転生聖職者の楽しい過ごし方
 訓練場が見渡せる、見学用に設けられたガゼボのような場所にシドと里桜は腰掛けていた。

「始め。」

 よく通るアランの合図で手合わせが始まる。一見、リナが一方的に圧されている様には見えるが、剣の腕前も国軍随一のシルヴァンの剣を受け止めているだけで、十分すぎる腕前だった。
 その時、風など吹いていない訓練場に一瞬砂嵐の様な風が吹いた。それは明らかにシルヴァンのいる場所にだけ吹いている。

「なんと、魔術剣か。さすが、リナ殿。そこらの剣士より数倍上手だな。」

 シドが感心した様に言う。

「魔剣とは違うのですか?」
「魔剣は、魔力のある者が剣に魔力を込めた物。それで、魔力がない者や弱い者が強い魔力を発動させるのです。それに対し魔術剣は剣自体はただの剣ですが、剣士が持つ魔力で、己の得意な魔術を発動させた剣なのです。リナ殿は黄色の魔力なので、土を操るのが上手いのでしょう。だから砂嵐を起こしている。」

 里桜は椅子に浅く座り、二人を見守る。

「リオ様もよくお分かりでしょうが、魔術の発動は現象を思い浮かべることが重要です。相手の剣を避けながら、自分も繰り出し、更に無詠唱で砂嵐を引き起こすのは大変難しいことです。リナさんの努力が見えるようですわ。」

 アナスタシアは感心したように言う。

「左様。だから兵士たちは己の魔力があっても魔剣を扱う者が多いのです。」
「魔剣は大変高価なもので、魔獣討伐の最前線へ向かう国軍の兵士にしか支給はされません。近衛騎士の中には個人で購入して所有している方たちもおりますが、一般には手が出ないのです。」
「だから、リナさんは魔術剣の訓練をしているんですね。」
「そうだと思いますわ。」

 アナスタシアは、里桜に優しく笑いかける。

「でも、私は幸せ者ですね。こんなに素晴らしい剣士でもあるリナさんと、アナスタシアさんに守っていただけて。」
「そう。リオ嬢に恋慕する輩が多いからね、リオ嬢をモノにするためにはリナの剣を凌ぎ、アニアの魔力も凌ぐ男でないとダメだって事を分からせないとね。」

 アランは可笑しそうに言う。

「アナスタシアさんは赤の魔力だから、それは無理・・」
「それは、無論でございます。リナさんや私よりも弱い様な方にリオ様をお渡しする事は出来ません。私共を倒してからではないと。」

 昭和の親父みたいだと、何処と無く他人事のように感じていた。
 そんなうちに、鋒がリナの顔に突き立てられ、勝負は決着が着いた。


∴∵


「どんなに鍛練しても、やはり兄さんには敵わないのです。」

 お昼の一時、お茶を淹れてくれたリナに里桜が手合わせの話をすると、残念そうにいった。

「オリヴィエ参謀は、参謀って役職から、頭脳系の方なのかと思っていましたけど、剣の腕も国軍随一だとバシュレイ幕僚が仰っていました。」
「オリヴィエ参謀は王立学院では伝説の人なんですよ。平民でありながら魔力も強く、座学も全て優秀で、同期生だった隣国の王太子に次ぐ次席で学院を卒業したんです。加えてあの端正な顔立ちですので、王宮の侍女から貴族のご令嬢まで、人気はとても高いんですの。」
「女性に関しては朴念仁で、どうも・・・」
「オリヴィエ参謀が朴念仁ってイメージありませんけどね。」

 里桜がリナに笑いかけると、リナは曖昧に応えた。

「・・・リナさんありがとうございます。」
「はい?」
「国軍の兵士を相手に一歩も譲らず戦えるほど、沢山の鍛錬をして下さって。アナスタシアさんも。ありがとうございます。拙い私にお付き合い下さって。これからも、お二人に仕えてもらえるに相応しい人間になれる様に精進することをお約束します。」
「あまり、無理をなさらないで下さいね。」
「はい。気をつけます。リナさんもきちんとお休み取って下さいね。そして、頑張って下さい。打倒シルヴァンで。」
「はい。」
「アナスタシアさんもきちんと休んで下さいね。」
「はい。」
「でも、不思議なのですけれど、リオ様に励まされると、本当に力がみなぎる様な気が致します。」
「あぁ。それは、護衛の方も仰っていましたわ。リオ様に声をかけられただけで元気が湧いてくると。」
「えっ?・・・やだ私、知らないうちにとしこさんの様に洗脳とかしているんですかね?自分がちょっと怖い。」


∴∵


「アラン、魔剣の納品だ。」

 シドと里桜の後ろに今日が護衛当番の兵士が魔剣を抱えてアランの執務室へやって来た。

「やはり、一日に作れる数は三本が限界だ。」

 今でも午後はアナスタシアとの勉強に時間が使われているため、午前中に作れる数はどんなに頑張ってもそれが限界だった。

「集中力が足りなくて、申し訳ない限りなんですが・・・」
「随分殊勝だな。」
「リオ様、集中力の問題ではありませんよ。これだけの強い魔力の魔法陣を一時間程度で付与できる人は他にいません。」

 魔剣は魔力があって、魔法陣の描き方さえ知っていれば誰でも作ることが出来るが、平民が通常持つ青や緑の魔力で魔剣を作っても、討伐出来る魔獣が極限られてしまうので高くは売れず、結局他の仕事をしていた方が収入は高いのが現実で、平民で黄色の魔力を持っていれば仕事はかなり選べるため、わざわざ魔剣作りの仕事を選ぶことはない。
 それで結局、没落した貴族や、収入源が乏しい貴族が副業として魔剣を作ると言う事になっている。そう言う訳で、魔剣は希少で高価な物になってしまっている。町場で購入する魔剣では足りないので、神殿で尊者が仕事の合間に細々と作り、国軍に納入することもしばしばあった。

「でも、私が魔剣を作ることで、生活のために魔剣を作っている方の妨げにはなりませんか?」
「それは、心配しなくて良い。リオ嬢の魔剣は魔力のない者にはどうやら扱えないみたいだ。シモンの様に微量でも魔力があれば使えるのだが、全くない兵士は切ることは言うまでもなく、振ることさえ出来ないんだ。だから、町場の魔剣は今まで通り購入している。今のところリオ嬢の魔剣は中隊長以上の者に支給することになった。」
「と言うことは、あと何本くらいですか?」
「十五はいるな。」
「分かりました。空き時間に作って、早く全て納入できるように致します。」
「魔剣職人、励めよ。」
「はい。わかりました。」
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