転生聖職者の楽しい過ごし方
「次の方どうぞ。」

 入ってきた白髪の女性は、椅子ではなくその場に跪く。それを里桜が慌てて起こす。これは新しく患者が入ってくる度に繰り返される。

「どこのお加減が悪いですか?」
「お手・・お手の・・お手」

 “私は犬じゃない”と心の中で静かに突っ込む。

「普通に話して頂いて大丈夫ですよ。私は治療に来ただけなので。手が痛むんですか?左手首ですね?」
「はい。そうです。」
「あと、胃に痛みとか、ムカつきとかありませんか?」
「あっ、今朝のスープが少し油っこかったみたいで。」
「それじゃ始めますね。」

 まず、左腕に手を当てると一瞬光って、光は消えた。それを腹にも繰り返す。

「どうでしょう?」

 白髪の女性は左手首をゆっくり回す。

「はい。大丈夫です。痛くないです。治っています。」
「胃のむかつきはいかがですか?」
「もう気になりません。」
「良かったです。」

 女性はもう一度、跪こうとする。

「挨拶はいりません。お大事になさって下さいね。」
「女神様、ありがとうございます。」


∴∵


「なぁ、あの光見たか?」
「あぁ。遠かったけど、岩山から虹が空に向って架かったみたいになってた。」

 昼食のパンをかじりながら、騎士は話している。

「あの話、本当なのか?」
「渡り人のリオに虹の女神の力が現れたって話か?」
「あぁ。エイスクルプチュルの討伐はその力で行われた。しかも天馬に乗っていたって。」
「天馬には乗れないだろう。」
「しかし、天馬に乗った姿を実際に見た奴もいるという話だ。今まで何度か女神祭りの奏上に護衛として付いて来たことはあるが、橙色の柱ばかりだった。あんな光輝く虹を出した聖徒はいなかった。」
「それじゃ、やっぱり本当に虹の女神が召喚されたのか?トシコ様は?虹の女神が現れたからと言って、婚約していた救世主様と婚約破棄なんてことには…」
「実は噂なんだが…エイスクルプチュルの討伐の時、兵士の失火があっただろう?」
「あぁ。あれでジーウィンズは大変な事になった。」
「あの失火は兵士ではなくトシコ様の放った火炎のせいだと言うんだ。」

 騎士は、肉が挟まっているパンにかじりつこうとしたのを止めた。

「は?」
「いや、俺もその噂を信じてたわけではないが、今まで護衛していた第一団隊も護衛を外されて、今は国軍に護衛されていると聞く。それに離宮に住んでいたが、今は王宮の客室に住んでいると。」
「王宮に住まいが移ったのは、ご成婚の日取りが決まったからだとばかり。」
「元々第一団隊が護衛に付いていたのも、何をするか分からないトシコ様を見張る役割だったという話なんだ。」
「魔獣討伐なさるから、第一団隊付きになったのではなくて?」
「もし、魔術で攻撃されても、第一団隊なら対応できるから。お俺たちの様に貴人護衛じゃ、強い魔術攻撃の耐性がないからと。まぁ、これは本当に噂なんだが。」
「しかし、トシコ様はいつも俺たちを労ってくれていたし、俺の姉上も夜会では良くして貰っていたと言っていた。そんなの信じたくないよ。」

 騎士は、パンに再びかじりついた。


∴∵


「今日はお疲れ様でございました。」

 リナは里桜の髪を梳きながら声をかける。

「騎士や神殿の方たちは宴を催されているようですが、参加せずによろしかったのですか?」

 アナスタシアは寝台を整えている。

「はい。今日はちょっと疲れてしまって。もう寝ます。」
「リオ様、…いえ。何でもございません。ベッドのご用意が出来ました。ごゆっくりお休み下さい。」


∴∵


[こんにちは。Iris]

随分ひどい眠気だと思ってたら、やっぱりか。

[だんだん分かってきた様だね。どうだい?女神としての仕事は?]

女神ね…私ってそんな大層な者じゃないんだけどな。

[でも、確実に君の力は女神の力だからね。どう?ザイデンウィンズの結界修復の時の虹の光。みんな君の力にびっくりしていたでしょう?]

やだっ。やっぱりあれ神の仕業なの?

[仕業って。御業の間違いでしょう?]

そう言う目立つことは嫌だと言ってるでしょう?もう女神の仕事なんてやらないからね。

[でももう遅いよ。今年祝詞役をやったんだから。君が祝詞を上げる度に光を演出するから。]

で?今回はどんな用事?

[別に用事なんてないさ。ただ、これで君は名実ともにIrisになったわけだから。そのご挨拶に。末永く宜しくね。]

やだ、結婚の挨拶みたい。やめて。
< 96 / 119 >

この作品をシェア

pagetop