転生聖職者の楽しい過ごし方
第29話 変わらない心
シュン。矢が軽い音を立てて飛んでいく。
「なかなか、筋が良くなったじゃないか。」
ジルベールが快活な声で言う。狩りの練習を始めて半年。月に二、三度くらいの頻度で王宮の狩り場に来ていた。この狩り場は王族と一緒でなければ使えないが、特例でレオナールの兄弟たちが一緒ならば使っても良いことになり、毎回ジルベール、クロヴィス、シルヴェストルの誰かが同行し、里桜に指導してくれていた。
「そろそろ帰るか。」
「はい。」
「だいぶ体が冷えただろう?厩舎の横に小屋があるから、温かいものでも飲んでから帰るとしよう。」
「はい。」
厩舎まで戻ると、白毛の馬が里桜を出迎える。初めて狩りへ出た日にレオナールに乗せてもらった馬はその数日後にはレオナールからの贈り物として、里桜の元に届けられた。急いで寮に厩舎を作り厩務員を置き、大変な思いをしたのは今では一応笑い話として残っている。
この国では馬に名前を付ける習慣はないらしいが、里桜はこの馬に遥と名付けた。里桜の記憶に残らないまま亡くなってしまった父の名前だった。
「遥《はる》、ただいま。」
自分の身長と変わらない馬の背をゆっくり優しく撫でる。ジルベールはそんな里桜を優しく見守る。
小屋に入ると、ジルベールは火をおこした。
「悪い。水を持ってくるのを忘れたようだ。火に当たるだけにして帰ろう。」
「私、リナさんの特製ハーブを持って来ていて。良かったらお湯だけでも出して下さいませんか?」
「俺のだったらたとえ水に魔力を込めてもお前には効果がないからな。」
「いいえ、そもそも団長が私に不埒な事するなんて思っていませんから。」
「そんな甘い考えしてると危ないぞ。」
そう言いながらも、里桜がセットしたマグカップに茶葉と湯を張る。
「乗馬の方は随分上達したな。」
「ありがとうございます。オルレラン副団長が春になったら遠乗りをしようと言ってくれました。団長、お湯ちょうど良い温度です。凄く美味しいです。」
「それは、良かった。遠乗りは時間が合えば俺も一緒しよう。」
「それは、楽しみです。」
∴∵
「ロベール様、少しお時間よろしいですか?」
「入れ。」
「失礼します。」
ロベールの執務室に入ってきたのは、レイベスだった。
「救世主様のことでご相談がありまして。」
「あぁ。何だ?」
レイベスは眉間に深くしわを寄せ、何か反芻しているように口元をモゴモゴさせながら、やっとのことで口を開いた。
「救世主様なのですが、最近何かやる気を失っているご様子で。治癒魔法はおろか、魔力の調整さえも未だ自在になされず。」
少し間をあけてまた話し出す。
「始めは、初期訓練を担当したマジェンダ伯爵令嬢が手を抜いていたと思ったのですが、どうやらそれだけではなく……。訓練を厳しくすると、癇癪を起こし魔力を暴走させて、部屋中のガラスを割ってしまったりするのです。もうこれ以上救世主様にお仕えする自信が……。」
ロベールはため息を吐いた。
「救世主様の世話役はひととき私が代わろう。お前も少し時間をおけば、また救世主様にお仕えする気持ちにもなるかもしれん。」
「はい。それでは、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。」
項垂れながら、レイベスは部屋を出て行った。
「なかなか、筋が良くなったじゃないか。」
ジルベールが快活な声で言う。狩りの練習を始めて半年。月に二、三度くらいの頻度で王宮の狩り場に来ていた。この狩り場は王族と一緒でなければ使えないが、特例でレオナールの兄弟たちが一緒ならば使っても良いことになり、毎回ジルベール、クロヴィス、シルヴェストルの誰かが同行し、里桜に指導してくれていた。
「そろそろ帰るか。」
「はい。」
「だいぶ体が冷えただろう?厩舎の横に小屋があるから、温かいものでも飲んでから帰るとしよう。」
「はい。」
厩舎まで戻ると、白毛の馬が里桜を出迎える。初めて狩りへ出た日にレオナールに乗せてもらった馬はその数日後にはレオナールからの贈り物として、里桜の元に届けられた。急いで寮に厩舎を作り厩務員を置き、大変な思いをしたのは今では一応笑い話として残っている。
この国では馬に名前を付ける習慣はないらしいが、里桜はこの馬に遥と名付けた。里桜の記憶に残らないまま亡くなってしまった父の名前だった。
「遥《はる》、ただいま。」
自分の身長と変わらない馬の背をゆっくり優しく撫でる。ジルベールはそんな里桜を優しく見守る。
小屋に入ると、ジルベールは火をおこした。
「悪い。水を持ってくるのを忘れたようだ。火に当たるだけにして帰ろう。」
「私、リナさんの特製ハーブを持って来ていて。良かったらお湯だけでも出して下さいませんか?」
「俺のだったらたとえ水に魔力を込めてもお前には効果がないからな。」
「いいえ、そもそも団長が私に不埒な事するなんて思っていませんから。」
「そんな甘い考えしてると危ないぞ。」
そう言いながらも、里桜がセットしたマグカップに茶葉と湯を張る。
「乗馬の方は随分上達したな。」
「ありがとうございます。オルレラン副団長が春になったら遠乗りをしようと言ってくれました。団長、お湯ちょうど良い温度です。凄く美味しいです。」
「それは、良かった。遠乗りは時間が合えば俺も一緒しよう。」
「それは、楽しみです。」
∴∵
「ロベール様、少しお時間よろしいですか?」
「入れ。」
「失礼します。」
ロベールの執務室に入ってきたのは、レイベスだった。
「救世主様のことでご相談がありまして。」
「あぁ。何だ?」
レイベスは眉間に深くしわを寄せ、何か反芻しているように口元をモゴモゴさせながら、やっとのことで口を開いた。
「救世主様なのですが、最近何かやる気を失っているご様子で。治癒魔法はおろか、魔力の調整さえも未だ自在になされず。」
少し間をあけてまた話し出す。
「始めは、初期訓練を担当したマジェンダ伯爵令嬢が手を抜いていたと思ったのですが、どうやらそれだけではなく……。訓練を厳しくすると、癇癪を起こし魔力を暴走させて、部屋中のガラスを割ってしまったりするのです。もうこれ以上救世主様にお仕えする自信が……。」
ロベールはため息を吐いた。
「救世主様の世話役はひととき私が代わろう。お前も少し時間をおけば、また救世主様にお仕えする気持ちにもなるかもしれん。」
「はい。それでは、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。」
項垂れながら、レイベスは部屋を出て行った。