転生聖職者の楽しい過ごし方
「次の方どうぞ。」
里桜が声をかけると入ってきたのは白髪が目立つ年配の女性だった。今日は、一般向け治療所の当番日だった。神殿を退職した聖徒たちが町に治療所を作ったりもしているが、王都では現役の聖徒が治療をしてくれる治療所が人気だった。
「きょう…」
「あんたが渡り人かい?」
「はい。そうですが。」
「あんたのいた世界がどんなところか知らないが、この国はね、働かないやつは食うことも出来ないんだ。救世主様ばかりに働かせて、とんだ金食い虫だね。ちゃんと働きなっ。」
女性はそれだけ言うと軽い足取りで部屋を出ていった。呆気に取られていた里桜に話しかけたのは、本日の護衛役のシメオンだった。
「リオ聖徒。反論をして下さい。あれではまるで聖徒が、何もしていないみたいではないですか。」
「別に反論の必要なんてありませんよ。それに、お年の割にお元気そうで良かった。」
里桜が笑って話すと、シメオンはさらに眉間に力を入れた。
「いいえっ。私達国軍はリオ聖徒に大変助けられました。それなのに、その功績を公に出来ないばかりか、救世主様の手柄になるなんて。」
シメオンは悔しそうな顔で里桜を見つめる。平民の多い国軍に対して利子の当たりは良いものとは言えず、国軍の中で利子の評判はすこぶる悪かった。
依然、利子が救世主だと思われてはいるが、里桜の魔力も普通の渡り人より強いのではないかと勘付いている兵士も多く、今回の魔法陣も国軍の中では里桜が作った物だと確信に近い見解になっていた。
その功績を公表するべきだと言う国軍兵士の声があまりに多く、結局アランが魔法陣は里桜が作った物だと認めた上で、事情により公表はせず、今後この事は一切口外しない事と国軍内へ公式的に発表する騒ぎにまでなっていた。
「ありがとう。シメオン。私は、私を理解してくれる仲間に恵まれて本当に幸せなんです。それに、この前の魔獣討伐に私の功績なんて本当にないんです。」
「そんな事はありません。」
「だって、ダウスターニスって目視出来たら子供くらいの大きさだったって。動きもとても遅くて、ただ、大きい尻尾と大きい爪を持っているだけだったとヴァンドーム団長から聞きました。」
「確かに、目視出来たらなんてことのない魔獣でした。急所が首の裏にあることもわかっていた。しかし、それは聖徒の暗視装置があったからこそです。」
「いいえ、やっぱり騎士団第一団隊や、国軍の前線部隊の皆さんのおかげです。それに私があの時寮の部屋で寝ていたのは本当の事ですしね。」
暗視の魔法陣を付与した後、部屋に戻ると強烈な睡魔に襲われてベッドへ倒れ込んだ。そして、言い忘れをしていた'神'からあの魔法陣は大量の魔力を使うため、頻繁に作らないようにとの注意と、人間が使えるギリギリの魔力で作るので、虹の力以外で作ろうとすると、死んでしまうこともあると説明されていた。
里桜が目覚めた時には、魔獣討伐は終わっており、自分が丸一日眠り続けた事をその時に知った。
そんな訳で、治療所も結果二日間休むことになり、次に治療所に出仕したら、里桜は忙しい時にサボる渡り人の扱いになっていた。
「さっ、シメオン。次の患者さんを呼んで下さい。」
∴∵
「救世主トシコ様。本日もお疲れさまでございました。お湯を張ってありますので、お入り下さい。」
「そう。わかったわ。」
魔獣討伐の際の魔法陣の事は偶然の産物だった。そもそも、利子は魔獣が現れたことすら知らなかったのだ。リリアンヌが口うるさく魔術の訓練をさせるのが鬱陶しく、仮病を使って部屋で寝ていた時、レイベス尊者が利子を訪ねて離宮に来た。
