転生聖職者の楽しい過ごし方
「尊者の魔剣があれど、この数相手じゃ際限がねぇ。」
「第一団隊も手一杯だ。こちらへの応援は望めそうもない。援軍が到着するまではもたせないと。」

 国軍の兵士たちはエイスクルプチュルの攻撃を躱しながら、魔剣を振る。

「陣営からの伝達で、今さきほどアルバート尊者が到着との一報あり。」
「そうか、ならば援軍の到着ももうすぐだろう。もう一踏ん張りだ。兎に角こいつらを街に行かせないための足止めにさえなっていれば良い、無理にとどめを刺そうとはするな。わかったな。」
「はい。」


∴∵


「ベルマ、エイスクルプチュルとはなんですか?」
「この魔獣は空を飛び、大きな翼や尾で突風を伴う微細な氷を飛ばします。その風を受けた者は風の強さのために氷の剣で切り付けられたようになります。更に口からは当たった所を瞬時に凍結してしまう風を出すのです。普段は群れることはせず、一頭で行動しているので、口から出る風を避ける魔楯を持った兵士が気を反らせ、別の兵士が急所である尾を切り落とします。対策が出来ているので、通常それほど手こずる魔獣ではないのですが、なぜか今回は頭数が多くて一頭の気を反らしても、別のエイスクルプチュルが攻撃を仕掛けてくるようなのです。」
「氷を操る…では、騎士たちは火の魔術で戦うのですか?」
「はい。火の魔術を付与した剣でとどめを刺します。」


∴∵



「討伐隊の第一部隊と騎士団第二中隊の現在の状況は?」

 現場の指揮官をしている第一団隊副団隊長の厳しい声色がテントに響く。
 前線に出ている隊の中隊長がそれに答えていたとき、この場に不似合いな音がした。二人は苦い顔で互いの顔を見合った。

「アルバート尊者の言っていた、“救世主様”のお成りか。隊への指揮を一時頼む。俺はあちらを…」

 中隊長は畏まって返事をした。


∴∵


 ‘ダンッ’大きな音を立ててレオナールの執務室の扉が開いた。扉の前には近衛騎士が立っていて彼らの声かけがあり、レオナールが返事をして扉は開くことになっている、不審者が飛び込もうとすれば勿論騎士に捕らえられる。しかし、今勢いよく扉を開け飛び込んできたのは近衛騎士の上司であり、レオナールの長兄ジルベールだった。

「トシコ嬢がとんでもないことをしやがった。」


∴∵


「そう言うわけで、リオ嬢に最前線へ行ってもらわなければならなくなった。」

 クロヴィスは黄金色の瞳を伏せながら言った。

「リオ様、ダウスターニスの時の様に私たちでは思いつかない魔道具などまたお作りにはなれませんか?」

 アナスタシアは困った様な顔で里桜に問いかける。
 前に勉強したエイスクルプチュルについて思い返し、現状とも合わせて考えてみるが、現代技術を応用できる様な対処法が里桜には思いつかない。

「陛下はなんと仰っておりますの?」

 クロヴィスにアナスタシアが問いかける。沈黙するクロヴィスを見てアナスタシアは少しだけ眉を動かす。

「陛下は反対されていますのね?リオ様を前線へ向かわせること。」
「リオ嬢が行ったところで現状は変わらないと。」
「リオ様を向かわせるのは、ジルベール様とクロヴィス様の意見と言うことですね?では、国王の命令ではないのですね。それならばお断りしても差し支えはございませんね。」

 アナスタシアが真っ直ぐで強い視線をおくる。クロヴィスが何かを話そうとしたのを遮ったのは里桜だった。

「ありがとう。アナスタシアさん。でも、私行きます。」
「だめです。魔獣だけならまだしも、トシコ様の放った火炎による山火事も起こっていますのに。そんな危険な場所にリオ様を向かわせる訳には参りません。」
「消火の為の水はエイスクルプチュルが凍らせてしまい、尻尾や翼から出される強風で延焼が加速しているのですよね?」
「あぁ。興奮したエイスクルプチュルに山火事で騎士団も国軍もどうにも出来ないでいる。街への足止めもあとどれほどもつか…」
「わかりました。ジーウィンズは確か南の海に面した街でしたよね。」
「あぁ。」
「まず、消火に使う水を海水に変更して下さい。草木は枯らしてしてしまいますが、山火事が広がるよりは良いでしょうから。海水は氷点が低いので凍りにくいです。魔獣の風にどれほど有効かはわかりませが、真水よりは良いのではないかと。それと、陛下にお目通りを。」

 頷いて尊者の部屋を後にしたクロヴィスを見送り、里桜はアナスタシアに優しく笑った。
< 69 / 117 >

この作品をシェア

pagetop