転生聖職者の楽しい過ごし方
 ガタッと音がしてリナは目覚めた。自室の扉を開けると薄暗い中に人影があった。驚きのあまり声を出すギリギリのところで声を飲み込んだ。
 相手は里桜を抱えたレオナールだったからだ。リナが問いかけの言葉を発するより先にレオナールは首を横に振り、声を出すなと合図する。リナは里桜の寝室に案内するために二階を指し示した。
 リナが先導し、里桜の寝室へレオナールを招き入れる。里桜を優しく丁寧にベッドへ寝かせ自身はそのままベッドに腰を下ろした。里桜の黒髪を静かに撫でていると、ふと視線に気がつき、リナの方へ視線を向ける。
 リナはこれでもかと言うほどに眉間にしわを寄せている。レオナールは静かに里桜から離れた。

「陛下、どう言う事です?」
「色々と・・・兎に角まず部屋を出て下へ降りないか?リオが目覚めてしまう。」


∴∵


 事の成り行きをリナが納得した頃には外は明るくなっていた。

「これ以上時間が経ちますと、下働きの者が起きて参ります。リオ様にこれ以上噂が立ってしまっては困ります。さっ陛下お帰りください。」
「さんざん説明をさせておいて、その扱いはないだろうリナ。」
「私が第一に考えるのはリオ様の事です。陛下の言動には皆が注視しておりますので、軽率な行動は慎んで頂きたいと思っているだけです。」
「・・・あぁ。悪かった。もう帰る。最後に一つ。リオは少し疲れている様だ、酷い怪我を見たのだ、体力や魔力より気持ちの方が心配だ。頼まれなくとも分かっているだろうが、労ってやってくれ。」

 リナはニッコリと笑い深々と頭を下げる。


∴∵


[こんにちは、お嬢さん。]

何?何で陛下が?

[これは世を忍ぶ仮の姿。最近は随分彼と親しいみたいだから、彼の姿を借りたけど・・・こっちの方がしゃべり易い?]

オリヴィエ参謀?

[我にとって、姿形など些々たる事。それには重要性などない。君を原始の頃の彼女と同様に愛せるのも、君の魂に彼女が見えるからで、君の姿などに興味はないんだ。でも、人間には姿形が重要だろう?だから、君たち人間に合わせて姿を作っているんだ。君にとっては多分、今のこの姿が一番気の置けない話が出来るだろうと思ってね。]

オリヴィエ参謀の姿と声で愛せるとか言わないで。変な気分。それで、何故私に会いに来たの?私は呼んでないけど。

[そう言わないで。君は我の思っていた通りに日々この世界に順応しようと努力を続けてくれている。今日は疲れただろう。君の前の生活から考えたら、辛く筆舌に尽くしがたい光景だっただろう。我なら目を閉じてもあの光景が浮かばなくすることも出来る。さぁどうする?]

いいえ、いい。消さなくていい。それも含め私の持っている力の責任って事なのでしょう?

[まぁそうだな。その力を得た事による犠牲は大きい。君にとっては望んですらいなかった強大な力なのに理不尽に思わないのか?]

別に、筋の通らない話だとは思ってない。現に私は大きな力を持っちゃったんだから。それに伴って責任や犠牲がある程度あるのは仕方のないことだと私は思ってる。あの光景を思い出せば、この先どうしたらこの国の人々があんな辛い思いをせずに暮らせるかをこれからもっと真剣に考える様になると思う。だから、消さなくていい。

[随分と逞しいな。]

きっと、あなたが愛している魂のせいだと思う。あっ。ねぇ、暗視装置をどうにか作れない?

[暗視装置?]

そう、それか、熱線映像装置っていうのかな?

[ダウスターニスの対処のため?]

そう。帰りに廊下ですれ違ったとき、陛下が言っていたの。暗闇を作る魔獣が現れた様だって。その魔獣ダウスターニスって言うの?

[あれは、我が振ったサイコロ。力を貸すことは出来ない。]

もう、ケチ臭い。

[ケチ臭いとは、何だ。]

でも、名前があるってことは以前からいる魔獣ってこと?だったら、古記録に載ってるの?

[あの国に出たことはない。]

えっ、じゃあ他の国って事ね。討伐の仕方があるのよね?何を調べればよいのかだけでも教えてよ。その国はどうやって倒したの?

[以前、ダウスターニスが出現した国は潰滅してしまった。]

はっ?魂を愛してるとか言っておいて、召喚して早々に私を殺すの?ちょっと。流石にそれは……それこそ理不尽じゃないの?私が死んだらIrisの魂はどうなるの?

[また、生まれ変わるのを何千年と待つしかない。そんな時の流れ、我にとっては大した長さではないからね。]

はぁ?私は日本に大切な家族もいて、それなりに楽しい生活もしていたのに、異世界召喚だって勝手に殺されて、連れてこられたのにもうこの人生ともサヨナラ?こっちにだって大切な人たちが出来たのに。この、ボンクラ神っ。

[ハッハッハッ。本当に見てて飽きないな。まぁ確かに、それも一理あるかな。では、今回は特別。暗視できる魔法陣を作ろう。ガラスに付与すれば、ガラス越しに暗視できるようにしておく。これぞ神の力だよ。でも、こんな手助けするのも今回限りだ。]

ありがとう。本当に感謝します。これからはきちんと神様にお礼を言って生活します。(ごめんなさい。日本の神様たち。もっと心からお礼しておくべきでした。)

[千年前の隣国の戦記を読めば、ダウスターニスの弱点が記載されているだろう。それではIris、健闘を祈る。]


∴∵


 朝食を食べ終わり、日課のハーブティーを飲んでいると、ジルベールとクロヴィスが朝からやって来た。
 リナが手早く片付け、二人を迎え入れた。

「悪いな、朝早くに先触れも出さず。」

 二人が乗ってきたのが高位貴族の乗る紋章付き馬車ではなく、簡素な馬車であるので、二人の訪問はお忍びなのだと悟る。

「いいえ。大丈夫です。騎士団の方たちのお怪我は大丈夫ですか?」
「あぁ。騎士団は貴族で魔力持ちが多いが、魔獣討伐の前線に出向く隊は少ないからな。」

 いつになく重い調子のジルベールに里桜は違和感を抱き、すぐに感じ取った。

「私の虹の力が必要だと言いにいらしたのですか?前線へ行って欲しいと?」

 クロヴィスが珍しく表情を崩し、困った様に笑った。

「リオ嬢は察しが良くて助かる。」
「クロヴィス様。」

 声を出したのはアナスタシアだった。令嬢として育った彼女には大変珍しい大きな声だった。

「アナスタシアさん。大丈夫。」

 里桜は後ろに控えるアナスタシアに笑顔を向ける。

「私が前線に向う前に、一つ試したいことがあるんです。急いで用意してもらいたい物があって。」
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