ、冬が終わって、春が来て咲く桜はとても人気があって、木の下でピクニックのような事をみんなするんですよ。私の名前にもなっているんです。だから、初めてのドレスが桜色でうれしいです。」
リナとアナスタシアは目を合わせて微笑み合う。
「実は、私もリナさんも、もう少し鮮やかなお色にした方がリオ様のお肌に合うと言ったのです。でも、オリヴィエ様は、この色が一番リオ様の印象に合っていると申しまして・・・さすが、オリヴィエ様は眼識がおありなのですね。」
アナスタシアは感心した様にリナに微笑みかけた。
「兄のは・・・偶然だと思います(だって、そんな眼識があれば、もう結婚していても良いでしょ?見た目が若いばかりに皆さんお気づきではないかも知れませんが、兄はもう三十なのですよ?)。」
リナは曖昧に笑って、言葉を続けた。
「でもリオ様、今更ですが本当にドレスのお色は私どもが勝手に決めてしまって良かったのですか?」
「そうですわね、折角のお披露目の舞踏会ですのに。あの時は、結局理由をお聞かせ頂けませんでしたが、リオ様のことですから、何か理由がおありなのでしょう?まだお聞かせ頂けませんか?今後のお洋服のご準備にも関わることですから。」
リナとアナスタシアにじっと見つめられ、里桜は口を開く。
「・・・。あの・・・染色の技術がどれくらいなのか分からなかったので、私が身につけたいと思った色が、難しい色だった時、手を煩わせてしまうのではないかと。それならば、アナスタシアさんやリナさんに選んで頂ければ、常識の範囲で似合う色を見繕って下さるのではないかと思ったもので。」
手間や技術が必要になると言うことは、価格が上がると言う事にもなる。無闇矢鱈に欲しいものを言うわけにはいかない。
「そんなことを気になさっていたのですか?」
「そのようなことは気になさらずともよろしかったのに。前にリオ様とお約束致しましたから、難しいことでしたら、そのように申し上げますよ。」
里桜は苦笑いをして、俯いた。
「そうでしたよね。リナさんにそうお約束していましたね。」
「そのドレスと合わせる、靴や宝飾品ですが・・・」
「宝飾品はどこかで貸し出しなんてしてもらえないのでしょうか?」
「そう、仰ると思いまして、僭越ながら我がカンバーランド家の物を数点お持ち致しました。」
「そんな・・・公爵様の・・・」
「お気になさらないで下さい。靴は、前に取った型からドレスの色に合わせた物をお作りしました。」
かと言って、他にドレスに合う様な宝飾品を手に入れる術を里桜は持っていない。
「・・・はい。お言葉に甘えます。ありがとうございます。あとは、ダンスの練習がんばります。」
「二日前までになさって下さいね。疲れて、当日上手く踊れなくなってしまっては意味がありませんから。」