祓い屋少女と守護の眷属



「姉ちゃん、今日デートだったってマジ!?」


――家に入るなり、下の弟がドタドタと玄関まで走ってきた。

お母さんが弟たちにも言ったらしい。私は弟の頭を撫でながらローファーを脱いだ。陽光はいつの間にか狐の姿に戻っている。


「そうだよ~。私、好きな人できたんだよー」


言いながら、さっき陽光に言われた“本気じゃねぇくせに”という言葉が脳裏を過ぎる。


「すげー! どんな人?」
「うーん……優しい人かな」
「どんなところ好きになったの?」
「……かっこよくて大人なところ? あと、できなかったことに関して最初は誰でもそうって言ってくれたところかな」


答えながらリビングに入った。そして、翠波さんへの気持ちは本当に恋なのだろうかと思った。

初めて出会った身近な大人の異性に憧れを抱いているだけだ。陽光の言う通り、恋をするのは急がなくていいというのに。


お母さんがキッチンで洗い物をしている。私は弟に「お風呂入っておいで」と声をかけ、その横に立った。


「あら、瑠璃音おかえり。どうだったの~デートは」


にやにやしながら聞いてくるお母さんに、今日のことを思い出しながら正直な感想を述べる。


「うーん……あの人に私は子供すぎるかもって感じかなぁ」
「あら~年上?」
「うん。私よりもずっと大人だから、私より周りが見えてる。……私は、自分の目の前のことしか見えてないなって思った」


少し沈んだような声を出してしまった。

その時、お風呂に入る準備だけしてまだ入っていなかったらしい下の弟がキッチンまでやってきてうろちょろする。


「姉ちゃん、その人うんこする?」
「うんこ……うんこはするかな?」
「すげー!」


何が凄いんだ、と笑ってしまった。

聞きたいことだけ聞いてお風呂場へと去っていった弟の後ろ姿を見ながら、ぽつりとお母さんに言う。


「ねえお母さん、私、あの子たちと過ごす時間好きだったよ。お母さんが忙しくなってからも、あの子たちのおかげで楽しい日々を過ごせてた」


直接伝えればよかったのだ。恋愛するなんて遠回しなアピールをするのではなく。


「そりゃ、大変じゃなかったって言ったら嘘になるけど。お母さんたちの離婚で自分の中学時代が無駄になったなんて全然思ってないから」


洗い物をしていたお母さんは一瞬手を止めて私の方を見つめた。


「急にどうしたの? そんな話したことこれまでなかったでしょう」


私はお母さんの離婚を触れてはいけないものとして扱っていた。だからそれに関しての気持ちを伝えたのは初めてだ。


「人間同士じゃ、言わないと分かんないかなって思ったから」


お母さんはふ、と笑って洗い物を再開する。


「あんたばあちゃんに似てきたね」


私は乾いたお皿を食器棚に戻しながら聞いた。


「お母さんから見たおばあちゃんってどんな人だった?」
「え~? そうねえ、不思議な人だったわよ」
「不思議な人……」
「よく何もない所に向かって話しかけてて、お母さんが話しかけると下手な誤魔化し方するの。きっと幽霊とか視えてたんでしょうね」


お母さん分かってたのかと驚いた。私もよくおばあちゃんと遊んでたけど、私はおばあちゃんの誤魔化しにまんまと騙されていた。


「ばあちゃんがたまに部屋で“喝!”って言ってたのも聞いちゃって。も~それがおかしくて。よく分からないけど、何かしてたんじゃないかな?」


お母さんがそう言ってくすくすとおかしそうに笑うので、私は思わず横目で陽光をチラ見してしまった。喝って言ってたの本当だったのか、と思って。


「ばあちゃんは一生懸命だったよ。あんまり頭で考える人ではなかったけど、人を助けようと必死だった。そんなばあちゃんに周りは感謝してたわ。だから瑠璃音、あんたも難しいこと考えなくていいのよ。あんたはあんたのままで。なんたってあのばあちゃんの孫なんだからね」


――その言葉で、心が軽くなった気がした。母は偉大だ。私のもやもやを意図も簡単に解消させてしまう。

私は急いで最後の食器を仕舞い終わると、意気込んで言った。


「お母さん、私行ってくる!」
「ええ? こんな時間からどこに? 危ないから車出すけど……」
「いいよ、自転車あるし私一人じゃないから!」


庭へ出て自転車のチェーンを外した私を見て、お母さんは戸惑っている様子だったが、すぐに合点がいったように微笑んだ。


「ああ……そう。“あなたにも”お狐様が付いているのね」


視えていないお母さんが、何かを視たがるように目を細める。


「ずるいわね~、ばあちゃん、お母さんにはくれなかったんだ。ま、お母さんはお母さんより、あんたを守ってくれた方が嬉しいけどね」


ふよふよと付いてくる私の眷属の存在を、お母さんはおばあちゃんの時代には知っていたらしい。



高校生のバイトは22時までだ。灯花はもう退勤したかもしれない。

でも私は――自分にできることをしたい。



終電の時間はもう過ぎている。自転車を走らせてできるだけ早く駅前まで移動した。

何とかあのカフェに到着した。妙に静かで暗いと思ったら、“本日営業終了”の看板が立てられていた。


(あれ……もう誰もいない?)


急いで来たのに拍子抜けだ。私はひとまず店から離れてコンビニに向かった。

確かこの店自体は深夜1時までの営業だ。普段の営業終了まではまだ時間があるはずだけど……と歩きながら不思議に思っていると、


ドオン!! と後ろから大きな爆発音がした。




同時に、人々の悲鳴が聞こえる。


あのカフェの方向からどす黒い煙――不浄の気配ではない、本物の煙が立ち上がっていた。




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