転生聖職者の楽しい過ごし方
里桜は窓辺の席でリナの入れてくれたはちみつレモン水を飲んでいた。窓は開けられて、ジャスミンの甘い香りを風と共に感じていた。里桜が自ら作った氷がカップの中で音を立てる。
だいぶ読み慣れた古語とは言え、古い文章を読むのは一苦労で、進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返していた。
先ほど一週間がかりでやっと読み終えたのはレオナールが突然貸してくれた古記録で、大昔の王家に仕えた執務官が日記として書いた物らしかった。特に、魔術のことが記載されているわけではなかったが、公式な史書には載っていない救世主の日常の事なども書かれていた。
「陛下からの古文書はそんなにも難しい内容でしたか?」
リナが首を傾げていた里桜に話しかける。
「逆です。なんの実りもない内容と言うか・・・古記録なんですけど。人の日記を盗み見ている気分になって落ち着かないと言うか。」
「何をお調べになりたくてお借りになったのですか?」
「突然陛下がこれを読む様にと・・・陛下が私に何を勉強させたいのか分からないので困ってしまって。」
里桜から自然にため息がこぼれた。
「どんな内容が書かれていたんです?」
「本当にただの執務官の日記です。唯一関係がありそうなのは、救世主と渡り人がこの国に召喚されていたって事くらいで・・・。その頃に王室に仕えていた方で、七百年くらい前のものでした。その時の第一王女と渡り人が恋仲であって、年の差や救世主ではない事などから色々と問題が起きたようですけど、まぁ・・・そんな感じです。」
「あら、お二人はそれでご一緒になれたのでしょうか?」
里桜は古記録にそっと手を置いた。
「えぇ。なんとか。救世主も男性でしたが、王女の従姉妹にあたる公爵家の令嬢を王家に養子に入れて、救世主と結婚させることで、渡り人と王女殿下は結婚できたようです。幸せそうに暮らす姿を見て、苦労が報われたと何度も書かれているので、素敵なご夫婦になられたのだと思います。」
「そうですか・・・あとは?」
指を折り思い出しながら、リナに説明する。
「法案可決するまでの苦労や、やんちゃな第二王子の尻拭いの事や、妻の不機嫌の理由、娘の婚家の選定。今の私が知って勉強になることってなんだと思いますか?」
「・・・なんでしょうね?」
「今度はアナスタシアさんが貸して下さった、カンバーランド家の記録を読もうと思います。こちらは、大聖徒と言われていたアナスタシアさんのお祖母様の記録書らしいので、そちらの方がためになりそうです。」
「お祖母様と言っても大聖徒としてご活躍されていたのは七十年位前の事でしょう?それなのに古語で記載されているのですか?」
「何かの時にすぐに読まれない様に気をつけて書かれていたようです。」
その時、けたたましい耳に突き刺さる様な高調子で騒がしい音が鳴り響く。里桜は反射的に耳を塞ぐ。恐る恐る耳から手を離すと、先ほどよりは大きくない音でベルは鳴り続けている。
「これは、何ですか?」
里桜がリナに聞くと、
「魔獣が人間の住む区域に侵入したのかも知れません。ここには王宮の執務官なども住んでいますので、緊急事態に備え王宮に出仕する様知らせるベルなんです。」
「では、私も神殿に向った方が良いのでしょうか?」
「アナスタシアさんが神殿から戻ってきていないので何か情報を持ってくると思います。とりあえずは、アナスタシアさんをお待ちしましょう。」
「はい。」
∴∵
「シルヴェストルどうだ?」
「あぁ。今、ジルベールが国軍と連携を取って対処しているが、怪我をして戻ってきた国軍の兵士によると、魔獣が現れたのを確認したあとすぐに一体が暗闇に包まれたと言うんだ。」
「暗闇?」
「あぁ。すぐ隣にいるはずの相棒の姿すら全く見えなくなったと。それで、気がついたときには鋭い何かで切りつけられ、横から何かにぶつけられ気を失ったと。」
「それで、その魔獣は今どの付近にまで来ているんだ?」
「ドンカーの森の南にどうにか止めているらしい。」
近衛騎士団副団長でレオナールの同腹の兄であるシルヴェストルは、長机に広げられた地図の東側に深く広がる森を指す。
「しかし、ジャイドーステンの町は目前だ。魔獣の姿を見た物は、初めての魔獣だと言っている。しかも視界を遮られてしまうために、手練れの兵士たちも苦戦している。今は、リュカが前線で踏ん張ってくれている様だが・・・アルも現地へ行くと言っているのをシルヴァンがどうにか止めてくれている。」
「こんな時、お前と同じ橙の力を持つルシアンがいないのは痛手だと思うが、離宮で護衛しているあいつの耳には入れない様に努めてくれ。」
「あぁ。分かってる。俺もこれから現地へ行く。あと、ロベール尊者とシド尊者も一緒に。」