それも仮病で面会を拒否して、部屋に籠っていたら、気がつけば強力な魔法陣を作り、難敵の魔獣を倒す手助けをしたと噂になっていた。
仮病で籠っていたのも魔力の使いすぎによる疲労だと回りが勝手に解釈していた。
「誰が作ったのか・・・まぁ、多分あの子でしょうね。でも、自分が作った魔道具だと主張をしないんだから、私も作っていないとは言わない。彼女善良そうだから、私の手柄になっても文句も言わないだろうし。」
∴∵
里桜の前にはまた、ガラス板が置かれている。今日は、シドもレオナールも一緒にいる。‘神’から授かった魔法陣をガラスに描き込んでいく。
「はい。これで、暗視の魔法陣付与できました。」
そう言うと、里桜はすぐに椅子に座った。
「この魔法陣は、とても魔力を使うので度々作ることが出来ません。」
「リオ様、魔力を回復させる薬草茶でございます。」
「ありがとうございます。」
リナがマグカップに入った透明度の全くない黒茶色の液体を渡す。この何とも形容しがたい疲労感は寝れば治るのだと思うとわざわざ飲みたくもなかったが、シドやリナの好意を踏みにじることは出来ず、大人しく受け取った。
「この前の物は国軍が保管しているから、新しく作ってくれたこのガラスは、近衛騎士団に渡すとしよう。国軍と騎士団に一枚ずつあれば、次にダウスターニスが現れても十分対処出来るだろう。しかし……今回の事はすまなかったリオ。」
薬草茶のあまりの苦さに顔をしかめながら飲んでいた里桜が顔を上げる。
「えっ?何の事ですか?」
「今回の事で、神殿でのお前の立場が悪くなったと聞いた。」
「あぁ。その事ですか、それならば陛下はお気になさらないで下さい。私があの日部屋で寝ていて皆様にご迷惑をおかけしたのは事実です。他の聖徒様は寝る間も惜しんで働かれていたのです、気を悪くされるのは当然です。」
里桜は明朗な笑顔をレオナールに向けた。誰もそれ以上は言葉を発しなかった。
里桜が声をかけると入ってきたのは白髪が目立つ年配の女性だった。今日は、一般向け治療所の当番日だった。神殿を退職した聖徒たちが町に治療所を作ったりもしているが、王都では現役の聖徒が治療をしてくれる治療所が人気だった。
「きょう…」
「あんたが渡り人かい?」
「はい。そうですが。」
「あんたのいた世界がどんなところか知らないが、この国はね、働かないやつは食うことも出来ないんだ。救世主様ばかりに働かせて、とんだ金食い虫だね。ちゃんと働きなっ。」
女性はそれだけ言うと軽い足取りで部屋を出ていった。呆気に取られていた里桜に話しかけたのは、本日の護衛役のシメオンだった。
「リオ聖徒。反論をして下さい。あれではまるで聖徒が、何もしていないみたいではないですか。」
「別に反論の必要なんてありませんよ。それに、お年の割にお元気そうで良かった。」
里桜が笑って話すと、シメオンはさらに眉間に力を入れた。
「いいえっ。私達国軍はリオ聖徒に大変助けられました。それなのに、その功績を公に出来ないばかりか、救世主様の手柄になるなんて。」
シメオンは悔しそうな顔で里桜を見つめる。平民の多い国軍に対して利子の当たりは良いものとは言えず、国軍の中で利子の評判はすこぶる悪かった。
依然、利子が救世主だと思われてはいるが、里桜の魔力も普通の渡り人より強いのではないかと勘付いている兵士も多く、今回の魔法陣も国軍の中では里桜が作った物だと確信に近い見解になっていた。
その功績を公表するべきだと言う国軍兵士の声があまりに多く、結局アランが魔法陣は里桜が作った物だと認めた上で、事情により公表はせず、今後この事は一切口外しない事と国軍内へ公式的に発表する騒ぎにまでなっていた。
