転生聖職者の楽しい過ごし方

第26話 本来の姿

「救世主トシコ様。おかえりなさいませ。」
「出迎えありがとう。リンデル。明日はパレードだから体を入念に手入れしたいの。準備して頂戴。」
「畏まりました。救世主トシコ様。」

 リンデルは急いで準備に向う。

「ねぇ、ルー。」
「何でしょうか、救世主トシコ様。」
「いいえ、何でもないの。あなたも演習に参加したかったんじゃない?見応えがあったものね。」
「いいえ、私の役割はトシコ様をお守りすることです。」
「そうね、あなたの綺麗な顔が傷ついても困るものね。ねぇ、ルー。王妃になるのは私しかいないわよね。」
「はい。救世主トシコ様。」
「王妃になっても私を守ってね、ルー。」
「はい。救世主トシコ様。」

 リンデルとルシアン以外の人物に利子の魔術がかからなくなっていた。その事に気付いて自分の魔力が尽きてしまうのかと利子は焦っていた。


∴∵


 王宮の庭の端にあるイリスの泉の畔に大勢の騎士や兵士が集まっている。里桜の魔術でそこかしこに光が浮遊していて、幻想的な雰囲気になっている。

「暗くなって、お開きにするしかないかと思ったが、この光の浮遊物は思いのほか情緒的だな。」

 グラスのワインを飲みながら、ジルベールが言う。

「これは、蛍って言う光る虫をイメージさせたんです。綺麗な水のある所にしか生息できなくて、私も小さいときに学校の宿泊行事で飼育されていたものを見たことがあるだけで、野生の蛍は見たことがないんですけど。」
「クロヴィスやレオナールが面白い渡り人が来たと話しているが、確かに発想が面白い。」

 近衛騎士団の副団長をしているシルヴェストルは愉快そうに言った。

「このお嬢ちゃんの面白みはこんなもんじゃないぞ。」
「俺は、レオに短刀を突きつけて“私の好きな様にさせろ”って脅したって聞いたけど。」

 アランがおかしそうに口を挟んだ。

「違います。突きつけてないし、脅しもしていません。」
「いや、あれは脅しだ。百年単位でこの国を祟ってやるって言われたんだぞ。」

 シルヴェストルは少し驚いた後、口を大きく開けて笑った。髪はダークブロンド、瞳はヘーゼルで一見全く似ていないようにも見えるが、笑った顔がレオナールにそっくりだった。

「本当にこのお嬢ちゃんは底知れない娘なんだよ。」
「結局聞けてないんだけど、討伐の日、なんで隣国の戦記にダウスターニスが載っているって分かったんだ?」

 アランは砕けた格好でチーズをつまんでいる。

「夢のお告げの様なもの…って言えば信じてもらえますか?」

 その場にいた者が放心した。

「まぁ、でもお嬢ちゃんほどの魔力があればそう言う力もあるのかもな。」

 何か納得した様にジルベールは言う。

「そう言えば、ずっと言えなかった。ダウスターニスが出現した際は、助かった。ありがとう。」

 急に畏まったシルヴェストルにお礼を言われ、里桜は戸惑った。

「あっあの。そんなお礼なんてとんでもないことです。私は結局自分が前線へ行くのが怖いので、そうしなくても良い様に暗視ガラスを作ったんですから。実際に魔獣を倒して下さったのは、騎士や兵士の皆さんですから。私にお礼など必要ありません。」
「君があの装置を作ってくれるまで、暗闇だしどんな姿かも分からなかく戦いようがなかったんだ。」
「結局、体長が私くらいしかないすごく愚鈍な動きの魔獣だと聞きました。」
「あぁ。両手の爪だけは異様に大きくそれで兵士は切られていたみたいだ。しかし、動きは俊敏性はなく暗視ガラスがあればなんてことなかった。」
「それはやはり、日頃から皆さんが訓練を欠かさないその成果と言う事でしょう?」

 それを離れた所で聞いていた騎士が、大声で“リオ聖徒に乾杯”と叫び、皆で改めて乾杯をした。


∴∵


 レオナール、ロベール、シドが神殿から王宮に戻る渡殿で庭からの騒がしい声に気がつく。

「そう言えば、第一団隊と特伐隊の合同打ち上げがあると言っていました。」
「若者は…外で酒盛りとは。しかもここは王宮だ。」
「今日は良いではありませんか、叔父上。歴史的な合同演習を成功させ、世辞にも仲が良いと言えない近衛騎士団と国軍の対立緊張が緩んだ記念すべき日です。」
「まぁ。そう言われれば、そうだな。こんなところが年寄りは頭が硬いと言われる所以なのかも知れんな。」

 ロベールは自嘲気味に言う。遠くに里桜を称える声がする。

「その中心にいるのもやはり彼女なのだな…。陛下は行かなくてよろしいのですか?」
「今日は、無礼講です。私が行けばそうもいかなくなるでしょう。」

 少し寂しそうな雰囲気を漂わせる。

「私があれほど、救世主様と閨を共にするように言ってもはぐらかしていたのは、Iris様が陛下の想い人だからですか?」

 ロベールからの突然の質問にレオナールは思わず咽せる。

「年を取るのも悪いことばかりではありませんよ。無神経にこんな事を聞ける様になるのも年を取ったが故です。」

 ロベールは楽しそうに笑って、渡殿を歩き出した。
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