転生聖職者の楽しい過ごし方
 神殿の個室にジルベールとクロヴィス、リナにアナスタシアそして里桜が揃った。里桜の前には三十㎝四方のガラス板が置かれている。昨夜‘神’から貰った魔法陣をガラスに付与する。

「多分。これで出来上がったと思うんですが・・・」
「ガラスに何の魔法陣を張ったんだ?」
「これ・・」

 そこで力強くノックの音がして返事と同時に入ってきたのは、アランとシルヴァンだった。

「リオ嬢の言うとおり、千年前のエシタリシテソージャの戦記に闇遣いの魔獣の話が載っていた。」
「ラウトルフトと言う小さい国にダウスターニスと言う魔獣が現れ、国を暗闇に包んでその国の民を根絶やしさせたと。」
「それじゃ・・・」
「いや、それで、その隣国ステアクに救世主がいて、救世主が魔獣を討伐したと書いてある。その国が亡国を吸収し今のエシタリシテソージャが出来上がったらしい。」
「やっぱり、救世主の力がなければ、勝てないのか・・・」

 男性陣の視線を受け、里桜は少し笑った。

「このガラスには暗視の魔法陣を付与しました。」
「そんな事が出来るのか?」
「うーん・・・たぶん。何処か真っ暗闇になる場所はないですかね?」
「黙想室はどうだ?」
「二人で入れるスペースですか?」
「立ってれば入れるだろう。」
「それじゃ、ヴァンドーム団長。印を付けたこっち側が手前で、ガラス越しに見てみて下さい。さっ黙想室とやらに行きましょう。」

 アナスタシアに案内され、重厚な木製の扉を開けると二平米にも満たなそうな狭い部屋が現れた。窓もなく、ただ備え付けのベンチがあった。
 通常はろうそく一本だけを持って入り、人々はここに座って静かに神と向き合う。里桜はそのベンチに腰掛け、ガラスを持ったジルベールが後に続き、扉を閉めた。
 皆が扉の前で待つこと一分ほど、興奮気味のジルベールが部屋から出てきた。

「どうだった?」

 まず口を開いたのはクロヴィスだった。

「兎に角、持って中に入ってみろ。」

 ジルベールにガラスを渡されたクロヴィスは素直に従った。そして程なくして出てきた。

「急いで、これを前線へ持って行け。」

 ジルベールはガラスを受け取り頷いた。

「アルからダウスターニスの弱点は聞いた。急いでリュカの軍隊に合流してくる。」
「あぁ。頼む。」

 ジルベールはガラスを小脇に抱えて走り去っていった。里桜はその姿を見届けると、その場に座り込んだ。

「どうした?」

 クロヴィスが里桜に問いかける。

「ちょっと、魔力を使いすぎて・・・すぐには二枚目の暗視ガラスは作れそうもないです。」
「そんなことは、構わない。ジルベールなら良い作戦を考えているはずだ。」
「でも、今も負傷した兵士が運ばれてきているんじゃ?」
「昨日、俺たちの弟や尊者が前線へ行って、結界を張ってどうにか足止めをしている。そのおかげで負傷兵は少なくなっていた。こちらでの急務は魔獣が何者で、どう倒すかを調べることだったんだ。君のおかげで全て解決したよ。ありがとう。」
「いいえ。それは良かったです。では、今日は午前中休んでいても大丈夫でしょうか?」
「あぁ。アナスタシア、リナ。女神を部屋で休ませてやってくれ。」
「はい。」


∴∵


 レオナールは執務室で一人、歴代の王が後進のために書き綴った王家に受け継がれる古文書を読んでいた。背表紙をパタリと閉じ、頭を抱える。里桜の部屋から帰ってずっと古文書を読んでいるが、今回現れた魔獣の正体は掴めなかった。

「このままじゃ、本当にリオを前線に送り出さなくてはいけなくなる・・・」

 その時、昨日里桜から返された紙袋を手に取った。国の事を第一に考えて今まで行動してきたつもりでいたが、窮地に立たされている今、国の事よりも、たった一人の無事を望んでしまう。そんな自分に自嘲する。紙袋を開くと、中は何故か里桜の洗礼式の時の様な光が満ちていた。恐る恐る古記録を手に取ると、光はノートの間から漏れていた。

「なんだこれ?」

 レオナールは頁をそっと開いた。そこにはしおりが挟まれていて、その押し花が発光していた。

「これは・・・」

 レオナールはしおりを手に取った。

「近衛騎士団団長ヴァンドーム閣下お見えです。」

 しおりをハンカチで包んでシャツの胸ポケットにそっとしまった。

「入れ。」

 ジルベールは勢いよく部屋に入ってきた。その手にはガラス板が持たれている。
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