転生聖職者の楽しい過ごし方
第18話 神様の振ったサイコロ 闇
「それじゃ、この布地とこの布地、・・・あとこの布地。これでまた新しく仕立てるようにマクロン商会へ伝えて頂戴。」
「はい。救世主トシコ様。そろそろお茶会へ向うお時間となりました。」
「今日はどなたのお茶会かしら?」
「バルト伯爵夫人からのお誘いでございます。」
利子は‘そう’と小さく返事して、クローゼットへ向う。そこにはこの三ヶ月毎日の様に仕立てたドレスが所狭しと掛けられていた。
「リンデル、この新しく仕立てたドレスとそれに合う様に小物を用意して頂戴。」
「はい。救世主トシコ様。」
利子はソファーに腰掛けてため息を吐く。連日の魔力練習とマナー練習の疲労のため倒れたと思われているため、側仕えからは減酒や早めの就寝を促され、茶会の参加も数日に一度の頻度になっていて退屈しているのが理由だった。
∴∵
「ピエールどう?」
「はい。もう痛みはありません。」
「良かった。でも、今日は無理せず休んで下さいね。足を打たれたとき、勢いよく倒れたと聞いたし、今見ても、頭には異常がなさそうだけれど、間を置いて異常が出ることもあると聞くので。明日の朝、一度顔を見せに来て下さいね。」
「はい。分かりました。」
「お大事になさって下さい。」
「ありがとうございます。リオ聖徒。」
ピエールは一礼して部屋を出て行った。里桜はその場で書類に記入し、受け箱へ入れる。
神殿に仕える聖職者には神官、聖徒、尊者と種類があり、尊者は赤以上の魔力を持っており、王族に加護を付けたり、魔獣討伐へ赴いたり、聖徒に治すことが出来ない傷を癒やしたりしている。現在は四名の尊者がいるが、全て公爵位を賜る王家の血筋だ。
聖徒は主に人の病や傷を癒やすことが仕事で、人の傷や病気を癒やす術を使えるのは、橙以上の魔力を持つ者であり、その訓練をした者。神殿には現在里桜とアナスタシアを新しく加えて全部で六名の聖徒がいる。
神官は様々な神事を取り仕切ったり、書類の作成など文官の様な事もこなすマルチな仕事で、魔力の幅も青から橙まで幅広く人数は二十名以上いる。
里桜とアナスタシアは治癒魔法の訓練をして、二週間前に正式に聖徒として独り立ちした所だった。
「お次の方、どうぞ。」
部屋に入ってきたのは、レオナールだった。
「どうなさいました?」
レオナールは、左手の人差し指を出した、そこには一㎝ほどの切り傷があった。里桜は眉間にしわを寄せる。
「アルチュール様でも十分に治療できたのでは?」
アルチュールは王付きの侍従で、武事にも優れているが、橙の魔力持ちで治癒魔法も扱える完全無欠の侍従だった。
「最近、国軍の兵士はちょっとした擦り傷でもここへ来ているらしいではないか。それなのに王である私はダメなのか。」
「国軍の方々には側に治療できる人間がおりませんので。それに、擦り傷も馬鹿には出来ません。菌が入って破傷風などに罹る危険がありますから。陛下、治療が終わりました。」
「お前は・・・」
「出口はあちらです。」
里桜が笑顔で促すと、渋々といった具合で治療所を後にした。
∴∵
「シド。」
「はい。ロベール様なんでしょう?」
「少し良いか、聞きたいことがある。」
「はい。」
シドはロベールの後を付いて歩く。同じ尊者ながら、ロベールは先々代国王の年の離れた弟で、シドとは年が近いが叔父にあたる。
尊者では唯一白金の力を手に入れていて、召喚術もロベールの魔力の強さがあったからこそ成功した。そして現在も唯一白の力を持つ尊者だった。
神殿に設けられている個室の一つにロベールは入いり、ソファーに腰掛けシドにも腰掛ける様声をかける。
「シド、救世主様なのだが、最近は魔術訓練を休みがちになっていると聞く。レイから何か聞いているか?」
「トシコ様については、舞踏会までに予定を詰め込みすぎたために、過労によって倒れたと聞いています。なので、あまり疲れすぎない様に慮ってのことではないでしょうか?」
ロベールが顎を触りながら話すのを見て、シドは他に本題があるのだと察する。
