転生聖職者の楽しい過ごし方

第27話 続ける心

「どうぞ。薬草茶です。」
「ありがとう。リナさん。」
「リオ様、本当に大丈夫でございますか?」
「えぇ。大丈夫です。」

 里桜が笑うとアナスタシアは困った顔をする。

「私もリオ様のように、魔力の量や体力の状態を感じることが出来れば、体調管理に役に立つのですけれど。」

 最近何故か体力が回復しない気がしていて、かと言ってずっと寝ているわけにもいかず、仕方なく薬草茶を昼休憩に飲んでいる。

「こんなにも嫌いな薬草茶を毎日自ら飲まれるのですもの。相当お疲れなのでは?」
「本当に大丈夫です。でも、前の騎士団の時の様に倒れてしまうと迷惑かけてしまうので、そうならないための予防です。元気ではあるので、気にしないで下さいね。」

 そこにノックがして、ロベールが顔を覗かせた。

「ロベール様。」
「昼休みにすまないね。少し良いかな?」

 里桜が椅子から立つと、そのままでと手で合図して、中へ入ってきた。里桜の机の前に置かれた椅子にロベールは座った。

「尊者の仕事はいかがだい?」
「はい。私に務まるか不安もありましたが、沢山の方の助けのおかげでどうにか…。」
「それは、良かった。」

 リナが淹れた紅茶をすすりながら、笑顔を向けるロベールを見て、初めてロベールに呼び出された日のことを思い返した。


∴∵


「リオ様、神殿に出仕されるお時間なんですが、実は、朝一でロベール尊者様よりお呼び出しがございまして。」
「えっ?シド様ではなくて?」
「はい。ロベール様です。」

 三人で心当たりを考えるが、思い浮かばず、恐る恐る神殿の部屋を訪ねた。


∴∵


 私が部屋に入ると、ロベール様はとても硬い表情をされていた。思い返してみても、私が関わってきた聖職者はシド様とアナスタシアさんだけ。相手が張り詰めた雰囲気を纏うのは仕方のないことだと思った。
 ロベール様は先王の叔父、王族に名を連ねる人だ(シド様もだけど)。久し振りのカーテシーで自己紹介を結び、ロベール様が勧めてくれたとおり椅子に座る。

「きちんとお話しをするのは、これが初めてでしたね。」
「はい。」
「あなたの働きぶりのことなのですが…」
「大変申訳ありません。私の仕事が遅いことは十分に自覚しています。このままだと、聖徒として身を置いておくわけにはいかないと仰いますならば、せめて神官として働かせて頂ければと。」
「…いやっ。違う。違うのだ。突然私に呼ばれれば、良くない話と勘違いするのも仕方のない話だった。こちらこそ済まない。君を神殿から追い出そうなどと思っていないから、顔を上げなさい。今日呼んだのは、君を尊者に昇格させようと思うと言いたかったんだ。」

 私が顔を上げると、ロベール様は硬いながらも少し笑っていた。

「突然だと訝しがる気持ちも分かるが、そもそも神殿の聖職者は己の魔力で地位が決まる。白の魔力を持つ者は文句なく尊者の地位を与えられるべきだ。」

 私が驚きで放心していると、

「君を尊者とするならば…本来なら、白の魔力を持つ者が爵位も領地も持っていないなどという事が起こらないから、叙爵はこれからになる。それに少し時間がかかるだろう。男爵になれば領地も賜り・・」
「待って下さい。待って。私、爵位や領地などいりません。だって、領地を賜るってことは、そこの運営もしなくてはいけないって事ですよね?」

 ロベール様は私が何を意図しているのか分からないといった顔をする。

「そうだが、今回の様に特別な叙爵の場合、領地には陛下から信頼出来る管理人を手配してもらうことが出来る。救世主様も男爵の爵位を賜ると同時に領地も賜り管理人の元、運営をしている。」
「それでも、爵位は私には過ぎたる地位です。それに、そもそも尊者と言う仕事も…。」
「君は、兵士や人々の治療をすることが得意なのだと聞いたが。」
「はい。今、私の力で出来る中で一番成果を感じられる仕事でもあるので。」

 ロベール様はゆっくりと頷いた。

「仕事はほぼ今と変わりはない。午前と午後のいずれかに治療を担当する。各地の治療所で治せない病気や傷を持った人が王都には多く運ばれてくる、週に二度その特別治療の担当も尊者の仕事になっている。そしてもう半分の勤務時間は今まで通り書類仕事となる。一番変わるのは、魔獣討伐の訓練をしてもらうことになることだ。」
「…。」
「これは、尊者としては重要な仕事になる。初めから魔獣の前に連れて行くことは難しい。それで、訓練として、魔術を使った狩りをしてもらう。それで、動く物に対し魔術を使う勘を養ってもらう。」

 練習で狩りをする…のか。

「今以上に沢山の人を救えますか?私が魔獣討伐へ行けば、私が尊者として治療すれば。」

 ロベール様はしっかりと私の目を見た。

「あぁ。沢山の人が救われるだろう。結界が張られているとは言え、今も年間十数頭の魔獣が国内に現れていて、数十人の民間人が怪我をし、数十世帯が家を失っている。早いうちに魔獣を駆除できれば、そういった人々を減らすことが出来るだろう。私としては、是非とも君に尊者として活躍して欲しい。」
「…。わかりました。私で出来ることがあるならば、誠心誠意やらせて頂きます。…ですが、尊者となるのには爵位が必要なのですか?」
「必ずしもと言うわけではないが、爵位を持たない人間が白以上の力を持っているという事が今まで起きたことがないだけだ。」
「可能ならば、叙爵はご遠慮申し上げたいと思います。それと住まいは今まで通りのお部屋を…もし、あの部屋を使う聖徒の方がいらっしゃるなら退寮しますが。」
「いや、大丈夫だろう。君の様な子にあの部屋を使ってもらえるならば、姉上も喜んでいるに違いない。それに私も嬉しい。」

 ロベール様は眉を下げて笑った。その顔は誰かに似ていると思った。


∴∵



「と言うわけで、狩りへ行く前に乗馬の練習をしてもらうための手配をしたから、これが詳細だ。」

 ロベールが一枚の書類を机へ置いた。その顔はもう固い笑顔ではなかった。

「乗馬は騎士も兵士も出来るから、そこに記載されている彼らが日替わりで教えることになる。練習は来週からだ。それと、王宮の森でも狩りは出来るから、平行してそちらの森で小動物の狩りを練習したらどうかと思う。これに関しては王族が一緒ではないと出来ないことになっているから、陛下か特別許可でジルベールやシルヴェストルなどが狩りの手ほどきをしてくれることになる。」

 里桜は渡された書類の文字を追う。

「はい。わかりました。ロベール様、細やかなことにまでお気遣い頂きましてありがとうございます。」
「いいんだ。これが償いにはならないが・・」
「はい?何でございますか?」
「いや、何でもない。そういうことで、それでは失礼するよ。」

 里桜が席を立ち、頭を下げると、ロベールは手を挙げて軽く挨拶をして部屋を出て行った。
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