転生聖職者の楽しい過ごし方
「そう言えば、オリヴィエ様。」
里桜は気になっていた事を思い出し、シルヴァンに話してみることにした。
「最近気になっていることがあるのですが。」
「なんだ?」
「としこさんの周りの方が少しおかしいんです。」
「おかしい?」
「えぇ。」
そこで、一曲目が終わってしまい、里桜はシルヴァンにカーテシーをして二人で壁際へ移動しようとしたところで、声をかけられる。
「渡り人殿、一曲踊って下さいませんか?」
その声に里桜が振り向くと、レオナールだった。
「陛下のお誘いは断れませんよ。」
シルヴァンが小さな声で里桜に呟く。シルヴァンの方を見ると、愉快そうな顔で笑っている。里桜が利子を探していると、レオナールの肩越しに利子とアランが踊っている姿が目に入った。ふぅと小さくため息を吐いた。
「謹んでお受け致します。」
レオナールの手を取って、カーテシーをする。そのままレオナールのリードに身を任せていると、気が付いた頃にはホールの中心で踊っていた。
「どうして、ずっと顔を伏せたままなのです?それではせっかくのドレス姿も綺麗に見えませんよ。」
「はい。お気遣い痛み入ります。」
「シルヴァンとはもう少し楽しそうに踊っていたのにな。」
「オリヴィエ様は練習で何度かご一緒下さいましたので。」
「おや。それならば、私だって貴女の練習にお付き合いしたではありませんか。それなのに、シルヴァンとはアイコンタクトで会話をなさって、私とは目も合わせて頂けないのですか?」
俯き加減の里桜の頭上からレオナールの声がする。
「教育係のカンバーランド公爵令嬢アナスタシア様から、王族の方々の目をむやみに見てはいけないと教えられておりますので。ご容赦下さい。」
「むやみにではありませんよ。王である私が、目を見て会話して欲しいと言っているのですから。王である私の言い付けを守らないという事は、不敬だという事にならないですか?」
里桜はぱっと顔を上げ、レオナールの目をじっと見つめた。黒い髪に深いブラウンの瞳は日本でも多く見られていた特徴で、例えば宰相のクロヴィスの様に黄金色の瞳にダークブロンドの髪の毛などの方が日本人の里桜としては見慣れない特徴なのだが、何故かクロヴィスの顔よりレオナールの顔を見る方が格段に落ち着かない気分になった。
「言い負かされて悔しいと顔に書いてあるな。」
「いいえ。この世界の王様は平民に酷なことを仰るものだと思っただけです。そして、一度その王様のお姿を拝見させて頂くのも悪くないと思ったものですから。」
「どうして、貴女は私が相手だとそんなにも硬くなるのだろうな。ジルベールやクロヴィス、アルやシルヴァンから聞いていた貴女はもっと楽しいことを言っていたようですけれど。」
「ヴァンドーム様やトゥーレーヌ様、国軍の方々は折に触れ様子を見にいらしてくれているのです。不便はないか、不満はないか仔細に聞いて下さるので、打ち解けやすかったのだと思います。陛下にお目にかかるのは、今日が初めてでございますので、態度が硬いと言われましても私にはどうすることも出来ないのでございます。」
里桜は緊張がばれない様平静を装った。
「こうして踊るのは二回目でしょう。王というものは、忙しくてね。時間が許さないんだ。二回も会えばもう少し打ち解けてくれても良いと思うけど。」
「えぇ。国王陛下でしたら、それは致し方ないことだと存じます。私などが国王陛下が会いに来ないなどと、どうして不服が言えるのでしょう。しかし、今日が二度目とは・・・一度練習中に見学にいらした方と踊ったことはございましたが・・・あれはヴァンドーム様の部下の方だと思っておりましたもので。確か、あの時踊った方ご自身もそのような立ち居振る舞いだったと記憶しておりますが…あれは、陛下でございましたの?」
少し首を傾げてレオナールに問う。
「ふっはははは。そうだな。そうだ。あの時は身分を明かさず、失礼した。いや、貴女があまりにも真剣な面持ちで練習をしていたもので、つい。」
「この世界の王様は、‘つい’で何の力もない平民に悪戯をなさるのですか?誰かに見咎められるのは私の方なのに。」
里桜は怒ったように見せた。
「そうだな。済まなかった。」
「ぷっ。ふふふふ。冗談でございます。私の方こそ、度重なる不敬な態度、お詫び申し上げます。」
「やっと笑ったな。」