「そうか。しかし、連日侯爵家や伯爵家へのお茶会に通っている様だが?」
「それは、陛下のお考えに沿ったものではないでしょうか?陛下は結界もすぐに張り直さなくてはいけない程の劣化はしていないので、救世主様には当面人々の安寧のため尽くして頂くことを願っております。なので、皆様と交流をする機会を設けているのではないでしょうか。」
“ふむ”と短い返事をしてから、
「そうか。それに対し渡り人は、治療所で勤務したりする合間に魔術書や過去にお渡り下さった救世主様の伝承記などを読んだりしていると聞いた。これでは、救世主様の仕事を奪っている様ではないか?救世主様は渡り人のその態度に遠慮して救世主としてのお仕事をご遠慮してしまっているのでは?渡り人としては少々越権行為なのではないか?」
最初からこれが言いたかったのかと、内心ため息を吐いた。
「渡り人のリオ様はトシコ様が一人重責を背負われていることを気にかけておりまして、トシコ様がこれから救世主としてどの様なお仕事をされるのかを知っておきたいと申されました。同じ日に渡ってきた者同士助け合いたいと思っているのではないでしょうか。」
ロベールはソファーにもたれかかり、腕組みを始めた。
「そう言う事ならば良いが、渡り人が余りにも不相応な態度を取るようならば、シド、渡り人の世話役であるお前がきちんと身の程を弁えさせねばならん。渡り人が救世主に取って代わろうなど断じて思わぬ様にな。最近は陛下のご意向で身を弁えない若者が増えてしまった。それでは、いかん。」
「はっ。畏まりました。渡り人様には私よりお話をしておきます。」
シドは頭を下げた。
「それと、陛下には早く救世主様と閨を共にするようお前からも進言しなさい。陛下は私が進言しても聞く耳を持たない。関係の近いお前の話なら聞かないわけにもいかぬだろう。」
シドはロベールが部屋から出るのを見送ると、深いため息を吐いた。その理由はいくつかあった。
まずは、ロベールには悪気はないが救世主信仰が強すぎる故、聖徒の仕事を精力的にこなす里桜を"救世主の座を狙う不埒な渡り人"と勝手に思い込んでいることだ。
先日は、シドが別件を片付けにいっている間に里桜とアナスタシアのいる部屋に行き、"渡り人たる者"について話し続け、さすがのアナスタシアも大叔父に対しては無下にもできず、二人で黙って一時間以上も話を聞いていた。
そして、レオナール。父王から譲位され王に即位すると革新的で若い彼は、大時代的な慣習を一掃し、自身の身近な臣下は自らが見込んだ人間を貴賤問わず登用したりしている。
それに対し、古参の臣下は強い拒絶感を示した。その臣下の多くはロベールの旧友でもあって、ロベールが直接国政に関わることは出来ないが、現王にもの申したいこともある様だった。
それに加えて、レオナールが里桜に執着している様子だとごく一部で噂になっていて、その事はロベールの耳にも入っている様だった。
さらには、先代王つまり、ロベールの甥は今までの慣例を嫌い、魔力の強さで妃を選ばなかった。それ故に生まれた子たちはこぞって魔力が弱く、通常魔力の強い王族から輩出される‘尊者’になれるほどの魔力もなく、次世代の尊者が育たなかった。
従って、王族として魔力の強い後継者を作ることは今の最大の課題である。それで、まだ数十年は余裕で耐えられる結界の経年劣化を理由に異世界召喚を強行した。
もし、救世主が男ならばアナスタシアと女ならばレオナールと婚姻関係を結ばせる予定だった。より強い後継者を作るために、救世主ではないただの渡り人の里桜がレオナールと親密になることはロベールがどうしても避けたいことだった。
それらが混ざり合い、ロベールや他の尊者が里桜に対して拒否反応を起こす原因になっていた。
近頃のそんな状況もあり、シドはレオナールに魔術も安定してきた里桜の正体を発表する時期ではないかと相談したが、何やら思惑がありそうなレオナールからはまだ時期ではないと一蹴されてしまったのだった。
