転生聖職者の楽しい過ごし方
「きゃー。」

 レイベスが利子の前に水槽を置くと、利子は飛び上がり、その場を離れた。

「なんなのっ。この気持ち悪い生き物は。」

 水槽の中には体長が五十㎝ほどの黒く大きなトカゲの様な生き物がいる。

「ハーガデスと言って下級の魔獣です。これ自体は自ら襲ってくることはありませんが、厄介なのが通常の剣では切断は出来ても殺すことは出来ず、切断された部分は年月をかけ再生する事です。研究書によれば、手を切断したところ、手先をなくした胴体は、半年ほどで手が再生され、胴体を失った手先の方は二年かけ元の形に再生されたそうです。因みに魔剣で切ると死んでしまいます。」
「どうしてそんな気持ち悪い生き物を私が触らなくちゃいけないの?」
「治癒魔術の練習台にハーガデスを使うのは一般的なんです。唯一の再生する魔獣なので。」

 そう言うと、レイベスはバッサリとハーガデスの尻尾部分をナイフで切り落とした。

「さっ救世主様、切断された尻尾と胴体を治癒の魔術によりつなぎ合わせて下さい。」
「だめ。触れない。」
「それでは、私が胴と尾を固定させていますから、患部に触らずとも魔術はかけられます。さっ。始めて下さい。」

 利子は、恐る恐る手を近づけ、習ったとおり詠唱する。光が発したのと同時に、ハーガデスの胴体と尾が別々に暴れ始めた。

「救世主様、それでは魔力が強すぎるのだと思います。もう少し出力を下げませんと、ハーガデスが死んでしまいます。早く下げて下さい。早く。」

 そう言っている間に、ハーガデスの胴体も尾も動かなくなり、レイベスが手を離すとハーガデスは死んでいた。

「やはり、救世主様はもう一度魔力の制御訓練を致しませんと・・・」
「いらないと言っているでしょう?今日は少し疲れていて、不安定だっただけ。」
「…左様でございますか。それでは、今日はこの辺にして、ごゆっくりと体を休めて下さい。不安定なままでは訓練を続けられませんので。」

 レイベスが外で控えていたルシアンとリンデルを呼んだ。事情を説明し、ゆっくり休ませる様話す。リンデルは利子に寄り添い、部屋から出て行った。
 神殿の長い廊下を歩いていると、神官と何かを話し合っている女性がいた。声に聞き覚えがあった利子はふっと顔を上げた。そこには、尊者の服を着た里桜がいた。

「あっ。としこさん。神殿に来ていたの?それじゃ、ジョルジュ神官宜しくお願いしますね。」

 ジョルジュと話しかけられた神官は丁寧に頭を下げ、その場を後にした。

「珍しいね。としこさんが神殿にいらっしゃるなんて。お仕事で?」

 里桜が話しかけるが、利子はそれに答えず、じっと睨むだけだった。

「リオ様、そろそろ狩りのお時間です。」

 後ろからアナスタシアが声をかける。尊者には聖徒一人と神官が一人付く。アナスタシアは里桜付の聖徒になった。神官にはジョルジュと言う平民出身の青年が付けられた。

「あなた、何で尊者の制服なんて着てるの?聖徒じゃないの?」
「少し前から尊者のお仕事をさせて頂いているの。」
「何言ってるの?あなた何もしないくせして。みんな言ってる。渡り人は聖徒の仕事もせず、役割も果たさず寝てばかりだって。神殿はあなたの処遇に頭を悩ませてるって。なまじっか魔力が強いせいで気を遣って追放にも出来ないって。だから、私が治癒魔法を覚える羽目になって。私にばかり訓練を押し付けて…自分は狩りなんて随分良いご身分ね。」

 利子はそれだけを一気に捲し立てると、足早にその場を後にした。
< 61 / 115 >

この作品をシェア

pagetop