「えぇ。もう曲も終わりますので。私はやっと本日の任務から解放されるのでございます。」
里桜は華麗なカーテシーをして、シルヴァンが待つ場所へ戻った。
「あぁして見ると、何処ぞのご令嬢の様だな。努力したのだな。」
∴∵
「それでは、リオ様にはトシコ様の周りの方にもやがかかっている様に見えるのでございますの?」
レオナールと踊って戻ると、シルヴァンといつの間にか合流していたアナスタシアが迎えてくれた。そして、シルヴァンと踊っていた時に話していたことの続きを話す。
「はい。頭のこの上の辺りに。」
里桜はシルヴァンの額辺りを指した。
「実を言うと、そう言う人がいることがわかるようになったのは少し前からなんです。」
シルヴァンとアナスタシアは黙って聞く。
「最初は、国軍の方で。私のダンスレッスンの時、足を踏んでしまったりすると、踏んだ箇所に黒いもやがかかった様になって。あと、ヴァンドーム団長の胸の辺りとかがもやがかかっていたり。団長に話を聞くと、それが、二日酔いの日なんだと分かりました。それで、人の体調不良が私には可視化出来ているんだと。」
「あぁ。確かにリオ様には隠せないと仰っていましたわ。」
アナスタシアは全部が合点がいったという風に頷いた。
「私の育った国に、小さい子供が転んで痛がったりしていると大人が“痛いの痛いの飛んでいけ”って言ったりするんです。魔法がない世界ですから、ただのおまじないなんです。でも、試しに踏んでしまった足に向って心でそう唱えてみたんです。そうしたら、黒いもやはなくなって。それをヴァンドーム団長にもやってみたんです。そうしたら、キレイになくなることはなかったのですけど、もやは薄くなりました。」
「リナさんが出して下さるハーブティーのおかげだと・・・」
「私が少し薄くしたところに、リナさんのハーブティーで完全復活しているんです。リナさんのハーブティーは本当に効果てきめんなんですよ。」
アナスタシアはさすがの高位貴族の令嬢らしく、扇子で口元を隠し、
「それより、リオ様、癒やしの術は魔力をとても使います。そんな危険なことを・・・」
「申し訳ありません。でも、言い訳になってしまうんですが、シド尊者様やアナスタシアさんとの練習で魔力の強弱は付けられているので、自分への負担がない様にしているんですよ。あまりにもやが濃かったりする場合は、他の聖徒様にきちんと見てもらう様に勧めたりしているので。」
「それで、トシコ嬢の周りがおかしいとはどう言う事?」
シルヴァンは先ほどから気になっていたことを聞いた。
「最近、黒のもやではなくて、白いもやが見えている方がたまにいらっしゃるんです。黒だったら如何にも悪い感じがしますし、国軍の方や団長との前例もあるので、祓ってしまって良いと思ったんですけど。白だと良い物かも知れないと思って放っておいたのですが・・・そう言う方たちの共通点が・・・」
「舞踏会に出てみたら、トシコ嬢の周りの人間だけに白いもやがかかっていると?」
「はい。」
三人で話し込んでいるところに、女性の悲鳴が聞こえた。
「誰か、医務官を呼べ。それと尊者もだ。」
声はレオナールのものだ。里桜とアナスタシアは視線を合わせてうなずき合った。シルヴァンが道を空けてくれ、すぐにレオナールの元にたどり着いた。そこには倒れた利子がいた。
里桜は扇子で口元を隠して小さな声でアナスタシアとシルヴァンに話しかける。
「としこさんから感じる魔力の量がいつもよりとても少ないです。」
「魔力の量がわかるのか?」
「大まかにです。魔力の強さと量を何となく感じるんです。上手くは言えませんけれど。見えるわけではないので。」
「陛下、控えの間へ救世主様をお運びしましょう。」
アナスタシアがレオナールに言うと、レオナールは頷き、近くにいた騎士に利子を運ばせた。
「バシュレ幕僚閣下。お待ちください。」
里桜が突然、アランに話しかける。そして、目をじっと見つめた。
「なんだ?どうした?」
シルヴァンが問いかける。
「バシュレ幕僚閣下にも白いもやが見えたので、試しに祓ってみたんです。」
「アル、何か体調がおかしいとか、変わったことはないか?」
「あぁ。さっきから少し暑さにあてられたみたいでぼぅっとしていたんだが、今はすっきりしている。」
アナスタシアとシルヴァンが目を見合わせる。
「私たちも控えの間へ行こう。アルも。」
