転生聖職者の楽しい過ごし方

第33話 魔獣討伐 終

「ありがとうね。この国の人は馬に名前を付けないからあなたにも名前はないのよね。こんな時、名前を呼べればもっと親しい感じになれるのにね。本当にありがとう。ちゃんと私の言う事を聞いて飛んでくれたおかげで、魔獣を倒せた。」

 足音が聞こえて里桜が振り向くとそこにはレオナールがいた。

「名前は付けない方が良い。人を赦してはいるがそれも魔獣だ。名付けると厄介だぞ。」
「陛下。ありがとうございました。おかげでエイスクルプチュル討伐出来ました。」
「怪我はないか?」

 レオナールはゆっくりと近づきながら話す。

「はい。天馬がちょうど良く攻撃を避けてくれて。」
「火傷は?」
「山火事の真上を飛んだので、少し煤がつきましたけど、火傷はありません。」
「リナとレイベスが薬草茶を作って待っている。リナはずっと気を揉んでいたから早く行ってやれ。元気な顔を早く見たいだろうから。」
「はい。分かりました。それでは、これにて御前を失礼致します。」


∴∵


「ただ今戻りました。」

 神殿の自室に入ると、来客用の椅子に座ったレイベスと、その側に立って控えているリナがいた。

「リオ様。」

 リナは真っ白だった尊者の装束が煤で汚れているのを見て言葉を失う。

「まさか、火傷など…」
「していませんよ。山火事の真上を飛んだのでそれで煤が付いてしまっただけで。怪我もしていません。お利口な天馬を陛下からお借りしたので、危険もなく。」
「天馬ですか?空飛ぶ?」

 リナは席に座った里桜に薬草茶を差し出す。里桜はそれを顔をしかめながら一口飲んだ。

「えぇ。はい。空飛ぶ馬です。」

 リナとレイベスは互いを見合わせる。

「天馬は大人しく渡り人様を乗せましたか?」
「はい。遙《はる》のように大人しい天馬でした。」

 二口目も変わらず表情は歪む。

「陛下も気性が激しいと仰っていましたけど、とっても利口でエイスクルプチュルの攻撃もよけてくれて。」
「リオ様、その事他の方にお話ししました?」
「天馬をお借りした事ですか?」

 リナとレイベスは頷く。

「現地へ天馬で行きましたから。討伐に出ていた人は知っています。」


∴∵


「トシコ様、夕餉のお支度が出来ました。」
「食べたくないわ。リンデルを呼んで。」
「彼女は王宮を出ています。お夕食を召し上がって下さいませんと、お体に障ります。」

 利子はゆっくりと上体を起こす。天蓋が開けられると、目の前にティーテーブルがあり、そこに食事が用意されていた。

「ここ、どこなの?」
「王宮のお部屋でございます。」
「そう。」

 利子がベッドから出ようとすると、足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。

「大変な量の魔力をお使いになりましたので、体力が回復されていません。ご無理はなさいませんよう。」

 アナスタシアが利子を支える様にしてテーブルセットまで連れて行く。

「随分質素な料理ね。」
「鶏には体力を回復させる栄養素が含まれていると聞きましたので。野鳩のソテーと野菜スープです。」
「鳩は食べないわ。」
「お肉を召し上がる体力がありませんでしたら、スープだけでも召し上がり下さい。」
「リンデルはどこ?あの娘なら私の食事の好みを知ってるわ。」
「トシコ様はリンデルとお会いすることは出来ません。」
「どうして?」
「陛下のご指示です。」

 利子はアナスタシアの顔をじっと見つめる。

「私は救世主よ。私の言うことを聞きなさい。そして救世主トシコ様と呼びなさい。」
「主が間違っていれば正すのも私ども仕えている者の役目でございます。まず、体力を回復するためにも野菜スープだけでもお召し上がり下さい。」
「どうして離宮ではなく王宮なの?」
「暫くこのお部屋でお過ごしいただくようにと……」
「それもレオ様から?」
「陛下からのご指示です。」

 利子は黙ってスープに手を伸ばした。


∴∵


「渡り人様。今回の魔獣討伐ありがとうございました。」
「レイベス尊者様、お礼なんて……尊者として魔獣討伐は与えられた仕事のひとつです。当然のことでございます。」
「リオ様、馬車のご用意整いました。」

 声をかけてきたのは護衛の兵士だった。

「ありがとう、ピエール。ジョルジュ神官にお願いしなくてはいけない仕事があったの。それを済ませてから行くから御者のイーヴさんに少し待つように伝えてもらえる?」
「はい。わかりました。」
「それでは、私も失礼するとしよう。」
「レイベス尊者様。ご心配頂きありがとうございました。」
「いいや。ではまた明日。」
「はい。また明日。お疲れさまでございます。」


∴∵


 馬車に揺られながら、外の景色を見た。今日も街は人で賑わっている。明日も明後日も、今日と変わらない幸せがあると信じているみたいに。
 里桜はそれを見ながら微笑んだ。

「良い景色ですよね。」

 リナが優しく言う。

「はい。」
「リオ様が守られた景色です。本日は本当にお疲れ様でございました。」
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