転生聖職者の楽しい過ごし方
「レオ。」

 執務室へ入ってきた途端にクロヴィスは発した。

「どうした?お前には珍しく機嫌が悪そうだな。」

 レオナールは、視線を上げないまま応える。

「お叱りを受けるのか?」
「叱られる様な事をしたのか?」
「お前が俺をレオと呼ぶときは大抵俺が叱られる時だよな。ガキの頃から。」
「リオ嬢にお前の天馬を貸したって本当か?」
「その事か。あぁ。本当だ。」

 レオナールは羽ペンを置いたが、顔は上げないまま答えた。

「天馬に乗ることが、世間ではどう見られるかよく知っているだろう。」
「リオを会わせて、天馬が拒否したらそれまでだと思っていたが、天馬はリオを受け入れた。だから貸した。ただそれだけだ。」
「あれに乗ることは王族だと知らしめる事だ。」

 顔を上げたレオナールとクロヴィスの瞳はがっちりと合った。

「そんなのは古い言い伝えだろう。あいつらは魔力を感じ取り、魔力の強い人間を赦しているだけだ。現に王族だった時でもお前やジルベールは乗れなかっただろう?」
「そんな事、一般には知られていない。まだ虹の女神だと公表していない今、彼女がそう言う振る舞いをすることでより一層彼女を辛い立場にするんじゃないのか?」
「近々公表するつもりだ。結界に綻びがあるのだからそれを誰かが修復しないといけない。トシコ嬢の魔力が弱まってしまった今は、それは彼女にしか出来ない。」

 レオナールは机の上で何かを考え込む様にしている。


∴∵


「リナさん、さっきの敬意の礼ですが……」

 馬車に揺られながら向かいに座るリナに問いかける。

「天馬の使用は王族にしか許されていないのです。正しくは、天馬自体が乗せるのを拒否する様なのですが。」

 リナは真っ直ぐに里桜を見ている。

「天馬は誰でも背に乗せるわけではありません。現に陛下のお子さまを産んでいらっしゃるアリーチェ妃や、嫁がれて長くなるベルナルダ妃などは天馬に近付くことも赦されていません。」

 里桜はリナの綺麗に伸びた指に見入る。

「古い言い伝えだと陛下は仰いましたが、古参の貴族と神殿からの陳情や国民からの意見を全て無視することも出来ず、お二人とも正妃にはなれませんでした。」

 里桜は心臓の音が向かいに座るリナにも聞こえてしまうのではないかと思った。

「天馬がリオ様を背に乗せる事を赦したと言うことは、リオ様を王族と認めたと言うことになります。」

 いつもは聞こえているはずの馬の蹄の音や、馬車の車輪の音も里桜の耳には届いていなかった。

「本当のところ、天馬は人の魔力の強さで判断をしているそうです。しかし、人々はこの古の言い伝えを信じています。その事を陛下ですら無視が出来ないくらいに。」
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