会場はレオナールの指示で騒ぎが収まりつつあった。
里桜は気になっていた事を思い出し、シルヴァンに話してみることにした。
「最近気になっていることがあるのですが。」
「なんだ?」
「としこさんの周りの方が少しおかしいんです。」
「おかしい?」
「えぇ。」
そこで、一曲目が終わってしまい、里桜はシルヴァンにカーテシーをして二人で壁際へ移動しようとしたところで、声をかけられる。
「渡り人殿、一曲踊って下さいませんか?」
その声に里桜が振り向くと、レオナールだった。
「陛下のお誘いは断れませんよ。」
シルヴァンが小さな声で里桜に呟く。シルヴァンの方を見ると、愉快そうな顔で笑っている。里桜が利子を探していると、レオナールの肩越しに利子とアランが踊っている姿が目に入った。ふぅと小さくため息を吐いた。
「謹んでお受け致します。」
レオナールの手を取って、カーテシーをする。そのままレオナールのリードに身を任せていると、気が付いた頃にはホールの中心で踊っていた。
「どうして、ずっと顔を伏せたままなのです?それではせっかくのドレス姿も綺麗に見えませんよ。」
「はい。お気遣い痛み入ります。」
「シルヴァンとはもう少し楽しそうに踊っていたのにな。」
「オリヴィエ様は練習で何度かご一緒下さいましたので。」
「おや。それならば、私だって貴女の練習にお付き合いしたではありませんか。それなのに、シルヴァンとはアイコンタクトで会話をなさって、私とは目も合わせて頂けないのですか?」
俯き加減の里桜の頭上からレオナールの声がする。
「教育係のカンバーランド公爵令嬢アナスタシア様から、王族の方々の目をむやみに見てはいけないと教えられておりますので。ご容赦下さい。」
「むやみにではありませんよ。王である私が、目を見て会話して欲しいと言っているのですから。王である私の言い付けを守らないという事は、不敬だという事にならないですか?」
里桜はぱっと顔を上げ、レオナールの目をじっと見つめた。黒い髪に深いブラウンの瞳は日本でも多く見られていた特徴で、例えば宰相のクロヴィスの様に黄金色の瞳にダークブロンドの髪の毛などの方が日本人の里桜としては見慣れない特徴なのだが、何故かクロヴィスの顔よりレオナールの顔を見る方が格段に落ち着かない気分になった。
「言い負かされて悔しいと顔に書いてあるな。」
「いいえ。この世界の王様は平民に酷なことを仰るものだと思っただけです。そして、一度その王様のお姿を拝見させて頂くのも悪くないと思ったものですから。」
「どうして、貴女は私が相手だとそんなにも硬くなるのだろうな。ジルベールやクロヴィス、アルやシルヴァンから聞いていた貴女はもっと楽しいことを言っていたようですけれど。」
「ヴァンドーム様やトゥーレーヌ様、国軍の方々は折に触れ様子を見にいらしてくれているのです。不便はないか、不満はないか仔細に聞いて下さるので、打ち解けやすかったのだと思います。陛下にお目にかかるのは、今日が初めてでございますので、態度が硬いと言われましても私にはどうすることも出来ないのでございます。」
里桜は緊張がばれない様平静を装った。
「こうして踊るのは二回目でしょう。王というものは、忙しくてね。時間が許さないんだ。二回も会えばもう少し打ち解けてくれても良いと思うけど。」
「えぇ。国王陛下でしたら、それは致し方ないことだと存じます。私などが国王陛下が会いに来ないなどと、どうして不服が言えるのでしょう。しかし、今日が二度目とは・・・一度練習中に見学にいらした方と踊ったことはございましたが・・・あれはヴァンドーム様の部下の方だと思っておりましたもので。確か、あの時踊った方ご自身もそのような立ち居振る舞いだったと記憶しておりますが…あれは、陛下でございましたの?」
少し首を傾げてレオナールに問う。
「ふっはははは。そうだな。そうだ。あの時は身分を明かさず、失礼した。いや、貴女があまりにも真剣な面持ちで練習をしていたもので、つい。」
「この世界の王様は、‘つい’で何の力もない平民に悪戯をなさるのですか?誰かに見咎められるのは私の方なのに。」
里桜は怒ったように見せた。
「そうだな。済まなかった。」
「ぷっ。ふふふふ。冗談でございます。私の方こそ、度重なる不敬な態度、お詫び申し上げます。」
「やっと笑ったな。」
「えぇ。もう曲も終わりますので。私はやっと本日の任務から解放されるのでございます。」
