転生聖職者の楽しい過ごし方
 利子は気を失った、翌日の夕方に目を覚ました。見舞いに行ったレオナールが魔術訓練をしすぎたのだろうと言うと、当惑した様子もなく、それに同じた。

「トシコ嬢、今回の様なことが二度とない様に、君に専属の騎士を付けようと思う。紹介する。私の弟のルシアン・ヌベールだ。伯爵位を与えていて、今は近衛騎士団、第一団隊の団隊長をしている。」
「ルシアン・ヌベールです。この度、陛下よりトシコ様の専属護衛を拝命いたしました。」
「ルシアン・・・よろしくお願いします。」
「では、トシコ嬢、しばらくはゆっくり養生なさると良い。ただでさえ全く違う世界へ来てしまって心労が絶えない時に舞踏会や魔術練習など、忙しくさせて申し訳なかった。それじゃ、ルシアン頼むよ。」

 ルシアンは頷き、持ち場である、扉の前に移動した。レオナールはそのまま部屋を出た。


∴∵


「出来ました。」

 里桜の作った魔法陣を付与した、剣がテーブルに置かれている。

「それでは、早速ジルベールに渡すとしよう。」

 シドは剣を鞘に収めた。

「リオ様、一度騎士団の演習をご覧になってみますか?」

 里桜は魔法陣を描く訓練で魔剣造りをし、それをジルベールに試供のため渡していた。

「はい。一度拝見したいです。」
「では、行ってみましょう。アニアも。」
「はい。尊者様。」

 貴族の子息、令嬢が所属する近衛騎士団が使う棟は、王宮からあまり離れていない東側にある。

「騎士団長。」

 喧騒の中シドがよく通る声でジルベールを呼ぶ。

「団長なのに、執務室ではなく訓練場にいらっしゃるんですか?」

 里桜がシドに問いかけると、笑顔で頷いた。ジルベールは遠くから手を上げ呼びかけに応えている。

「ジルベールは剣の腕が立っていましてね。本人は国軍に入りたかった様だが、王族だったので、騎士になったのです。」

 この国の国軍と騎士団の違いは大まかには勉強していたが、机上で説明されるよりもずっと本人たちの間には深い溝がある様に思う。

「最新の魔剣が出来たのか?」
「はい。精度は上がって、抵抗感は軽減されていると良いのですが。」

 何度か、魔剣を作ったが、里桜の魔力が強すぎるため、魔術を発動すると抵抗感が強すぎて上手く剣を振れないと意見があり、作り替えたところ今度は魔力の込め具合が低かった様で、他の職人が作るものと大差ない精度になってしまった。そんな事を繰り返しこれが、六度目の試供だ。
 ジルベールの前に、シドが土壁を作る。そこに魔力を込めると、普通の剣では壊せない土壁が出来上がる。そこにジルベールが魔剣を振り落とす。土壁はスッパリ綺麗に切れた。

「どうだ?ジルベール。」
「こいつはすげぇ。全く抵抗感もなく、尊者の土壁を綺麗に切れるなんて。」

 そう言いながら、何度も土壁に向い魔剣を振り下ろす。

「実践向きの魔剣が出来上がった様で良かったです。おかげで、魔法陣に付与する魔力の強弱の付け方が分かってきました。」

 ‘上出来だ’と言いながら、ジルベールは目が覚める様な勢いで里桜の頭を撫でる。里桜も褒められたことで満足そうに笑っているが、その体格差から傍目からはすっかり大人と子供だ。


∴∵


 別の日、里桜は西側の国軍の棟にいた。
 国軍の訓練場は騎士団の物よりずっと広い、それは貴族だけしか所属出来ない近衛騎士団と違い、国軍は体力テストなどを含む様々な内容の試験に合格さえすれば平民でも入隊できるからで、圧倒的に人数が多いためだった。
 アランとシルヴァンとシモンがシドの呼び出しに集まった。

「リオ様が改良を重ねた魔剣が出来上がった。」

 シモンがシドから剣を受け取る。そして騎士団の時の様にシドが土壁に魔力を込めた。今度も見事に土壁はスッパリと切れた。

「魔力が弱い私でも、抵抗なく扱えます。」

 強い魔力が付与されている魔剣は、魔力の低い物が扱うと嫌な抵抗を感じることがあるという。その抵抗が少ない様に作るのは、魔力の強さや扱いの巧みさが物を言う。

「良かったです。私、聖徒の仕事より、魔剣職人の方が合ってるのかな?」
「また、市井で働く計画か?」

 シルヴァンがからかうように言う。

「自分の力をより良く活かせる仕事がしたいだけですよ。そう言えば、更衣室のエアコンの魔法陣、調子はどうですか?」
「おう。良いぞあれ。」
「どんなに暑い日でも涼しいし、雨が降っていても湿気を感じないよ。」

 魔剣を振りながらシモンが会話に入ってくる。

「良かった。警護して下さる、兵士の方が、暑くて大変だって言っていたので。お役に立てたし、私も訓練になるので。一石二鳥でした。」
「アラン、リオ様の尊いお力をそんな事に使うものではないぞ。」

 シドは右眉をぐいっと引き上げながら言う。里桜は既に二ヶ月近くを共に過ごし、シドのその癖は冗談を言っている時のものだとわかっていた。

「伯父上こそ、アニアから聞いていますよ。神殿の至る所にエアコンの魔法陣付けてもらったのでしょう?」
「あそこは、イリスの泉と繫がっているせいで、夏になるとどうも蒸し暑くなる。夏には祈りを捧げに来る者も少なくなっていたし。あれは皆のためで、儂が快適に過ごすためではないのだ。」

 シドは神殿に仕える立場と言う事で、普段話し言葉は丁寧な言葉を使っているが、一部の人間、特にジルベールやアランには砕けた口調で話すことが多い。
 里桜が初め、威厳のある聖職者だと感じていた印象は、今ではすっかり気の良いおじさんになっている。シドの人柄を思えば、アナスタシアが身分の割に親しみやすい人間なのにも頷けた。
 里桜が訓練場の奥を見ると、リナが戦闘服で兵士と手合わせをしている。長く、真っ直ぐな髪を高い位置で一つに結び、それが右左と忙しなく揺れている。リナは里桜が神殿で魔術の訓練をしている時、国軍で剣術の訓練をしている。

「リナの事なら大丈夫だよ。あいつは子供の頃から身体を動かす事が好きだったから。アレも結構楽しんでやっているさ。」

 里桜の視線に気がついたのか、シルヴァンが里桜に話しかける。

「午後からは、私の侍女として休みなく働いてくれているんです。身体が辛くないかやはり心配です。」

 そんな事を話していると、遠くのリナが里桜たちに気がつき、元気いっぱいに手を振った。里桜はそれに同じように大きく手を振った。里桜の笑顔に見入ってしまう新兵も少なくなく、アランの叱責を貰うことになった。

「そうだ、シルヴァン。リナと手合わせしたらどうだ?久し振りだろう。」

 アランはシルヴァンの返事も聞かず、練習を止めさせ、リナを呼ぶ。

「何でしょうか、バシュレ幕僚。」
「久し振りに、兄妹で手合わせなどどうかと思って。」
「どうします?兄さん。」
「あぁ。分かったよ。」
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