転生聖職者の楽しい過ごし方
「やぁ。」

 里桜は呆れた様な笑い顔をした。

「お忙しくはないのですか?」
「あぁ。忙しい。これでもこの国の王だからな。」
「ならばなぜこんな庭の真ん中でお茶を?」
「リオに会うための時間ならば作る。無理にでもな。」

 レオナールはそう言って笑い、里桜に座るように促す。

「…今回は仕事の話だ。結界の綻びを修復する日取りが決まった。町人には虹の女神が修復をすると大々的に発表するつもりだ。」

 レオナール付きの侍女が里桜にケーキを取り分ける。

「この日取りや当日の流れを決めている間に虹の女神についての噂も流した。救世主と共に渡ってきた渡り人が女神の力を得ていたと。」
「そんなに都合良く、神話級の登場人物のこと信じますか?」
「やってもいないトシコ嬢の活躍話を流したのは誰だと思ってる。神殿は昔からプロパガンダが得意なんだ。」

 里桜は口に広がる緑茶の味を堪能した。

「懐かしいか?」
「お茶ですか?えぇ。はい。とても懐かしいです。」
「ケーキは好きではないのか?」

 里桜は首を振って、ケーキを一口食べた。

「とっても美味しいです。」

 里桜がケーキをフォークですくうと口に運ぶまで、レオナールはじっと見つめている。里桜は思わず、顔を伏せた。

「この木はアーモンドの木だ。‘サクラ’に似ているか?」

 里桜は頭上に伸びている木を見上げる。

「えぇ。似ています。一瞬桜の木かと思ったくらいです。でも木肌が違うのでなんの木だろうと思っていました。」
「似ていて良かった。アニアに聞いたんだ。春先に‘サクラ’の木の下でピクニックをするのだと。その花はリオの名前にもなっているのだと。この国では春を告げるのはアーモンドの花だ。少しは故郷のものに近づいていたら嬉しいが。」

 里桜は、アーモンドの木を見上げ、花に見入る。レオナールはひと枝手折って里桜に差し出した。

「サクラを見せてやれず、申し訳ないが。」
「木を傷付けては…」
「ここは私の住まいの庭だ。頼む。怒らずに受け取ってくれ。」

 里桜は笑って、受け取った。


∴∵


「リオ様、素敵なお衣装です。」
「ここまでする必要ありますかね?」

 新しい尊者の装束を着て、布地に見入る。形はそのままで、生地が今までの物より数段豪華になっている。

「これ。細やかな模様は銀糸の刺繍ですよね?」
「はい。ロベール様とシド様がリオ様に相応しい布地をご用意下さいました。」

 レオナールに修復する日が決まったと聞かされたのは半月ほど前。その間に見事、結界の補修をするのはただの渡り人ではなく、虹の女神の力を得た渡り人だと巷に噂が広まった。

「それに私、祝詞とか上げなくても結界の補修出来るんですけど…。」
「馬車で行って、パッて結界直して、じゃっでは…。それらしい儀式も必要です。」

 里桜は納得がいかず首を傾げる。

「皆さんがリオ様を見に来ます。私としては、リオ様の素敵なドレス姿をご覧頂きたいくらいですが、尊者としての威厳も必要ですから。仕方ございません。」

 壁際のコンソールテーブルにはレオナールから貰ったアーモンドの枝が枯れない様に魔術をかけて飾られている。
 あの日、枝を持ち帰った里桜に、リナがアーモンドの花の花言葉を教えてくれた。それが、本当にレオナールの気持ちならば枯れて捨ててしまうことは躊躇われた。

「それでは、リオ様参りましょう。アナスタシアさんも先に神殿で準備をしてお待ちですから。」
「はい。行きましょう。」


∴∵


 神殿の一番格式の高い馬車に乗り込み、ザイデンウィンズの街に着いた。神官のジョルジュが降り、アナスタシアが降りて、二人に迎えられる様に里桜が降りた。
 既にそこには簡易的な神殿が作られていて、数名の神官と聖徒、尊者四名も既に定位置に着いていた。
 里桜は皆から恭しく迎えられ、決められた場所で立ち止まる。
 呼吸を整え、ロベールとシドが考えた祝詞を上げる。里桜の祝詞に続き、他の尊者もそれぞれ祝詞を上げ、最後シドが祝詞を上げ終わると、里桜は両手を空へ掲げて、結界を張った。
 何故か、里桜の放った力は洗礼式の時の様にオーロラの様な光を放った。その光の美しさに、その場にいた者はみな、息を飲んだ。
 最後にまた里桜は祝詞を上げ、聖杯に入った水を飲んで一連の儀式は終わった。
 その場は一瞬静まったが、里桜の力を目の当たりにした人々は歓喜の声を上げた。

 そして、この国に虹の女神が誕生した。


∴∵


 里桜は休日に居室のソファーで本を読んでいた。階段を上ってくる足音がして、そちらの方を見ると顔を覗かせてのはアナスタシアだった。

「リオ様、例の出来上がりました。」

 里桜が目を輝かせると、アナスタシアも同じように輝かせた。

「今、宜しいですか?」
「はい。どうぞ。リナさんは?」
「国軍の練習場へ。」

 アナスタシアと護衛の兵士は大きな箱を抱えて入ってきた。

「アドルフさん、荷物を運んで頂いてありがとうございます。」

 兵士は挙手で礼をしてその場を離れた。

「開けても?」
「はい。」

 里桜が蓋を開けた。

「思った通り。」
「リナさんにお似合いになると思います。」

 取り出して広げる。ボルドーにライトグレーのパイピングが施されたロングジャケット。この色はアナスタシアと拘ったリナに合わせた色。

「リナさん喜んでくれますかね?」
「はい。きっと。」


「アナスタシアさん戻りました。」

 いつもなら、この時間は食堂か応接間で掃除や午後のお茶の用意をしている時間だ。それなのに応接間にも食堂にもアナスタシアの姿がない。二階から里桜の声がする。リナは階段を上る。

「お帰りなさい。リナさん。」
「お二人でどうなさいました?」

 里桜とアナスタシアは、互いを見てにっこりと笑った。

「これ、リナさんに贈り物です。あと…実はアナスタシアさんにも。」
「えっ?私にもですか?」
「はい。もちろん。」

 幾つかある大きな箱を順に開けていき、そのうちの一つをアナスタシアに渡した。

「開けてみて下さい。」

 アナスタシアの方は同じ型の色違いだった。

「お二人の制服です。リナさんのは一見ワンピースに見えますがロングジャケットになっていて、下にパンツを合わせてもらって、騎士服になるように。アナスタシアさんのは、見たままのワンピースです。色は私の独断で。」

 アナスタシアのワンピースはティールブルーにライトグレーのパイピングになっている。 

「私の侍女としてこれからずっと一緒にいて下さる二人に。私から。これまでの感謝とこれからもよろしくとの気持ちを込めて。」



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[転生聖職者の楽しい過ごし方] 
 読んで頂き、ありがとうございます。

 閑話集 
 アナスタシア・カンバーランド 十三歳
 ルカ・カラヴィ
 レオナール・エイクロン 十五歳

 の3話更新しました。
 よろしければご覧頂ければと思います。

 赤井タ子ーAkai・Takoー

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