「ありがとう。シメオン。私は、私を理解してくれる仲間に恵まれて本当に幸せなんです。それに、この前の魔獣討伐に私の功績なんて本当にないんです。」
「そんな事はありません。」
「だって、ダウスターニスって目視出来たら子供くらいの大きさだったって。動きもとても遅くて、ただ、大きい尻尾と大きい爪を持っているだけだったとヴァンドーム団長から聞きました。」
「確かに、目視出来たらなんてことのない魔獣でした。急所が首の裏にあることもわかっていた。しかし、それは聖徒の暗視装置があったからこそです。」
「いいえ、やっぱり騎士団第一団隊や、国軍の前線部隊の皆さんのおかげです。それに私があの時寮の部屋で寝ていたのは本当の事ですしね。」
暗視の魔法陣を付与した後、部屋に戻ると強烈な睡魔に襲われてベッドへ倒れ込んだ。そして、言い忘れをしていた'神'からあの魔法陣は大量の魔力を使うため、頻繁に作らないようにとの注意と、人間が使えるギリギリの魔力で作るので、虹の力以外で作ろうとすると、死んでしまうこともあると説明されていた。
里桜が目覚めた時には、魔獣討伐は終わっており、自分が丸一日眠り続けた事をその時に知った。
そんな訳で、治療所も結果二日間休むことになり、次に治療所に出仕したら、里桜は忙しい時にサボる渡り人の扱いになっていた。
「さっ、シメオン。次の患者さんを呼んで下さい。」
∴∵
「救世主トシコ様。本日もお疲れさまでございました。お湯を張ってありますので、お入り下さい。」
「そう。わかったわ。」
魔獣討伐の際の魔法陣の事は偶然の産物だった。そもそも、利子は魔獣が現れたことすら知らなかったのだ。リリアンヌが口うるさく魔術の訓練をさせるのが鬱陶しく、仮病を使って部屋で寝ていた時、レイベス尊者が利子を訪ねて離宮に来た。
それも仮病で面会を拒否して、部屋に籠っていたら、気がつけば強力な魔法陣を作り、難敵の魔獣を倒す手助けをしたと噂になっていた。
仮病で籠っていたのも魔力の使いすぎによる疲労だと回りが勝手に解釈していた。
「誰が作ったのか・・・まぁ、多分あの子でしょうね。でも、自分が作った魔道具だと主張をしないんだから、私も作っていないとは言わない。彼女善良そうだから、私の手柄になっても文句も言わないだろうし。」
∴∵
里桜の前にはまた、ガラス板が置かれている。今日は、シドもレオナールも一緒にいる。‘神’から授かった魔法陣をガラスに描き込んでいく。
「はい。これで、暗視の魔法陣付与できました。」
そう言うと、里桜はすぐに椅子に座った。
「この魔法陣は、とても魔力を使うので度々作ることが出来ません。」
「リオ様、魔力を回復させる薬草茶でございます。」
「ありがとうございます。」
リナがマグカップに入った透明度の全くない黒茶色の液体を渡す。この何とも形容しがたい疲労感は寝れば治るのだと思うとわざわざ飲みたくもなかったが、シドやリナの好意を踏みにじることは出来ず、大人しく受け取った。
「この前の物は国軍が保管しているから、新しく作ってくれたこのガラスは、近衛騎士団に渡すとしよう。国軍と騎士団に一枚ずつあれば、次にダウスターニスが現れても十分対処出来るだろう。しかし……今回の事はすまなかったリオ。」
薬草茶のあまりの苦さに顔をしかめながら飲んでいた里桜が顔を上げる。
「えっ?何の事ですか?」
「今回の事で、神殿でのお前の立場が悪くなったと聞いた。」
「あぁ。その事ですか、それならば陛下はお気になさらないで下さい。私があの日部屋で寝ていて皆様にご迷惑をおかけしたのは事実です。他の聖徒様は寝る間も惜しんで働かれていたのです、気を悪くされるのは当然です。」
里桜は明朗な笑顔をレオナールに向けた。誰もそれ以上は言葉を発しなかった。