転生聖職者の楽しい過ごし方
「ロベール様、少しよろしいでしょうか?」

 レイベスは競技場の観覧席にいたロベールに耳打ちをした。二人は、その場を離れて、階段の踊り場へ出た。

「救護テントの雑務をやらせている神官からなのですが、負傷兵の様子がおかしいと・・・」
「何?治療の担当は例の渡り人だろう?何か不手際でもあったのか?」
「それが・・・来てみて様子を見てもらいたいと言うんです。」
「何だと?傷が治りきってないのに治療をやめたりしているのか?」
「とにかく、テントへ。」
「わかった。騒ぎになると、神殿の不名誉だ。お前は席へ戻りなさい。テントへは私だけで行く。」
「分かりました。」

 ロベールは急ぎ足で救護テントへ向った。今までで終わった試合は三試合。計六名の負傷兵がいる。
 観覧席で見ているだけでも、中には深手を負った兵士がいた。普段より折り合いの悪い騎士団と国軍だが、魔獣討伐の前線部隊からこんな量の負傷兵を出してしまったら、明日もし魔獣が出たらどうするのだと心配になっていたところだった。
 ロベールは自分の判断を悔やんでいた。

「王の指示とは言え、やはり、もう一人まともな聖徒も付けるべきだったか。騎士と兵士がこんなに真剣にやり合うとは思わなかった。あいつらも、面子など拘らず、良いところで決着をつければ良いものを・・・。」

 ロベールが救護テントに着くと、そこには思いもよらない状態になっていた。
 対戦は全八組、参加人数十六人全員が傷を負っても大丈夫な様に十六床のベットを用意していた。そこに既に試合を終えた六人が居るにはいたが、

「もう大丈夫だと言っている。傷も見た通り治っているし、体力も回復しているんだ。」
「いいえ、治療が終わってから、少なくとも一日は寝ていてもらわないと。」
「だから、一日寝てなくてはいけないのは体力が回復しないからだろう。聖徒に治療を受けて、体力も戻っていると言っているだろ。」
「傷と一緒に体力が回復されるようなお怪我ではありませんでした。熱傷に手足にはざっくりと裂傷があったでしょう。きちんと休んでいてください。」
「だから……」

 騎士と神官がどちらも譲らずに言い合っている。それは、そこだけの出来事ではなくどのベットでも、神官や聖徒と騎士や兵士たちが言い合いをしている。

「君……」

 ロベールが神官へ声をかけると恭しく頭を下げた。

「彼は?」
「先ほどの組で負傷した騎士様です。」

 ロベールは思い返す。国軍の兵士が凄まじい勢いの火の魔剣を使っていた。その熱で相手の騎士は熱傷も負っていたはずだった。

「君は、火の魔剣を使った特伐隊と対戦していたか?」
「はいそうです。私は水の魔術で戦っていました。」
「熱傷は?派手にやられていただろう。」
「はい。あまりにも威力の強い魔剣でしたから。やられてしまいました。」
「あんな傷を負っていたのだ、傷は治ったとしても体力の回復までは寝てなくては……」
「ロベール尊者にも、私が体力を消耗しているように見えますか?」

 ロベールは、軽く息を吐く。

「いいや、もう帰って良い。君は完璧に回復している。」

 騎士は一礼して、小走りにその場を去った。その後もロベールは一人一人回復状態を見て、帰るよう許可を出した。
 診療室用に別誂えされたテントをロベールは見ていた。

「私は、とんでもなく、判断を誤っていたのかもしれん。」


∴∵


「始め。」

 リナの対戦相手は、近衛騎士団第二団隊第一中隊第二小隊隊員だ。第一団隊ではないため、魔剣ではなく普通の真剣同士の戦いだが、操れるのなら、魔術剣を使用しても良い事になっている。
 初めは押され気味のように見えていたが、リナが剣筋を見切ってからは形勢は逆転した。リナの巧妙な魔術剣は相手の視界を塞ぎ、更には水、氷と使う術を変えてゆく。その技術力の高さに始めは野次を飛ばしていた騎士側も見入る。
 もう一度、砂嵐が吹くと二人の姿は観客から見えなくなった。砂が落ち着いて姿が見えたときには、リナの鋒は、相手騎士の喉仏の上を捉えていた。

「終了。」

 リナは丁寧に一礼すると、何事もなかった様に競技場を後にした。
 その姿を救護テントから少し離れた所で見ていた里桜は、リナに大きな怪我が無かったことに胸を撫で下ろした。
 少しすると、対戦相手だった騎士が救護テントへやって来た。砂嵐のせいで、目が上手く開かないようだった。
 目の中の砂を取り除くイメージをする。

「ゆっくり目を開けてみて下さい。どうですか?まだゴロゴロしますか?」
「いえ、もう大丈夫です。痛みはありません。」
「良かった。あとは身体中に切り傷がありますね。」
「あっ、これは大丈夫です。」
「だめです。傷口に砂や泥が着いていると、後々傷口が化膿したりします。きちんと処置しないと。」

 里桜が笑顔を向けると、騎士は居心地の悪そうな顔をした。

「はい。終わりました。傷口の洗浄と治療をしましたけど、他に気にかかるところはありますか?」
「いいえ。大丈夫です。」
「そうですか。それでは、お大事になさって下さい。」

 騎士は小さな声で何かを言うと急ぎ足で帰って行った。
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