転生聖職者の楽しい過ごし方
「リオ様、そろそろお部屋に戻られる時間でございます。」

 アナスタシアが、神殿にある里桜の治療室に入ると、机に向かう里桜が視線を上げずに話した。

「アナスタシアさん、ごめんなさい。まだ仕事が残っていて。」

 里桜は魔術でインクが切れないように細工した羽ペンを忙しく走らせている。アナスタシアは、書いている書類を覗き込んだ。

「リオ様、その書類何故リオ様が作成されていますの?」
「ダミアン神官様から処理する様に指示がありまして。」

 アナスタシアは里桜も気がつかないくらいの調子で眉をひそめた。アナスタシアは自らの記憶を辿る。
 ダミアン神官とは、代々騎士として活躍してきた一族の次男で、父の子爵と兄弟は騎士団に所属している。しかしダミアンは剣に才がなく家門を捨て、神殿に仕えることにした。魔力は黄色で貴族としても聖職者としても普通。
 神殿では家名は影響をされず魔力の強さが自身の位の高さに直結する。通常は神殿に入職する際に計測石で魔力を測り、そこですぐに位や仕事が決まる。彼が置かれている立場は二位の神官。
 その神官が橙色以上の力がないとなれない聖徒に仕事を指示すること自体がおかしな事で、その内容も聖徒が作成する書類ではない。

「こちらの書類の束が終わった書類の束でございますか?」
「はい。あと、十件ほどで終わります。もう少し待って下さいね。」
「先に終わった物だけ神官に届けに行って参ります。」
「いいえ。大丈夫です。ダミアン神官様のところへ繋ぐ転移魔法陣を作ったので、書類はそれで転移させられますよ。」
「いつ、そんな物をお作りになりましたの?」
「先日、書類の作成をご指示頂いた時に、神官控え室へ書類を持って行ったら、次からは転移魔法で書類を送って欲しいと仰っていたので。」

 アナスタシアは内心ため息を吐いた。

「ダミアン神官にお話ししたいこともありますので、ひとまず持って行きますわ。」
「そうですか?わかりました。では、お願いします。」

 アナスタシアはにっこり笑って書類の束を持って出た。



∴∵


 シドが神殿の執務室で書類仕事をしていると、コンコンコンとノックがした。シドの返事で顔を見せたのはアナスタシアだった。

「今、よろしいですか?」
「あぁ。入れ。」

 アナスタシアが入った瞬間部屋に魔壁が張られたのがわかった。

「どうした?」
「リオ様の処遇についてですが・・・」
「その事か。」
「その事かと仰ると?尊者様も何か心当たりが?」
「神官の誰だ?何をしてきた?」
「何かが起こるとお分かりだった様な言い方ですけれど。」
「まぁ、そこに掛けなさい。」
「はい。」
 
 来客用に設けられている椅子に座る。

「陛下がリオ様に好意を抱いている様だとまことしやかにささやかれている。」
「その噂なら耳に入っております。陛下のことは近くで幼いときから見ております。確かに、陛下が興味のある女性になさる態度ではありますが・・・元々の話でも陛下か私が結婚相手になるはずでしたから、陛下が興味を持たれるのは問題はないと思い特にご報告も致しませんでした。」
「それ自体は私も問題はないと思っている。しかし、それはリオ様が虹の女神だと知っているからだ。トシコ様が救世主ではない事も。ロベール様やレイベスは救世主様と陛下の恋路を邪魔立てする悪女の様に思っている。」

 それを聞き、アナスタシアは全てを納得した。

「ダミアン神官が業務内容以外の事をリオ様に指示している様で・・・」
「ダミアン神官と言えば、レイベスのところの神官か。」
「えぇ。今のところやることは本当に些細な事ですし、私が牽制致しましたが、これから嫌がらせがひどくならないとは言えませんから。リオ様も今では計測石も白く出来るほど、安定的に魔力を扱える様になっております。そろそろ、正体を明らかにしてもよろしいのではと。」

 シドは顎をさすった。

「私も、陛下にはそう進言したのだが、何か思うところがおありのようで・・・もう暫く伏せておくと仰った。」
「わかりました。私とリナさんとで今まで以上に心配り致します。」
「あぁ。済まないな。アニア。」

 シドの眉は困った様に下がっている。アナスタシアは思わず笑って、

「いいのよ。お父様。私、リオ様にお仕えできて本当に嬉しいの。もし、男の方なら私は妻として支えることになったのでしょうけれど、‘ご夫人’として生きるよりこちらの方が私には合っているわ。」

 魔壁が消滅し、アナスタシアは席を立つ。久し振りに愛娘に‘父’と呼ばれ、シドの顔は少し綻ぶ。王族に並ぶ魔力を持ってしまったために、訓練続きで通常子女たちが送る生活を送らせてやることも出来なかった。
 その上、救世主との婚姻などという重荷まで。王家の血を引いたがためにアナスタシアには色々なことを背負わせてしまった。それでも、その不自由の中で自分の喜びを見出してくれて良かったと、愛娘の嘘のない笑顔に素直にそう思う。
 アナスタシアが部屋を出ようとしたとき、独特の甲高い音が鳴り響いた。アナスタシアは反射的にシドの方を見た。

「手こずるような魔獣が現れたのか。アニアはリオ様の元へ急ぎなさい。けが人が出れば忙しくなる。久し振りに儂らも現場に出ることになるかもしれん。」
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