転生聖職者の楽しい過ごし方

第44話 国境

「ここまでも随分と長い道のりでしたけれど、お体は大丈夫でございますか?」
「大丈夫。体は丈夫に出来ているから。私のことは心配しないで。」

 ゴーデンで女神祭を終えて、翌日に出発して小さな街で宿泊をしながら、ロンテと言う都市に着いたのはゴーデン出発から四日目。そこでは簡易治療所を開設した。
 ロンテに着いた頃にはもう女神の噂は広まっていて、治療所は大行列だった。結局、一日の開設では捌ききれず、帰りの行程でも治療所を開設することになってしまった。
 そんな予想外のこともありながらも日程に変更はなく進み、今日はアーダプルと言う国境付近の街に着いた。
 馬車の旅は新幹線や飛行機や車と比べると決して乗り心地が良い物とは言えないが、リナやアナスタシアが作ってくれたクッションや座布団が良い仕事をしてくれていた。
 国境が間近という事で、ここは今までにないほど大きな宿場町になっていて、今日泊まるのは王家が定宿にしている由緒ある宿だった。

「王家御用達の宿に私が泊まって良いかどうか。」
「全て宰相閣下の計らいですので、お気になさらずに。」


∴∵


「宿に到着致しました。」

 御者が開けた扉から出ると、白い石造りの建物が目に入った。

「わぁ。すごっ。」

 人は驚くと途端に語彙が乏しくなる。

「ここは別名アーダプル離宮と呼ばれていまして。国内屈指のお宿でございます。」

 支配人と思しき初老の男性が出迎える。

「女神様。ようこそおいで下さいました。」

 あまりに恭しく迎えられて、途端にいたたまれない気持ちになる。

「今日はお世話になります。」
「では、お部屋にご案内致します。」

 男性に着いていくと、四階建ての二階に案内された。開かれた扉の向こうは豪華な装飾の部屋だった。紫が少し入った明るいブルーの絨毯は足が沈むことが確認できるくらいにふかふかだ。
 部屋の真ん中にあるテーブルには花が飾られている。その隣にはウエルカムドリンクとフルーツ。

「フルーツは陛下からのお届け物です。」

 里桜がテーブルに近づくと、カードが置いてあった。それはレオナールの筆蹟だった。

「ありがとう。えっと…」
「ドニと申します。」
「ありがとう。ドニ。」
「いいえ。では、失礼致します。」

 里桜が笑顔で頷くと、ドニは部屋を後にした。マスタードイエローのソファーに腰掛けると、リナが緑茶を持ってきた。

「こちらも陛下からでございます。」

 この外遊に出て十四泊、大きな宿場町の宿には必ずレオナールからの差し入れがあった。

「陛下も大変ね。」

 里桜が笑うと、リナも微笑ましそうに笑った。


∴∵


「明日はとうとう国境を越えますが…」

 夕食前の身支度をしているとき、アナスタシアは里桜の髪を梳きながら話しかける。

「国境を越えると、この国の精霊の加護がなくなるから魔力が使えなくなるのね?」
「はい。リオ様は何をするときにでも魔力をお使いになる方ではありませんが、咄嗟に使えなくなると違和感があるかも知れませんので念のため。」
「分かった。心しておきます。ありがとう。ところで、リナやアナスタシアはエシタリシテソージャへは言ったことがあるの?」
「私はございません。」
「私もございません。」
「二人とも初めてなのね。じゃあ、ジョルジュも行ったことなかったかしら?」
「えぇ。国外へは特定商人以外はなかなか行くことが叶いません。しかも王都からとなりますと何泊にもなりますから。平民には支払える金額ではありません。」

 うっかり、五百㎞の距離を令和日本の旅行の基準で考えてしまっていたけれど、王都からアーダプルまで真っ直ぐ来たとしても二週間近くかかる。一気に馬で移動出来る距離ではないからそれも考慮して各所で宿を用意し馬の交換も手配して、二週間。そこまでしてもまだ国境越えは出来ない。個人で支度するとなれば金額だけでも大変なものだ。改めて、自分がなんと迷惑なお願いをしたのかと、不勉強なことを申し訳なく思った。

「それじゃ、ロンテの街でジョルジュを帰すのではなくて、一緒に外遊にも来られたら良かったのに。」
「ジョルジュさんは元から国内での女神としての活動の補佐ですから。」
「そうね。何かジョルジュが喜ぶお土産があれば良いけど。」
「今のうちこちらを渡しておきます。」

 立派な用紙に見覚えのない印が押してあるものをアナスタシアから受け取る。

「これは外遊許可証明書と言って、国王が国境を渡ることを許したと言う証明でございます。今回の外遊でお供する全員分が発行されていて、荷物にも荷物用の越境許可証明書が発行されます。私たちの様に紋章付の馬車に乗った者は個々に検閲されることはないと思いますが、一応お渡ししておきます。」
「これは陛下しか許可の権限はないの?」
「いいえ、三大伯爵家の一つ現外務大臣のオードラン伯でも許可を下すことは出来ます。」
「へぇそうなのね。商人は?毎回これを発行して貰わなくてはいけないの?」
「商人用に半年更新の許可書がございます。」
「やっぱり国境を越えるとなると大変なのね。」


∴∵


 宿の大食堂に集まった。外遊の成功と皆の無事を祈って乾杯をした。

「リオ様、明日から護衛の先導役を致します。」

 リュカが折り目正しく挨拶をする。

「よろしく頼みます。ところで、疑問に思っていることがあって、聞いてもいい?」
「はい。何でしょうか?」
「私たちは、国を出ると精霊の加護がなくなって、魔力が使えなくなると聞いたのだけど、カラヴィは?この国でも魔力を使えているでしょう?」
「プリズマーティッシュで洗礼を受け直したので。そのため、生まれた国ですがエシタリシテソージャでは魔術が使えなくなります。」
「じゃあ、洗礼したらエシタリシテソージャでも魔術を使える様になるの?」
「外遊だけのためにそれはお勧めしませんよ。リオ様も経験あるのでお分かりになると思いますが洗礼の泉に浸かるのはとても体力を必要とします。それは魔力が強ければ強いほど。平民の洗礼ならば体力の消耗はそれほどでもないようですが、王族や貴族の洗礼は体力を消耗しますので。リオ様は大変強い力ですから数日間のうちに何度もするのは体に良くないと思います。」
「へぇ。なるほど。」
「貴族や王族の洗礼式が格式張ったものなのは、急に強い魔力を得る事で体調を崩してしまう方もいるため、誰かが付き従っておくと言う側面もございます。」

 アナスタシアが補足する様に説明した。
 今思えば、洗礼式の時も、リヒトレンテでの祝詞の時も酷い眠気に襲われた。‘神’が話しかけてきたことでそのせいだと思っていたけど、体力が消耗していたっていうのも眠気の原因なのね。

「エシタリシテソージャでの行動はカラヴィが頼りです。お願いしますね。」
「はい。お任せ下さい。」
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