「このままでは神殿でのリオ様への風当たりが強くなるばかりなのだがね。」
「はい。救世主トシコ様。そろそろお茶会へ向うお時間となりました。」
「今日はどなたのお茶会かしら?」
「バルト伯爵夫人からのお誘いでございます。」
利子は‘そう’と小さく返事して、クローゼットへ向う。そこにはこの三ヶ月毎日の様に仕立てたドレスが所狭しと掛けられていた。
「リンデル、この新しく仕立てたドレスとそれに合う様に小物を用意して頂戴。」
「はい。救世主トシコ様。」
利子はソファーに腰掛けてため息を吐く。連日の魔力練習とマナー練習の疲労のため倒れたと思われているため、側仕えからは減酒や早めの就寝を促され、茶会の参加も数日に一度の頻度になっていて退屈しているのが理由だった。
∴∵
「ピエールどう?」
「はい。もう痛みはありません。」
「良かった。でも、今日は無理せず休んで下さいね。足を打たれたとき、勢いよく倒れたと聞いたし、今見ても、頭には異常がなさそうだけれど、間を置いて異常が出ることもあると聞くので。明日の朝、一度顔を見せに来て下さいね。」
「はい。分かりました。」
「お大事になさって下さい。」
「ありがとうございます。リオ聖徒。」
ピエールは一礼して部屋を出て行った。里桜はその場で書類に記入し、受け箱へ入れる。
神殿に仕える聖職者には神官、聖徒、尊者と種類があり、尊者は赤以上の魔力を持っており、王族に加護を付けたり、魔獣討伐へ赴いたり、聖徒に治すことが出来ない傷を癒やしたりしている。現在は四名の尊者がいるが、全て公爵位を賜る王家の血筋だ。
聖徒は主に人の病や傷を癒やすことが仕事で、人の傷や病気を癒やす術を使えるのは、橙以上の魔力を持つ者であり、その訓練をした者。神殿には現在里桜とアナスタシアを新しく加えて全部で六名の聖徒がいる。
神官は様々な神事を取り仕切ったり、書類の作成など文官の様な事もこなすマルチな仕事で、魔力の幅も青から橙まで幅広く人数は二十名以上いる。
里桜とアナスタシアは治癒魔法の訓練をして、二週間前に正式に聖徒として独り立ちした所だった。
「お次の方、どうぞ。」
部屋に入ってきたのは、レオナールだった。
「どうなさいました?」
レオナールは、左手の人差し指を出した、そこには一㎝ほどの切り傷があった。里桜は眉間にしわを寄せる。
「アルチュール様でも十分に治療できたのでは?」
アルチュールは王付きの侍従で、武事にも優れているが、橙の魔力持ちで治癒魔法も扱える完全無欠の侍従だった。
「最近、国軍の兵士はちょっとした擦り傷でもここへ来ているらしいではないか。それなのに王である私はダメなのか。」
「国軍の方々には側に治療できる人間がおりませんので。それに、擦り傷も馬鹿には出来ません。菌が入って破傷風などに罹る危険がありますから。陛下、治療が終わりました。」
「お前は・・・」
「出口はあちらです。」
里桜が笑顔で促すと、渋々といった具合で治療所を後にした。
∴∵
「シド。」
「はい。ロベール様なんでしょう?」
「少し良いか、聞きたいことがある。」
「はい。」
シドはロベールの後を付いて歩く。同じ尊者ながら、ロベールは先々代国王の年の離れた弟で、シドとは年が近いが叔父にあたる。
尊者では唯一白金の力を手に入れていて、召喚術もロベールの魔力の強さがあったからこそ成功した。そして現在も唯一白の力を持つ尊者だった。
神殿に設けられている個室の一つにロベールは入いり、ソファーに腰掛けシドにも腰掛ける様声をかける。
「シド、救世主様なのだが、最近は魔術訓練を休みがちになっていると聞く。レイから何か聞いているか?」
「トシコ様については、舞踏会までに予定を詰め込みすぎたために、過労によって倒れたと聞いています。なので、あまり疲れすぎない様に慮ってのことではないでしょうか?」
ロベールが顎を触りながら話すのを見て、シドは他に本題があるのだと察する。
「そうか。しかし、連日侯爵家や伯爵家へのお茶会に通っている様だが?」