「そうか、武運を祈る。」
シルヴェストルは、小さく‘あぁ’と言ってレオナールに似た目を細めた。
だいぶ読み慣れた古語とは言え、古い文章を読むのは一苦労で、進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返していた。
先ほど一週間がかりでやっと読み終えたのはレオナールが突然貸してくれた古記録で、大昔の王家に仕えた執務官が日記として書いた物らしかった。特に、魔術のことが記載されているわけではなかったが、公式な史書には載っていない救世主の日常の事なども書かれていた。
「陛下からの古文書はそんなにも難しい内容でしたか?」
リナが首を傾げていた里桜に話しかける。
「逆です。なんの実りもない内容と言うか・・・古記録なんですけど。人の日記を盗み見ている気分になって落ち着かないと言うか。」
「何をお調べになりたくてお借りになったのですか?」
「突然陛下がこれを読む様にと・・・陛下が私に何を勉強させたいのか分からないので困ってしまって。」
里桜から自然にため息がこぼれた。
「どんな内容が書かれていたんです?」
「本当にただの執務官の日記です。唯一関係がありそうなのは、救世主と渡り人がこの国に召喚されていたって事くらいで・・・。その頃に王室に仕えていた方で、七百年くらい前のものでした。その時の第一王女と渡り人が恋仲であって、年の差や救世主ではない事などから色々と問題が起きたようですけど、まぁ・・・そんな感じです。」
「あら、お二人はそれでご一緒になれたのでしょうか?」
里桜は古記録にそっと手を置いた。
「えぇ。なんとか。救世主も男性でしたが、王女の従姉妹にあたる公爵家の令嬢を王家に養子に入れて、救世主と結婚させることで、渡り人と王女殿下は結婚できたようです。幸せそうに暮らす姿を見て、苦労が報われたと何度も書かれているので、素敵なご夫婦になられたのだと思います。」
「そうですか・・・あとは?」
指を折り思い出しながら、リナに説明する。
「法案可決するまでの苦労や、やんちゃな第二王子の尻拭いの事や、妻の不機嫌の理由、娘の婚家の選定。今の私が知って勉強になることってなんだと思いますか?」
「・・・なんでしょうね?」
「今度はアナスタシアさんが貸して下さった、カンバーランド家の記録を読もうと思います。こちらは、大聖徒と言われていたアナスタシアさんのお祖母様の記録書らしいので、そちらの方がためになりそうです。」
「お祖母様と言っても大聖徒としてご活躍されていたのは七十年位前の事でしょう?それなのに古語で記載されているのですか?」
「何かの時にすぐに読まれない様に気をつけて書かれていたようです。」
その時、けたたましい耳に突き刺さる様な高調子で騒がしい音が鳴り響く。里桜は反射的に耳を塞ぐ。恐る恐る耳から手を離すと、先ほどよりは大きくない音でベルは鳴り続けている。
「これは、何ですか?」
里桜がリナに聞くと、
「魔獣が人間の住む区域に侵入したのかも知れません。ここには王宮の執務官なども住んでいますので、緊急事態に備え王宮に出仕する様知らせるベルなんです。」
「では、私も神殿に向った方が良いのでしょうか?」
「アナスタシアさんが神殿から戻ってきていないので何か情報を持ってくると思います。とりあえずは、アナスタシアさんをお待ちしましょう。」
「はい。」
∴∵
「シルヴェストルどうだ?」
「あぁ。今、ジルベールが国軍と連携を取って対処しているが、怪我をして戻ってきた国軍の兵士によると、魔獣が現れたのを確認したあとすぐに一体が暗闇に包まれたと言うんだ。」
「暗闇?」
「あぁ。すぐ隣にいるはずの相棒の姿すら全く見えなくなったと。それで、気がついたときには鋭い何かで切りつけられ、横から何かにぶつけられ気を失ったと。」
「それで、その魔獣は今どの付近にまで来ているんだ?」
「ドンカーの森の南にどうにか止めているらしい。」
近衛騎士団副団長でレオナールの同腹の兄であるシルヴェストルは、長机に広げられた地図の東側に深く広がる森を指す。
「しかし、ジャイドーステンの町は目前だ。魔獣の姿を見た物は、初めての魔獣だと言っている。しかも視界を遮られてしまうために、手練れの兵士たちも苦戦している。今は、リュカが前線で踏ん張ってくれている様だが・・・アルも現地へ行くと言っているのをシルヴァンがどうにか止めてくれている。」
「こんな時、お前と同じ橙の力を持つルシアンがいないのは痛手だと思うが、離宮で護衛しているあいつの耳には入れない様に努めてくれ。」
「あぁ。分かってる。俺もこれから現地へ行く。あと、ロベール尊者とシド尊者も一緒に。」
「そうか、武運を祈る。」
シルヴェストルは、小さく‘あぁ’と言ってレオナールに似た目を細めた。