里桜は華麗なカーテシーをして、シルヴァンが待つ場所へ戻った。
「あぁして見ると、何処ぞのご令嬢の様だな。努力したのだな。」
∴∵
「それでは、リオ様にはトシコ様の周りの方にもやがかかっている様に見えるのでございますの?」
レオナールと踊って戻ると、シルヴァンといつの間にか合流していたアナスタシアが迎えてくれた。そして、シルヴァンと踊っていた時に話していたことの続きを話す。
「はい。頭のこの上の辺りに。」
里桜はシルヴァンの額辺りを指した。
「実を言うと、そう言う人がいることがわかるようになったのは少し前からなんです。」
シルヴァンとアナスタシアは黙って聞く。
「最初は、国軍の方で。私のダンスレッスンの時、足を踏んでしまったりすると、踏んだ箇所に黒いもやがかかった様になって。あと、ヴァンドーム団長の胸の辺りとかがもやがかかっていたり。団長に話を聞くと、それが、二日酔いの日なんだと分かりました。それで、人の体調不良が私には可視化出来ているんだと。」
「あぁ。確かにリオ様には隠せないと仰っていましたわ。」
アナスタシアは全部が合点がいったという風に頷いた。
「私の育った国に、小さい子供が転んで痛がったりしていると大人が“痛いの痛いの飛んでいけ”って言ったりするんです。魔法がない世界ですから、ただのおまじないなんです。でも、試しに踏んでしまった足に向って心でそう唱えてみたんです。そうしたら、黒いもやはなくなって。それをヴァンドーム団長にもやってみたんです。そうしたら、キレイになくなることはなかったのですけど、もやは薄くなりました。」
「リナさんが出して下さるハーブティーのおかげだと・・・」
「私が少し薄くしたところに、リナさんのハーブティーで完全復活しているんです。リナさんのハーブティーは本当に効果てきめんなんですよ。」
アナスタシアはさすがの高位貴族の令嬢らしく、扇子で口元を隠し、
「それより、リオ様、癒やしの術は魔力をとても使います。そんな危険なことを・・・」
「申し訳ありません。でも、言い訳になってしまうんですが、シド尊者様やアナスタシアさんとの練習で魔力の強弱は付けられているので、自分への負担がない様にしているんですよ。あまりにもやが濃かったりする場合は、他の聖徒様にきちんと見てもらう様に勧めたりしているので。」
「それで、トシコ嬢の周りがおかしいとはどう言う事?」
シルヴァンは先ほどから気になっていたことを聞いた。
「最近、黒のもやではなくて、白いもやが見えている方がたまにいらっしゃるんです。黒だったら如何にも悪い感じがしますし、国軍の方や団長との前例もあるので、祓ってしまって良いと思ったんですけど。白だと良い物かも知れないと思って放っておいたのですが・・・そう言う方たちの共通点が・・・」
「舞踏会に出てみたら、トシコ嬢の周りの人間だけに白いもやがかかっていると?」
「はい。」
三人で話し込んでいるところに、女性の悲鳴が聞こえた。
「誰か、医務官を呼べ。それと尊者もだ。」
声はレオナールのものだ。里桜とアナスタシアは視線を合わせてうなずき合った。シルヴァンが道を空けてくれ、すぐにレオナールの元にたどり着いた。そこには倒れた利子がいた。
里桜は扇子で口元を隠して小さな声でアナスタシアとシルヴァンに話しかける。
「としこさんから感じる魔力の量がいつもよりとても少ないです。」
「魔力の量がわかるのか?」
「大まかにです。魔力の強さと量を何となく感じるんです。上手くは言えませんけれど。見えるわけではないので。」
「陛下、控えの間へ救世主様をお運びしましょう。」
アナスタシアがレオナールに言うと、レオナールは頷き、近くにいた騎士に利子を運ばせた。
「バシュレ幕僚閣下。お待ちください。」
里桜が突然、アランに話しかける。そして、目をじっと見つめた。
「なんだ?どうした?」
シルヴァンが問いかける。
「バシュレ幕僚閣下にも白いもやが見えたので、試しに祓ってみたんです。」
「アル、何か体調がおかしいとか、変わったことはないか?」
「あぁ。さっきから少し暑さにあてられたみたいでぼぅっとしていたんだが、今はすっきりしている。」
アナスタシアとシルヴァンが目を見合わせる。
「私たちも控えの間へ行こう。アルも。」
会場はレオナールの指示で騒ぎが収まりつつあった。