「それは、陛下のお考えに沿ったものではないでしょうか?陛下は結界もすぐに張り直さなくてはいけない程の劣化はしていないので、救世主様には当面人々の安寧のため尽くして頂くことを願っております。なので、皆様と交流をする機会を設けているのではないでしょうか。」
“ふむ”と短い返事をしてから、
「そうか。それに対し渡り人は、治療所で勤務したりする合間に魔術書や過去にお渡り下さった救世主様の伝承記などを読んだりしていると聞いた。これでは、救世主様の仕事を奪っている様ではないか?救世主様は渡り人のその態度に遠慮して救世主としてのお仕事をご遠慮してしまっているのでは?渡り人としては少々越権行為なのではないか?」
最初からこれが言いたかったのかと、内心ため息を吐いた。
「渡り人のリオ様はトシコ様が一人重責を背負われていることを気にかけておりまして、トシコ様がこれから救世主としてどの様なお仕事をされるのかを知っておきたいと申されました。同じ日に渡ってきた者同士助け合いたいと思っているのではないでしょうか。」
ロベールはソファーにもたれかかり、腕組みを始めた。
「そう言う事ならば良いが、渡り人が余りにも不相応な態度を取るようならば、シド、渡り人の世話役であるお前がきちんと身の程を弁えさせねばならん。渡り人が救世主に取って代わろうなど断じて思わぬ様にな。最近は陛下のご意向で身を弁えない若者が増えてしまった。それでは、いかん。」
「はっ。畏まりました。渡り人様には私よりお話をしておきます。」
シドは頭を下げた。
「それと、陛下には早く救世主様と閨を共にするようお前からも進言しなさい。陛下は私が進言しても聞く耳を持たない。関係の近いお前の話なら聞かないわけにもいかぬだろう。」
シドはロベールが部屋から出るのを見送ると、深いため息を吐いた。その理由はいくつかあった。
まずは、ロベールには悪気はないが救世主信仰が強すぎる故、聖徒の仕事を精力的にこなす里桜を"救世主の座を狙う不埒な渡り人"と勝手に思い込んでいることだ。
先日は、シドが別件を片付けにいっている間に里桜とアナスタシアのいる部屋に行き、"渡り人たる者"について話し続け、さすがのアナスタシアも大叔父に対しては無下にもできず、二人で黙って一時間以上も話を聞いていた。
そして、レオナール。父王から譲位され王に即位すると革新的で若い彼は、大時代的な慣習を一掃し、自身の身近な臣下は自らが見込んだ人間を貴賤問わず登用したりしている。
それに対し、古参の臣下は強い拒絶感を示した。その臣下の多くはロベールの旧友でもあって、ロベールが直接国政に関わることは出来ないが、現王にもの申したいこともある様だった。
それに加えて、レオナールが里桜に執着している様子だとごく一部で噂になっていて、その事はロベールの耳にも入っている様だった。
さらには、先代王つまり、ロベールの甥は今までの慣例を嫌い、魔力の強さで妃を選ばなかった。それ故に生まれた子たちはこぞって魔力が弱く、通常魔力の強い王族から輩出される‘尊者’になれるほどの魔力もなく、次世代の尊者が育たなかった。
従って、王族として魔力の強い後継者を作ることは今の最大の課題である。それで、まだ数十年は余裕で耐えられる結界の経年劣化を理由に異世界召喚を強行した。
もし、救世主が男ならばアナスタシアと女ならばレオナールと婚姻関係を結ばせる予定だった。より強い後継者を作るために、救世主ではないただの渡り人の里桜がレオナールと親密になることはロベールがどうしても避けたいことだった。
それらが混ざり合い、ロベールや他の尊者が里桜に対して拒否反応を起こす原因になっていた。
近頃のそんな状況もあり、シドはレオナールに魔術も安定してきた里桜の正体を発表する時期ではないかと相談したが、何やら思惑がありそうなレオナールからはまだ時期ではないと一蹴されてしまったのだった。
「このままでは神殿でのリオ様への風当たりが強くなるばかりなのだがね。」