祓い屋少女と守護の眷属

祓い屋少女




わずかに開かれた窓の隙間から春の風が爽やかに吹き抜ける。

窓から差し込む陽射しを浴びつつ黒板にチョークで書かれたXだのYだのというアルファベットをノートに写していた私は、ふとあることに気付いて黒板ではなく窓の外を眺めることになった。


「……瑠璃音(るりね)、さっきからどこ見てんの?」


窓の外をガン見していると、後ろの席の灯花《ともか》が訝しげに小声で聞いてくる。


「いや、ちょっと校庭をイノシシの幽霊が走り回ってたから気になって……」


私も小声で返した。


校庭で体育をしている生徒たちの近くを勢いよく走っているイノシシはたまに生徒にぶつかり、生徒がそのせいで転けている。本人には見えていないということもあり、転けた生徒は頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。

触れられないはずの現世の存在に影響を与えているということはかなり強い幽霊だろう。


「ふーん、イノシシの幽霊なんているんだ」
「動物霊は普通は死んだ場所に留まるはずだから何で校庭にいるのか分からないけど……」


そこまで言って、かなり白けた顔をしている灯花に気付く。


「灯花、信じてないでしょ」
「もちろん。だってあたし自分が見えてるものしか信じてないもん」


いつものことだ。灯花は非科学的なことは信じない主義なのである。灯花とは中学時代からの友達だが、私がいくら隣で幽霊がいると言ってもハイハイと流してくる。


「……もしかして灯花にとって私って幻覚見てるヤバいやつ?」
「そうは言ってない。あんたの世界にはいるけどあたしの世界にはいないってだけ。そりゃ人間一人一人視えてる世界は違うでしょ」


灯花はたまに難しいことを言うなぁ、と思った。


「おいお前らー。さっきから校庭ばっか見てどうしたー? 好きな人でもいんのかー?」


数学の先生に呼びかけられ、慌てて前を向く。


「好きな人探してました!」
「俺は好きな人じゃなくてこの方程式の解を探してほしいけどなー」


教室内が笑いに包まれる。

――私はこの春から高校生になった。幽霊が視えるなんて言ったら変人扱いされるだろうからたまにこうして冗談を言って誤魔化しているのだが、そのせいで逆に変な人になってしまっている気がする。


と同時に五時間目終了のチャイムが鳴り、クラス委員長が「起立」と言って立ち上がった。それを合図に居眠りをしていた生徒も含めてクラス全員が気怠げに立ち上がる。


(……委員長、最近身近な人が死んだんだな)


灯花には理解してもらえないが、私が“視える”のは幽霊だけではない。

纏めて言ってしまえば私に視えているのは不浄だ。人の罪や災厄の気配も視える。近くで小さな地震が起こる前日も空がやけに赤く視えるし、クラスにやたら高そうなバッグを持ってきた女生徒のそのバッグがやけに黒く視えた日には、その子が万引きをしたことが発覚したこともある。


……まぁ、灯花に言ってもハイハイって流されるだけなのだけれど。



形だけのHRを終え帰る準備をしていると、灯花がふと思い出したかのように言った。


「そういやあたし、最近バイト始めたのよね。今度来る?」
「ええ!? どこで? 初耳だよ?」
「駅前に新しくできたカフェ」


あそこか!

灯花と一緒に一度だけ行ったことがあるが、ワッフルとカフェオレの美味しい大人なお洒落空間だった。

あのカフェで働いているところを想像すると何だか灯花がキラキラして見える。


――そう、私ももう高校生だ。アルバイトができる年齢。

恋をして、勉強して、遊んで、バイトして……昔から少女漫画で読んだ憧れの青春を過ごせる年齢。


「いいな〜! あそこのカフェオシャレな人ばっかだよね。気になる人とかできたら教えてね」
「好きな人は……もういる」


灯花が少し言いづらそうに俯いてぼそりと呟く。

何ですと!? 灯花が何だか物凄く大人に見える。


「私もキラキラしたい……バイト始めたい……」
「ごめん、うちのカフェもう募集停止してるのよ」
「何で誘ってくれなかったのぉぉ」
「あんた塾あるからやらないと思って」


毎日行っているわけじゃない。塾は数学と英語の週二回だ。

高い月謝を払っているお母さんのためにも、自分のものは自分で買えるくらいのお金は稼ぎたい。

今日家に帰ったらちょっとバイトの求人探してみようと思った。



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