転生聖職者の楽しい過ごし方

第21話 爵位を賜る者

「んーー。」

 里桜が両腕を挙げて大きく伸びをした。里桜の目の前には出来上がったばかりの魔剣が三本置かれている。最近は座学の時間が減り、その分丸一日神殿で働く日が多くなった。
 そのおかげで追加受注のあった魔剣を一日作る事が出来るのだが、暗視ガラスと同じく魔剣も里桜が作っていることは公にされていなかったので、他の仕事の進みが遅く神殿での里桜の立場はますます狭くなっていた。
 今日も朝から魔剣作りをしていて、昼前三本の魔剣が出来上がった。それを抱えて近衛騎士団の棟へ向った。

「神殿の聖徒、里桜でございます。尊者様の使いで魔剣を納めに参りました。お通し願います。」

 守衛に頭を下げると、‘入れ’と短く指示される。剣を納める第一団隊の詰め所は一階の一番手前だが、事情を知るジルベールに直接渡す約束になっているので、長く大きい剣を三階まで持って上がらなければならなかった。
 普段から鍛えている人間なら軽く腰に差せる剣も、背が低く鍛えていない里桜が三本も持つと地味に重く、階段は一段一段をゆっくり上がらなければならなかった。

「おぉ、来たぞ。カタツムリ。」

 騎士たちが鼻で笑う様にしてすれ違う。初めは何のことか里桜には分からなかったが、それが動作や思考の鋭敏さに欠けている人を指す言葉と知ったのはつい最近の事だった。
 国軍では利子の評判がすこぶる悪いが、近衛騎士団では里桜の評判がすこぶる悪かった。それは、近衛騎士団と神殿はともに貴族の子息子女が多く、神殿内の噂が騎士団に広まるのはどこよりも早いためだった。
 三階まで登りきって大きく息を吐き出し、左へ進む。どこもかしこも重厚感のある造りで、機能性で造られている国軍の棟とは真逆の印象だった。階段から数えて三つ目の扉の前にいる騎士へ一礼する。

「ヴァンドーム近衛騎士団団長へお目通り願います。」
「何用だ。」

 毎日ここへ魔剣を納めに来ているし、この騎士とは今週ここで会うのは三度目だ。

「魔剣の納品に伺いました。お目通り願います。」
「ヴァンドーム閣下、神殿より渡り人が来ております。」

 ‘おう良いぞ’と軽いジルベールの返事が聞こえた。里桜はもう一度騎士へ一礼して扉を開けて中へ入った。

「悪いな。いつもいつも。」

 ジルベールが執務机から大股で里桜に近づく、気がつけば剣をひょいっと取り上げて側のテーブルへ置いた。

「あいつらには良く言って聞かせる。気を悪くしないでくれ。」
「別に気にしていませんので、大丈夫ですが・・・それにも関係することで、ちょっと・・・」
「何だ?」
「騎士団の方々と国軍の方々なんですが・・・」
「おーそれか・・・」

 この国には近衛騎士団と国軍がある。元から貴族しか入団できない騎士団と平民主体の国軍とは仲が良いとは言えなかったが、魔獣討伐以降その不調和は際立つ様になっていた。
 それが、騎士団に護衛されている利子と、国軍に護衛されている里桜の存在が関係しているのは明らかだった。

「前にこの剣を納品するために兵士の方とここへ来たら、今にも喧嘩を始めるんじゃないかと思う様な感じで。実はその日から護衛当番の目を盗んでここへ来ているんです。」
「おーだから、重たい剣を一人で持って来ていたのか。」
「でも、私が一人でここへ来ていると知れたらきっと兵士の皆さんが怒られてしまうので、もうそろそろ一人で来るのも限界かなと。」

 “おう”と短く言った後、

「なら、明日からは第一隊のやつらを剣の引き取りに行かせる事にする。」
「それじゃ、私が魔剣を造っているとばれてしまいますよ?」
「あいつらは多分、気がついているさ。」
「えっ?」
「日中は弟で第一の団隊長、ルシアンが護衛に付いているが、出かけるときや、夜中は他の隊員が護衛に付いている。日々の過ごし方を見ていれば、その人となりは自ずと見えてくるもんだ。」

 執務机に軽く腰掛け、ジルベールは優しく笑った。

「お嬢ちゃんも自分の力を十分に扱える様になったのに、レオはレオで何か考えがある様なんだが・・・なんで早く公表しないんだろうな。」
「公表はされなくても構わないんです。」
「あーそうだったな。でも、このままじゃ肩身狭いだろう?そのままでいいのか?」
「はい。」

 おかしそうに笑って口元に手を当てる、その大きく頑丈そうな手を里桜は見ていた。

「随分あっさり言うな。」
「でも、本当の事なので。仕方がないですよね。」
「別に仕事を怠けているわけではないだろうし、虹の魔力持ちとして魔剣作りやその他の事をやって、人より仕事が多くなって書類仕事が進まないだけだろう?」

 机の上の物を、いじりながらそれでも真剣な顔でジルベールは言う。

「ヴァンドーム団長は随分私の仕事内容をご存じなんですね。」
「あぁ。神殿とここは筒抜けなんだよ。貴族のお坊ちゃん同士仲睦まじくってな。」
「貴族のお坊ちゃんって・・・自分がその最たるものでしょう?公爵閣下。」

 里桜の失礼すぎる一言も、いつもの大笑いでサラリとかわした。里桜は、討伐の時の重いジルベールの顔を思い出してほっとした。

「私、物事は多角形の立方体みたいな物なんだと思うんです。だから、私が見えていない方向から物を見ている人には全く違う物が見えている。同じ何かを見ていても方向が真裏なら気がつく物も見える物も違う。ただそれだけで、私が間違えているとか、真裏から見ている人が間違えてるとかそんなんじゃなくて、どっちも正しい・・・なんて事もあるんじゃないかなと。私の書類仕事が遅いのは本当の事で、それで迷惑をかけているのも本当の事。だから‘かたつむり’って呼ばれることも、当然と言えますよね。」

 里桜が笑うとジルベールも笑った。

「だけど、私やとしこさんの存在のせいで騎士団の方たちと国軍の方たちが変な風になってしまうのは心苦しいと思っています。それじゃ、書類片付けないといけないので、失礼致します。」

 里桜が頭を下げると、ジルベールは手をひらひらさせて見送った。
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