転生聖職者の楽しい過ごし方

第17話 約束

「それで、リオはどの程度魔術を操れるようになった?」
「どの程度…」

 里桜は暫く考えてから、レオナールの両手を取った。里桜が指をパチンとならすと、手を受け皿に両手いっぱいの四角い氷が現れた。
 イメージすることが重要な魔術は、見たことのあるもの、触れたことのあるものを出すことは比較的簡単であるが、温暖で冬も零度になることがないこの国で氷はとても貴重で珍しく、イメージが難しいために出せる者は少ない。

「この前は、雪を降らせて下さいましたの。リナさんと二人で感動いたしました。」

 アナスタシアはにっこりとして話す。

「それは、一度見てみたいものだ。」

 里桜はそう言ったジルベールに笑顔を返した。パチン。次の瞬間、凍てつくような強風との猛吹雪が部屋を襲う。寒がる男性陣を他所に、女性たちは里桜の張った魔壁の中で吹雪を観賞していた。
 里桜が笑うと、吹雪も魔壁も同時に消失した。

「陛下、私の魔術は、まだこの程度でございます。」

 里桜はレオナールに向けて恭しく頭を下げた。

「リオ、この氷も消してくれないだろか。」
「あらっ貴重なものなのにもったいない。」

 そう言うと、パチン。瞬間的に氷は姿を消した。

「それにしても、魔力の低い俺には信じられないくらいの力だな。無詠唱で同時にいくつもの魔術を遣う事になるだろう?」
「私は、幸か不幸か詠唱をして魔術を発動させるって言う概念が全くなかったので、何も唱えず、させたい現象をただひたすら思い浮かべるだけでどうにかなったんですよ。指を鳴らすことにしたのは、メリハリを付けるためです。ならさなくても発動はさせられます。」

 そこに、ノックをしてシドが部屋へ入ってきた。レオナールの勧めた椅子に座りながら、

「トシコ様は未だ目覚めません。……おやっ何だか部屋の空気が涼しくてよいですな。この前の暑い日にリオ様がかけてくださった、クーラーの魔術でございますか?」
「いいえ。今日は違います。皆様に雪をご覧頂きましたの。」
「おぉ。あの雪は本当に幻想的でございました。」
「もう少し練習をして、今度は一面の銀世界や樹氷というものをご覧頂けるようにしたいです。」
「リオ様、無理はくれぐれもなさらぬように。」
「はい。わかりました。ありがとうございます。尊者様。」

 ニコニコと微笑み合う二人とは対照的に、極寒の地に放り出された男性陣は笑顔がひきつる。

「ところで、昨晩陛下が仰っていた、トシコ様が魅了の魔術を使ったようだとは本当の事でしょうか?」
「その事なのですが、改めて本日リオに彼女のお見舞いがてら見に行ってもらいましたところ、彼女の侍女、護衛の者皆に例の白いもやが現れていたそうです。」
「リオ様はそれを全て解除したのでございますか?」
「いいえ。」
「リオには、そのままにするように私が指示しました。リオの魔力を使い過ぎるのも危ないのではと思ったもので。」
「そうですな、今はそれがよろしいでしょう。」
「ところで、リオ嬢。先ほどのように、単発的な魔術は、強弱や複合など、だいぶ高度なものを操れるようになったみたいだけれど、魔法陣の様な長期間かける魔術の精度はどのくらいなのかな?」

 クロヴィスが聞く。

「思い浮かべるだけのものとは違って、確実に描き込まなくてはいけないので、まだ複合型のものは出来ませんが、水を湧かせる位のことは出来ます。」
「トシコ嬢のアレも魔法陣の様な長期間かける魔術なんだろう?」

 ジルベールがレオナールに問いかける。それに対し里桜が答える。

「いいえ、それは違うと思います。この国にかかる結界や、自分で付けた魔法陣からは特有の魔力を感じるのですが、白いもやからはソレを感じないので。」
「ならば短期的な魔術を使っているのか。」

 レオナールが里桜の方をじっと見つめて呟いた。

「そういうことならば、魔術をかけても暫くすれば、効力がなくなるのでは?」

 アランが誰とも無しに問いかけた。

「だから、常に侍っている者たちにしか、かかっていなかったのかもな。」

 クロヴィスが背もたれにもたれかかり足を組んだ。

「とにかく、一旦侍女たちにかかっている魔術を解かないと。」
「トシコ様の力は白の魔力ですから、私たち尊者が二人で行えばトシコ様がかけた魔術は解くことが出来ます。しかし、加護の方は二人で同時にかけ、白の魔力と同等の力にする事は出来ないので、赤の魔力の加護になってしまいます。」
「赤の加護ではトシコ嬢の魔力には敵わないから意味がないのか・・・。」
「はい。」
「尊者様、私が尊者様たちのように人に加護を付けることが出来る様になるにはあとどのくらいの訓練が必要だと思いますか?」

 シドは腕を組み考える。

「そうですね、魔法陣の描き方も上手くなってきていますから、数ヶ月以内には出来る様になると思います。」
「しかし、トシコ嬢は何のために魅了の魔術などかけているんだ?」
「倒れる前、私にトシコ嬢を婚約者とし、この場で紹介する様に言ってはいたが。」
「王に直接言うとは・・・何ともまぁ。」

 ジルベールはそう言ったが、クロヴィスは驚きのあまり唖然とした。

「王妃になるのが目的か。しかし、ならば周りを巻き込むことはないだろうに。」
「ならば、王妃以外にも何か目的があるのか?」
「シモンからは政治的な活動をしているような兆候はないと報告を受けているが。」
「……それならば、少し泳がせるとするか?」

 レオナールは一斉に視線を浴びる。

「もともと近衛騎士団が護衛に付く事になっているのだから、ルシアンに専属護衛として常に側に居て貰うことにしよう。そうすれば、一般の近衛騎士が魔術の犠牲になることもない。ルシアンならロベール尊者の白金の加護が付いているから、トシコ嬢の魔術にかかることもない。」
「あぁ。ルシアンの表情筋は一切動かないから、きっと魔術にかかっているか、かかっていないか、わかりにくいだろうしな。もとから極端に言葉も少ないし。」
「ルシアンには魔術にかかった振りをして、トシコ嬢の言う事に逆らわない様にと言っておく。」
「対策は、トシコ嬢の目論見が全て分かってからだ。」

 誰かが、そうだなと言った言葉を機に、座っていたものは、腰を上げようとした。

「あの、少し陛下にお話したいことがありまして・・・」

 里桜の一言に、関係のないシド、アラン、シルヴァンは部屋を出た。王への話と言うことで、王と兄弟である、ジルベールとクロヴィスは残った。

「お忙しい陛下には次、何時お会いできるのか分かりませんでしたので、お時間頂き申し訳ありません。」

 レオナールが、許可を出すと里桜は徐に自身のクラッチバックから何かを取り出した。
 それは、見事な銀細工の懐刀だった。
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